第十九話「ジュリア登場」

 走行中、突然荷台に現れた褐色の少女。

 俺が呆気に取られていると、メリカ城の城門を出てすぐのところでサシャは手綱を引いて幌馬車を急いで止めた。


「あ、あなたこそ誰ですか!」


 勢いよく後ろを振り返って叫ぶサシャ。

 それに対して、褐色の少女はしかめっ面をする。


「はあ?

 なんか文句でもあるわけ?」


 少女は、荷台の上に仁王立ちして腕を組んでサシャを睨みつける。

 気の強そうな女の子だ。

 サシャも負けじと少女を睨み、サシャと少女の間にピリピリとした空気を感じる。


 すると、座っていたジャリーがポツリとつぶやく。


「その子は私の子だ。

 名前をジュリアという。

 経験を積ませるために連れてきた」


 何食わぬ顔でそれだけ言うのだった。


 ジャリーの子供?

 確かに少女の肌は褐色で耳は尖っていて黒妖精族ダークエルフの特徴に合致している。

 顔立ちもジャリーそっくりの美形だ。

 ジャリーの子供と言われれば、なるほどと納得するところもある。


 しかし、なぜつれてきた?


 聞いていた話だと、俺とサシャとジャリーの三人で行く予定だったはずだ。

 それなのに、なぜ自分の娘を連れてきたのだろうか。

 いくら子供とはいえ護衛の任務中に子供を連れてくるのは問題だろう。

 これから行く旅が危険なことを分かっているのか?


 俺が困惑していると、サシャがジャリーに向かって叫んだ。


「ジャリーさん!

 あなたは、自分の子を連れてきてどうするつもりですか!

 これから行くところが危険だと分かっているんですか?

 あなたの娘さんが危険な目にあうかもしれないんですよ?

 今からこの子を置きにメリカ城へ引き返します!

 いいですね?」


 サシャは怒っているようだが、ジャリーは無表情。

 すると、ジュリアが動いた。


「お前!

 御者のくせに、ママに詰め寄るな!」


 ジュリアは腰に帯刀していた細い剣に手をかけ抜刀する。

 そして、抜刀と同時にサシャの首を狙うように、左上段から剣閃が走る。

 あまりの抜刀スピードに俺は反応が遅れる。

 サシャは目で追えてすらいない。

 

 危ない!

 と思ったそのとき。

 ギンッと鉄のぶつかる音が鳴った。


 気づいたときには、ジュリアとサシャの間にジャリーがいた。

 そして、ジャリーの抜刀した細い剣が、少女の剣を止めている。

 ジャリーはジュリアを睨む。


「ジュリア、剣を収めろ」

「はい、ママ」


 ジャリーに言われて、ジュリアはすぐに剣を腰の鞘に収めた。

 ジャリーが止めていなかったら、ジュリアの剣はサシャの首に届いていただろう。

 俺とサシャは、この一瞬の出来事に息をのむ。

 サシャの顔は青ざめていた。


 すると、ジャリーはため息をついた。


「ジュリア」

「はい、ママ」

「私は今日から護衛の任務を受けると言っていたよな?」

「言ってたね」

「この二人が私の護衛対象だ。

 護衛対象に剣を抜いてどうする」

「え!

 そうだったの!

 ごめんなさい、ママ!」


 静かに怒るジャリーに謝るジュリア。

 しかし、謝っているのはジャリーに対してだ。

 切りかかったサシャに対して謝ろう、という姿勢は見えない。

 すると、ジュリアは腕を組み直し、俺とサシャは交互に見た。


「じゃあ、あんたが王子であんたがメイドってわけ?」


 俺とサシャを順番に指さして、品定めするかのように見下ろす。

 やや馬鹿にしたような表情にも見える。

 その態度にサシャはムッとした表情をした。


「あんたじゃありません!

 私はサシャ、こちらはエレイン様!

 人を指さしてあんたとだけ呼ぶのは失礼ですよ!」


 サシャの怒りが大分溜まっているように見える。

 しかし、ジュリアの煽りは止まらなかった。


「もーうるさいなー。

 大体そのピンク色の髪はなによ。

 そんな髪色初めて見た。

 気持ちわるっ!」

「なっ……!」


 ただの子供の悪口だ。

 しかし、サシャの怒りは頂点に達したよう。

 サシャが何かをジュリアに向かって叫ぼうとしたとき。


「ぶへっ!」


 ジャリーがジュリアの顔面を思いっきり殴り飛ばした。

 ジュリアは変な声をあげながら幌馬車を飛び出し、前方の地面に向かって吹っ飛ばされた。

 俺とサシャは目の前の光景に目を丸くしてしまう。


 地面に着地するときに綺麗に受け身をとったジュリア。

 ジャリーはその様子を見下ろしながら大声で叫ぶ。


「ジュリア!

 お前は人の容姿を馬鹿にしたな!

 それは決して許されん行為だ!

 もし次そんなことをしたら、私がお前を殺す!」


 その声には殺気がみなぎっていた。


 ジュリアは殴られた頬を抑えながら、ジャリーを見上げて涙を流す。

 先ほどまでの威勢はもうどこにもない。


「ひっぐ……ひっ……ご、ごめんなさい、ママ!」

 

 泣きながら叫ぶジュリア。

 やはり、謝るのはママであるジャリーに対してらしい。

 それを見て、ため息をつきながら腰を下ろすジャリー。


 それからしばらく、ジュリアは泣きながらジャリーに謝っていた。

 その光景を見て俺とサシャは呆然としていたのだった。



ーーー



 馬車の荷台で俺とサシャ、対面にジャリーとジュリアが座っていた。

 ジュリアは泣きやんではいるものの、不貞腐れたように何もしゃべらない。

 沈黙が流れる。


 そこで口を開いたのはジャリーだった。


「ジュリアがお前の髪を馬鹿にしてすまなかったな」

「い、いえ」


 ジャリーが開口一番に言ったのは謝罪だった。

 ジャリーの口から謝罪の言葉がでるのが意外だったようで、謝られたサシャも反応に困っている様子。

 そして、ジャリーは言葉を続ける。


「ジュリアを連れてきたのは、私の独断だ。

 シリウスにも言っていない」

「なんで連れてきたんですか?」


 俺やシリウスに隠してまで、なぜ連れてきたのだろうか。

 こんな子供を危険な旅に連れてきた理由が本当に分からない。


「それは先に言ったが、ジュリアの経験を積むためだ」

「経験?」

「ああ。

 剣術の実戦経験を積ませるつもりだ。

 ジュリアは私が直接剣術を教えているから、剣の腕はある。

 だが、実戦経験がまだない。

 その経験を積ませるために、この旅に連れてきた。

 護衛の補助をしてもらおうと思っている」


 無表情で淡々と言うジャリー。


 なるほど。

 自分の娘に実践経験を積ませるためにつれてきたということか。

 だが、ジュリアは見た目から察するに、俺より二、三歳くらい年上だろう。

 先ほどの抜刀に関しては確かに見事な早業だった。

 だが、いくら剣の腕がたつといっても、こんな少女が護衛などできるのだろうか。


「ジャリー。

 彼女は俺とそんなに年齢が変わらないように見えますが、護衛なんて務まるのでしょうか?

 いくら剣の腕があるといっても危険な気がしますが。

 旅の重りになるくらいなら、メリカ城に引き返して置いてくるべきでしょう」


 俺は、ジャリーに対して敬語で説得する。

 サシャも同意するように、隣でうんうんと頷いている。

 すると、先ほどまで不貞腐れていたジュリアの目に闘志が宿った。


「あんた、エレインって言ったわね。

 私を見下すのなら剣をとりなさい。

 けちょんけちょんにしてやるんだから!」


 そう言って腰の剣に手を据え、構えるジュリア。

 俺とサシャはそれを見て身構える。


 ジュリアが抜刀しようとすると。

 ジュリアの頭をコツンと叩くジャリー。


「いた」

「さっきも言ったが、エレインは護衛対象だ。

 護衛対象に喧嘩を売ってどうする」


 ジャリーがやや苛立っているように見える。

 そんなジャリーを見て、また不貞腐れた態度に戻るジュリア。

 どうやら、ジュリアは母親には弱いらしい。


 すると、ジャリーが何かを思いついたかのような顔をして俺を見た。


「いや。

 エレインにジュリアと戦わせるのはありかもしれんな」

「え?」

「お前達がジュリアを城に返そうと言っている原因は、ジュリアの強さを知らないことにある。

 ならば、ジュリアと戦ってジュリアの強さを知れば、その原因もなくなるというものだ。

 戦ったうえでジュリアの強さに不安があるというならば、ジュリアを城に戻そう」


 それを聞いたジュリアの顔は明るくなる。


「ふふん、そうこなくっちゃ!

 こんな弱っちそうな王子、私が瞬殺してやるわ!」


 そう言って小さな胸を張るジュリア。

 いや、殺されたら困るんだが。


 とはいえ、護衛を任せるというなら、俺を瞬殺するくらいには強くないと困る。

 ジャリーがそこまで言うのであれば、剣を打ち合ってみるのもありかもしれない。

 もちろん、こんな年端もいかない女の子に簡単にやられるつもりはないが。


 などと考えていると、隣でプルプルしているサシャに気づいた。


「な、な、なにを言っているんですか!

 エレイン様を戦わせるわけないじゃないですか!

 エレイン様が怪我を負ったらどうするんですか!

 護衛はジャリーさんだけで十分でしょう?

 早くこの子をメリカ城に送り返しましょう!」


 サシャの表情は怒りに満ちている。

 先ほどまでジュリアと口喧嘩していたのだ。

 ジュリアが気に食わないのだろう。

 ジュリアもサシャが気に入らないようで、サシャを睨んでいる。


 すると、ジャリーは俺に目をむける。


「だそうだがどうする、エレイン?」


 ジャリーの俺を見透かしたような目。

 俺に聞くということは、俺がどう答えるか分かっているのだろう。

 サシャとジュリアも俺を見る。


「……戦ってみましょう」


 ジャリーは納得顔で頷く。

 ジュリアも「やったー!」と喜んでいた。

 サシャは「なぜ?」と裏切られたような顔でこちらを見る。


 サシャには申し訳ないが、これも情報収集だ。

 ジュリアの強さを知っておきたい。

 やはり、先ほど見たジュリアの素早い抜刀が気になっているのだ。

 それにジャリーの娘であるなら、期待もできるだろう。


 俺はジュリアと戦うため、馬車を降りた。



ーーー



 メリカ城門を出てすぐの通り道。

 道の真ん中で、木剣を持った俺とジュリアが相対していた。


 木剣は、ジャリーが用意してくれたものだ。

 怪我をするといけないから、と渡してくれた。

 まあ、こんな町中で真剣で斬り合うわけにもいくまい。

 木剣だったら死にはしないし、真剣よりは安全だろう。

 

 サシャとジャリーは幌馬車を背に、俺たちを真剣な表情で見ている。

 サシャは不安げな様子だ。


 ジュリアは余裕の表情で木剣をプランと持ち、俺を見ている。

 対する俺は木剣を体の前に両手で持ち、中段の構えを取る。


 ジュリアの実力は未知数だ。

 ジムハルトのときのように、攻撃全振りの上段の構えを取るわけにはいかない。

 様子見ということで、中段の構えを取っている。


 俺の構えを見てジュリアは話しかけてきた。


「ねえ、あんた。

 剣はどれくらいやってるの?」

「俺の名前はあんたじゃない、エレインだ。

 剣は振り始めて三年ほどだ」


 生前の記憶も合わせたら、もっと長いこと剣を振っているが、言う必要はあるまい。

 すると、ジュリアは二ヤリと笑った。


「ふーん。

 私はかれこれ十四年、剣を振っているわ。

 悪いけど、あんた…エレインには勝目ないから!」


 ドヤ顔で言うジュリア。

 

 十四年だって?

 明らかに七、八歳位にしか見えないのだが。

 身長もイラティナとさほど変わらないだろう。

 

 と思ったところで思い出した。

 そういえば、ジュリアはジャリーの子なのだから黒妖精族ダークエルフだ。

 妖精族エルフは二百年生きるため、体の成長は人族より遅いと聞いている。

 つまり、黒妖精族ダークエルフのジュリアもそうなのだろう。


 やはりこの勝負、不利だ。

 ジュリアの体は細身とはいえ、身長は俺よりも三十センチは高く、リーチもある。

 その上、俺のこの体は対人経験がない上に三年しか修練していない。

 それに対して、ジュリアは十四年の修練を積んできている上に、ジャリーの子ときた。

 いくら生前の記憶があるとはいえ不利だ。

 下手すると彼女の言う通り、瞬殺されてしまうかもしれない。


 しかし、これはジュリアの力を見るための戦いだ。

 簡単にやられるわけにはいかない。

 それに、女の子に簡単にやられるのは恥ずかしい。

 やれるだけのことはやろう。


 そう決心して、俺はジュリアの方を見る。

 俺の視線にピクッと反応したジュリア。

 先ほどまでの調子に乗った顔がすぐに真剣な表情へと変わり、剣を構える。


 ジュリアの構えは、左半身を後ろに置き、右手に持った剣を前方中段にだした構え。

 攻撃される面積を減らした良い構えだ。


 しかし、片手で剣を構えるとは。

 腕力に自信があるつもりだろうか?

 俺は三年間素振りを毎日したおかげで、腕の筋肉も多少ついてきた。

 少なくともジュリアの腕よりは太いつもりだ。

 

 この勝負、腕力勝負に持ち込めば勝てるかもしれない。

 俺はジュリアの体型と構えを見てそう確信した。

 

 先ほどのサシャへの一撃は素晴らしかった。

 おそらく、ジュリアの強さはあの早業にあるのだろう。


 ならば俺がやることは一つだ。

 ジュリアが攻撃する隙を作る前に攻めてしまえばいい。


 幸いなことに、ジュリアは俺を下に見ている。

 下に見ているからか、剣を中段に構えたまま打ち込まずに様子を見ている。

 どこからでも打ち込んで来い、という様子だ。


 ならば、いかせてもらおう。

 攻撃こそ最大の防御だ。


 ジュリアの視線が一瞬俺からはずれた瞬間。


「うおおおおおおお!」


 俺は木剣を振り上げながらジュリアに向かって駆け出した。

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