第十七話「決意表明」
カインが去り、静まり返った謁見の間。
まず声をあげたのはシリウスだった。
「それで?
エレインにイスナール国際軍事大学への入学をそそのかしたのは、ザノフ、お前か?」
「ええ、そうです」
ザノフはシリウスの質問に、胸に手のひらをあて、頭を下げながら答える。
それを見たシリウスは「やれやれ」といった表情をしていた。
やはり、シリウスはザノフから留学の件を聞かされてなかったらしい。
「しかしやってくれたな、ザノフ。
あのカインがあんな慌てているところは初めて見たぞ。
はっはっは」
そう言って軽快に笑うシリウス。
ザノフも満足げに口角を上げている。
一通り笑い終わると、真面目な表情を戻して俺の方へ向くシリウス。
「さて、エレイン。
本当にイスナール国際軍事大学へ留学したいってことで良いのか?」
シリウスは、俺が場の空気を読んでイスナール国際軍事大学へ行くと言っていたことに気づいているのだろう。
「イスナール国際軍事大学へ留学したいのは本当です。
ザノフ宰相に聞きましたが、イスナール国際軍事大学へ留学すれば世界各国の情勢や有力人物などの情報を知ることが出来る可能性が高いとのこと。
それは、俺が今一番欲しい情報です。
しかし、カインという方が言っていた、ポルデクク大陸の大学へ留学するのは危険だというのもまた事実。
イスナール国際軍事大学へは行きたいのですが、その危険度が不安だと思っています。
そこで、悩んでいた俺はここに相談しに来たというわけです」
「ふむ、なるほど」
シリウスは俺の話を聞くと、なにやら思案しだした。
しかし、あまり俺の留学に否定的といった雰囲気はない。
対する隣に座るレイラの顔は心配そうだ。
「シリウス。
エレインをポルデククの大学へ行かせるなんて不安だわ。
エレインは賢いけど、まだ四歳なのよ?
帝国の剣術大学へ行かせた方がまだ安全なんじゃないかしら?」
レイラは不安そうな顔でシリウスに語りかける。
レイラの不安ももっともだ。
俺はまだ四歳。
レイラの反応こそが正しいと言えるだろう。
すると、シリウスはレイラではなくジャリーの方を向いた。
ジャリーはすました顔をしている。
「ジャリー。
お前がいれば、エレインを無事にイスナール国際軍事大学まで送り届けられるか?」
「当然、問題ない」
間髪入れずに返答するジャリー。
ものすごい自信である。
「それでは、護衛にジャリーをつけるとしよう。
三剣帝のジャリーがいるなら安全だろう?」
シリウスはレイラの方を向いて言う。
レイラは「たしかに、ジャリーがいるなら……」と反論できない模様。
どれだけジャリーの強さは信頼されているんだ。
しかし、そこにザノフが割り込んでくる。
「待ってください。
ジャリーはメリカ王国軍の総隊長ですよ?
イスナール国際軍事大学まで行くのにおよそ二ヶ月ほどかかります。
往復するだけで四ヶ月です。
それだけの期間、軍の総隊長がいないというのは危険です。
もし、その間に敵国が攻めて来たら一溜りもありません」
確かにそうだ。
軍のトップが四ヶ月も不在では、士気に関わる。
メリカ王国軍の総隊長を使ってまで俺を護衛する価値はおそらくない。
他の人を護衛に回してもいいんじゃないか?
すると、ここまで静かにしていたルイシャが口を開いた。
「ザノフさん。
我々魔導隊のことをお忘れではないですか?
確かに、ジャリーが居なくなることはメリカ王国にとって痛手でしょう。
しかし、メリカ王国には魔導隊もいることをお忘れなきよう。
たったの四ヶ月間、メリカ王国の治安を守ることなど造作もありません。
それに、これはエレイン王子殿下の大切な門出。
万が一があってはなりません。
メリカ王国で一番強いジャリーを護衛につけるのが妥当でしょう」
「う、うむ。
そ、そうだったな」
あまりにキッパリとしたルイシャの口調に、ややたじろぐザノフ。
そんなルイシャを、後ろのサシャはキラキラとした目つきで見つめていた。
「ふん。
「なんですって?」
ジャリーがルイシャに嫌味を言い、ルイシャがジャリーを睨む。
もしや、この二人は仲が悪いのか?
そういえば、ルイシャは
種族柄というものだろうか。
後ろでサシャもジャリーのことを睨んでいた。
そこで、シリウスがコホンと咳払いをした。
「ジャリー、ルイシャ。
喧嘩なら話し終わったあとにいくらでもやってくれ。
そんなことより、エレイン。
ジャリーを護衛につけて行かせようと思うがどうだ?」
シリウスに言われ、ジャリーとルイシャは互いにそっぽを向く。
ここでようやく、俺は疑問を持った。
なぜシリウスはこんなに俺が大学へ行くことに肯定的なのか、と。
そんなに大学へ行かせたいのだろうか。
それに、レイラもイスナール国際軍事大学へ行くのには危険だからと反対していたが、それなら帝国の剣術大学へ行ったほうがマシといったように、大学へ行くことには反対していなかった。
おかしくないだろうか。
普通、四歳の子供が大学へ行くなんてやや常軌を逸している。
なぜこの二人は、大学へ行くことに反対をしないのだろう。
なにかある、と思った。
「……お父様。
なぜ反対しないんですか?」
「ん?
反対?
どういうことだ?」
「いえ。
俺はまだ四歳の子供ですよ?
普通なら大学へ行く年齢ではないですし、反対されると思うのですが。
それなのに、お父様の話を聞いてみると俺が大学へ行くことを前提として話が進んでいます。
イスナール国際軍事大学へ行きたい俺としては嬉しい限りですが、やや不自然かと思いまして。
先程、お母様がポルデククの大学ではなく帝国の剣術大学へ行かせたほうがマシと言っていたのも気になりますね。
俺の危険を考えるなら大学なんて行かせず、メリカ城に置いておくべきでは?
大学へ行ってしまったら五年は帰ってこられないんですよ?」
俺は疑問をぶちまけた。
俺が言い終えると、その場は静まり返った。
全員驚いて息を飲んでいるといった様子だ。
そして、シリウスが笑いだした。
「わっはっは!
自分で自分のことを四歳の子供という子供がいるか!
お前は本当に四歳とは思えないくらい賢いな。
隠していることも、すぐバレてしまうわ」
シリウスの顔は笑顔というよりは苦笑いといった様子。
やはり、何か俺に言っていなかったことがあったのだろう。
それは、おそらく政治的な何かか、あるいは…。
すると、シリウスは真面目な顔に戻り、口をゆっくり開く。
「エレイン。
お前はメリカ王国とユードリヒア帝国が同盟を結んでいるのは知っているか?」
「はいお父様。
たしか、ディーグル協定によって両国が同盟関係になることを合意したというのは本で読みました」
「うむ、流石エレイン。
四歳ながらすでに知っているとはな。
だが、その同盟関係はまやかしである、ということも覚えておけ」
「まやかし…ですか?」
「そうだ、まやかしだ。
もちろん、表面上はメリカ王国とユードリヒア帝国は同盟関係なんだがな。
そう簡単に国同士が信頼し合うことはできんということだ。
今日来ていたカインに、帝国の剣術大学の勧誘をされただろう?
あれはつまり、お前を人質に取ろうとしていたってことだ」
「人質!?」
「ああ。
お前を人質に取れば、メリカ王国から戦争を仕掛けることはないし、互いに安全でいられるだろうって話だ。
そんなわけで、本来であればお前はユードリヒア国立剣術大学への留学という体で、人質にされる予定だったんだ」
「なるほど。
断ることはできなかったんですか?」
「まあ、できなくはないな。
ただ、帝国の剣術大学への招待をメリカ王国の王子が理由もなく断ったとなると、かなり面倒なことになる」
「面倒なこと?」
「ああ。
我が国の兵士は帝国の剣術大学へと留学して研鑽をする者が多い。
なぜなら、帝国の剣術大学は世界で最も剣術の教育に優れた機関だからだ。
そして、帝国の剣術大学から帰ってきた者は皆強く、メリカ王国の兵力に大きく貢献してくれているのだ。
そこでもし、我が国の王子が理由もなく帝国の剣術大学への留学を断ったとしたら、剣術大学側は今後メリカ王国の人間の留学を認めないという措置をとるかもしれない。
それを危惧しているのだ」
なるほど、そういうことか。
つまり、俺が留学しないことでユードリヒア国立剣術大学との関係が悪くなるのが、メリカ王国の未来にとってもあまりよろしくないということか。
兵力の強化を他国の機関に頼るのはどうなのだろう、とは思うがそういう事情なのであれば仕方ない。
「しかし、良かったんですか?
断ってしまって。
理由があったとしても、断ってしまったことで関係が悪くなるということもあるんじゃないですか?」
「そこは大丈夫だ。
他の大学へ行く予定なのであれば仕方ないし、エレインの代わりにジムハルトを帝国の剣術大学へ留学させようと思っておる」
そうか。
ジムハルトを送ればいいのか。
あいつもこの国の王子だ。
というか、なんなら第一王子なのだが。
……あれ?
「よく考えてみれば、なんで俺が帝国の剣術大学に招待されたんですか?
メリカ王国の第一王子はジムハルトなのだからジムハルトを招待すればいいじゃないですか」
「いや、帝国はお前がジムハルトと決闘して勝った情報をどこかから掴んだらしい。
それで王位継承権はお前にあると見た帝国は、お前を招待したというわけだ。
どうやら帝国の耳は良いらしいな」
そう言って、やれやれといったポーズをするシリウス。
俺とジムハルトの決闘は帝国まで知れ渡っていたのか。
王族の動向は色んな人に知れ渡るものだな。
自分が王族になったことを再認識した。
「というわけだ。
さて、エレイン。
ジャリーと共にイスナール国際軍事大学へ行くということでよいか?
俺としても、それが一番良いと思っているのだが」
まあ、元々そのつもりだ。
危険があるというから不安だったが、ジャリーという強力な護衛がつくのであればそれも大丈夫か。
それに、ユードリヒア帝国の大学で人質として過ごすよりは何倍もマシであるように思える。
「はい、お父様。
俺はイスナール国際軍事大学へ行こうと思います」
それを聞いて満足気なシリウス。
「うむ。
それでは、一年後。
ジャリーと共にイスナール国際軍事大学へ行くことを許可しよう」
「え?
一年後?」
「ん?
今すぐ行こうと思っていたのか?
大学の入学試験はそんな頻繁にやっているものではないし、イスナール国際軍事大学の今年の試験はもう終わっている。
行くとしたら来年だろう。
それに、ポルデクク大陸へ行くんだ。
言語を勉強する時間もある程度必要だと思うぞ。
イスナール語はレイラとルイシャとサシャが話せるから、教えてもらうといい。
お前は賢いからすぐ覚えられるだろうがな」
そう言って「わはは!」と笑うシリウス。
俺は完全に失念していた。
言われてみれば、そうだ。
ポルデクク大陸へ行くなら言語を覚えなければならない。
ポルデクク大陸の人々はバビロン大陸のユードリヒア語ではなくイスナール語を用いる、とサシャから聞いていた。
そんなことも忘れて、俺は今すぐにでもポルデクク大陸へと向かおうとしていた。
言語も分からない国に行くなんて恐ろしいことだ。
反省せねばならない。
ここで、俺の今年の目標が改められた。
これまで通りやってきた毎日の訓練に加えて、イスナール語を確実に話せるようにすることだ。
書庫の本は全て読破してしまったし、今まで読書に使っていた時間をイスナール語の勉強に使えば十分だろう。
しかし、絶対に覚えなければ。
覚えられなければバビロン大陸の者だとバレて差別されるかもしれない。
下手したら殺されてしまう。
「お父様!
俺は一年で絶対にイスナール語を覚えて見せます!
そして来年、イスナール国際軍事大学に入学してみせます!」
俺は高らかに宣言した。
これは俺の決意表明である。
情報のためだ。
あの憎き魔王に復讐するためなら、いくらでも頑張れる。
俺はその一心で、これから一年間修練に励むのだった。
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