第一章 幼少期

第一話「王子転生」

 目を開くと、たくさんのメイド服を着た女性達が俺を見つめていた。

 皆ニンマリと笑みを浮かべながら、こちらを見つめている。

 

 だれだこいつら。

 

 周りを見ようとしても、体が動かない。

 まさか、魔術で拘束されているのか!?


 すると、俺の体が持ち上げられた。

 目の前には汗だくで満面の笑みをした金髪美人の女性。

 優しい手つきで抱きかかえられる。


 え、俺なんで抱きかかえられてんだ。

 相当重いはずだが、軽々と持つなこいつ。


 女性は何かを言っているが、何語か分からない。

 何かを言いながら、俺の顔を見てはニッコリと笑いかける。


 その笑顔を見て思い出した。

 そうだ、俺はクリスティーナに笑顔で魔王の部屋に送られたんだ。

 そして、魔王に負け、クリスティーナに裏切られ。

 俺はクリスティーナに首を切られた。


 あれ、なんで俺生きてるんだ?


 ふと、部屋の隅にあった大きな鏡が目に入る。

 鏡に映った女性の手に抱かれた赤ん坊と目があう。

 

 そう。

 俺は赤ん坊になっていたのだ。



ーーー



 半年がたった。


 どうやら、俺は転生をしたらしい、と理解した。

 しかも、生前の記憶を持ちながら、である。


 どうして、このようなことが起きたのか分からないが、深く考えないことにしている。

 魔王のせいかもしれないし、神様のせいかもしれないし、理由はいくらでも考えられるからだ。


 まあ、なにはともあれ。

 一度死んだはずの命であるのに、もう一度生を受けたのはありがたいことだ。

 二度目の人生は悔いのないように全力で生きようと思う。

 

 魔王から「敗因は情報」との金言を得た。

 あのときの魔王は、どうせもう死ぬからと思ってアドバイスをくれたのだろう。

 死ぬ人間にアドバイスを与えても、足掻きようがないからな。

 しかし、俺は転生してしまった。

 これはチャンスである。


 様々な情報を集め、強いパーティーを再び作って戦えば、俺をぼこぼこにいたぶった魔王と俺を裏切ったクリスティーナに復讐が出来るかもしれない。

 仲間の無念を晴らしたい。

 前世の記憶もあれば、それが出来るかもしれない。

 

 情報を集めよう。

 その思いで、まずは金髪の女性とメイドたちの会話を毎日集中して聞いていた。

 その成果か、俺はこの聞いたこともない言語を半年かけて理解出来るようになっていた。


 まず、俺の名前は「エレイン」というらしい。

 メイドが「エレイン様~!」と毎日のように声をかけてくれるので、すぐに理解した。

 良くも悪くもない普通の名前だ。


 俺の髪は金髪で体つきは普通だ。

 とはいっても、赤ん坊なので体はまだ小さいが、体なんて鍛えればどうとでもなるので、ひとまず五体満足であったことに安心する。

 

 そして、この金髪の美人な女性は、乳をくれることから察してはいたが母親である。

 名前を「レイラ」というらしい。

 おそらく年齢は、二十五歳くらい。

 ちなみに、かなりの巨乳だ。

 こんな美人母の乳を吸っている俺は幸せ者かもしれないが、相手が母親だからか自分が赤ん坊だからか、一切そういった感情はわかない。


 ところで、父親は誰なのだろうか。

 この部屋にはレイラやメイド以外にも、色んな人が俺の顔を覗きにくる。

 その中には男性もいるが、男性は全員レイラに頭を下げてかしこまった口調で話すから父親ではないのだろう。


 というか、レイラは何者なのだろうか。

 たくさんのメイドを従え、訪れる客全員に頭を下げられる。

 それを当たり前かのように見下ろすレイラ。

 どこかの大貴族なのだろうか。


 謎は深まるばかりだが、まだ言語能力が乏しく分からない。


 引き続き情報を集めようと思う。



ーーー



 一年がたった。

 

 俺の言語理解能力もかなり上達してきて、情報も集まってきた。

 

 まず、衝撃的な事実だ。

 どうやら俺はどこかの国の王子らしい。

 

 気づいたのは、部屋に訪れるお客さんとレイラの会話からだった。

 お客さんは俺のことを「エレイン王子殿下」と呼び、レイラのことを「レイラ王妃殿下」と呼ぶのである。

 それを聞いて俺は驚くとともに、何か納得してしまった。

 

 えらく高級感あふれる部屋の内装。

 えらくかしこまった客に頭を下げられるレイラ。

 そして、えらくたくさんいるメイドたち。


 最初はどこかの大貴族かと思っていたが、どうやら王家の血筋だったらしい。

 つまり、俺の父親はこの国の大王様だということだ。

 

 生前は勇者などとは呼ばれてはいたものの、出自は平民の出だった。

 勇者に任命されてからは、王家の方々とも多少交流はあったものの深くは関わらなかった。

 だから、俺は王家の生活がどのようなものか分からない。

 成長したら、政治争いに巻き込まれたりするのだろうか。

 これからの生活が不安でならない。


 また、俺には兄弟が二人いることが判明した。

 兄と姉が一人ずつだ。

 兄は「ジムハルト」、姉は「イラティナ」である。

 ジムハルトが五歳で、イラティナが四歳のようだ。


 ジムハルトがこの部屋に訪れたのは一度きりである。

 茶髪でやや肥満気味のでっぷりとした体型の男の子だった。

 その日は仏頂面で俺の顔を覗いていた。

 そして、俺と目が合うと「チッ」と舌打ちして部屋を出て行ったのを覚えている。

 なんとも印象の悪い兄だった。


 兄がいるということは、俺の王位継承順位は第二位で第二王子にあたるのだろう。

 そこをふまえての舌打ちだったのなら納得がいく。

 ジムハルトにとっては、俺の存在は王様の椅子を取り合う政敵になりかねないからだ。

 とはいえよわい五歳にして、王位継承を意識しているという意識の高さには驚きだが。

 

 逆にイラティナは、毎日のように俺のところにやってくる。

 金髪で活発そうな少女。

 俺を見ては「可愛い~」と言って抱っこしてくれる。

 すると、慌てて周りのメイド達が止めようとする。

 俺を落としたら危ないと思っているようだが、レイラはいつもその様子を見て微笑んでいる。


 それから、一年経ったことで俺の体は出来ることが増えた。

 まず、口や舌の筋力が成長したおかげか、話せるようになった。


 ある日、俺は試しに隣に座っていたレイラに向かって、


「こんにちは、レイラお母様」


 と言ってみたら、レイラは目を丸くして驚いていた。

 そして俺を抱き上げ、「よかった……よかった」と言って泣いていた。


 どうやら、俺がいつまでたっても話さないから、成長が遅いのではと不安に思っていたらしい。

 確かに、俺はみんなが寝ている深夜の時間帯などに発声練習をしていたから、人前では話していなかった。

 そのため、そういう印象になってしまったのだろう。

 申し訳ない。


 その後はメイド達やイラティナとも、軽い会話をするようになった。

 どうやらメイド達とイラティナは俺にメロメロなようで、「キャー」と興奮気味に色々話しかけてきた。

 俺は覚えたての異国語でたどたどしく返答するのだが、またそれが可愛いらしく「可愛い~」と言いながらイラティナには頬ずりされた。

 まだたどたどしいが、一応は話せるようになったので、これからは会話による情報収集も頑張ろうと思う。


 そして、もう一つ出来るようになったことがある。


 二足歩行だ。

 自分の足で立てるようになったのである。

 つまり、自分の足で移動出来るようになったということだ。

 

 まだ、よちよち歩きで転んでしまうことも多々ある。

 しかし、これは大きな成長である。

 今まで、このベッドと大きな鏡くらいしか物がない部屋に閉じ込められきりだった。

 ようやくこの部屋の外に出られそうなのである。

 

 近いうちに部屋の外を探索しよう、と心に誓った。



ーーー



 転生してから二年がたった。

 

 ある日を境に、俺は父親にもたまに会うようになった。

 父親の名前は「シリウス・アレキサンダー」。

 茶髪で髭を蓄えた筋骨隆々のおじさん。

 この国の王様らしい。


 なぜ、今まで俺と会わなかったのかというと、最近まで他国との戦争に出向いていたという話だった。

 なにやら、味方軍の援助に行っていたという話だったが、詳細はあまりよく聞き取れなかった。

 王様自ら戦争に赴くものなのかとは思ったが、シリウスの見た目から察するに武人色が強い人なのだろう。


 相手はこの国の王様、ということで俺は緊張した。

 生前、俺は政争によって肉親を殺す王を見たことがある。

 どこの国でも、王は肉親を政治の道具としか思っていない場合が多い。

 そして自分の思い通りにならなければ殺す、もしくは軟禁することもしばしば。

 それだけ王様というのは権力がある存在なのだ。


 俺は冷や汗ダラダラでシリウスを迎えた。

 しかし、シリウスの反応は思っていたのとは違った。


「おう、エレインか!

 やっと会えたな我が息子よ!

 もう立てるのか、大きくなっているじゃないか!

 シリウスお父さんだぞ~!」


 といって頬ずりをしてきた。

 イラティナを彷彿させる頬ずりだが、シリウスの髭がややこそばゆい。

 俺は全力でシリウスの髭から逃れ、挨拶をする。


「はじめまして、シリウスお父様。

 エレインです。

 よろしくお願いします」


 上達してきた異国語を使って頭を下げながらそう言うと、シリウスは目を丸くした。


「おいレイラ、エレインはまだ二歳だったよな?」

「ええ、そうですわよ」

「二歳にしては、なんというか……しっかりしているな我が息子は」

「それに関しては私も驚いてますわ。

 英才教育はまだ始めていないのですけど、いつの間にかこんなに話せるようになっていましたの。

 イラティナのときは、二歳でこんなに上手に話せていましたっけ?」

「いや、流石にこんなにしっかりとした挨拶をする二歳児は初めて見たな。

 もしかしたら、家の次男坊は天才かもしれんぞ?

 わはははは!」


 そう言って、シリウスは豪快に笑うのだった。

 それを見て、レイラも微笑む。


 確かに、二歳でしっかりとした挨拶をするのは不気味である。

 俺は前世の記憶があるのだから出来て当然なのだが、普通の二歳児であればもっとたどたどしく話すだろう。

 一応、二歳児を演じているつもりではあったが、ややボロがでてしまった形になってしまった。


 しかし天才と思われるのであれば、それはそれでいいだろう。

 これからもしっかりと挨拶はして、良い印象を植え付けていこう。


 そして、もう一ついいことがあった。


 レイラかメイドと一緒であれば、部屋の外を出歩くことを許可されたのだ。

 だが、レイラはシリウスが帰ってきてから忙しそう。

 なのでメイドを呼んで部屋の外へ出た。

 

 部屋の外は迷路のようになっていた。

 同じような壁や内装の廊下がずっと続いていて、部屋もたくさんある。

 これではどこに行けばいいのか分からない。


「メイドさん。

 どこになにがあるのか知りたいので、案内お願いします」


 そう言うと、そのメイドさんはニンマリしながら勢いよく振り返る。

 ピンク髪がファサっとなびき、少し良い匂いがした。


「任せてください、エレイン様!

 城内の隅から隅まで、このエレイン様専属メイドのサシャがご案内致します!」

 

 サシャは平らな胸を張って元気にいうと、俺の手をとって歩き出した。


 俺に頼られたのが、嬉しいのだろう。

 このサシャとかいうメイドはいつも俺につきっきりで、レイラやイラティナと一緒になって俺を可愛がってくれていた。

 ここは、サシャを頼るとしよう。


 それにしても、「城内」か。

 ここはお城の中なんですかね?

 ま、それもそうか。

 俺は、「王子」だからな。


 そんなことを考えながら、サシャに手を引かれて城内探索をするのだった。


 そして、俺の情報集めが本格的にスタートした。


 

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