転生王子の情報戦略

エモアフロ

プロローグ

 魔王城最深部の大広間。

 俺は、ボロボロな状態で倒れていた。


 目の前には、傷一つない魔王が見下ろしながらたたずんでいる。


「やあやあ、勇者くん。

 先ほどまでの威勢はどこへ行ったのかな?」

「く…くそ……」


 立ち上がる体力すら残っていない。

 頼みの聖剣も、魔術で吹き飛ばされてしまった。

 仲間はみんな死んだ。

 絶望だ。

 

「ははは。

 そんな顔をするなよ、勇者くん。

 君は人間にしてはよく頑張ったよ。

 確かに、あの聖剣は私に対して有効だよ。

 二千年ほど前に封印して、それきり見ていなかったはずだけれど。

 まさか、君が封印を解いて持ってくるとは思っていなかったから心底驚いたよ。

 しかしな、勇者くんよ。

 聖剣といっても、あれは剣だ。

 当たらなければ意味がないのだよ。

 君だけで私を倒せるはずもないでしょう。

 まあ、もっとも。

 君のお仲間が生きていたら、話は別だったかもしれないけれど」


 そこまで言って、魔王は二ヤリと薄汚い笑みを向ける。

 俺は死んでいった仲間の顔を思い出して、涙がこぼれる。


「いやはや。

 君のお仲間を罠にはめるのは簡単だったよ。

 あのでかい斧を振り回す男は獣人族のようだね。

 獣人族に対して有効なのは、悪臭だと昔から相場が決まっている。

 デススカンクの屁を嗅がせたら気絶していたよ。

 あの屁は私でも臭いと感じるんだ。

 獣人族の鼻なら、一溜りもないだろうね。

 それから、あの魔術師。

 たしか耳が長かったから妖精族エルフだろう?

 あの女は楽勝だったよ。

 どうやら君達は、魔王城内に魔術封じの部屋があることを知らなかったみたいだね。

 あの妖精族エルフがいかに魔術を極めていても、魔術が使えなければただの妖精族エルフだ。

 魔術封じの部屋は有名だから、対策されていると思っていたけれど。

 高望みしすぎたかな。

 それにしても、君に置いていかれた魔術師ちゃんは、今頃どうしていると思う?

 たぶん、魔族に犯されている頃だろう。

 妖精族エルフは、魔族の中でも人気の種族だからね。

 私もあとで味見しにいこうかな」

「て…てめえ……ぐはっ!」


 魔王に背中を思い切り踏まれて、血反吐を吐く。


「おいおい。

 まだ反抗する気があるのかい?

 なんだか不憫に思えてきたよ。

 仲間を殺され、仲間だと思っていた者に裏切られてしまって。

 そうだろ、クリスティーナ」


 魔王が扉の方に目を向けて呼ぶ。


 いやまて。

 聞き間違いか?

 クリスティーナといえば、先ほどまで一緒に戦っていた女剣士の名前だが。

 いやまさか。


 扉が開き、甲冑を着こんだ赤髪の女性が顔を見せる。

 その顔は知っていた。

 見間違えるはずもない。

 

 これまで五年間一緒に戦ってきた女剣士。

 この戦いが終わったら結婚しよう、と約束までしていた。

 

 最後の部屋で槍使いのザリフと共に幹部魔族達と戦っていた。

 クリスティーナは、「私とザリフはここに残るわ! あなただけでも魔王のところに!」と言って、俺を魔王の部屋に送り出そうとした。


 あのとき、俺は迷った。

 最後の部屋の幹部魔族達は手強かったからだ。


 下手したら全滅もありえる場面で、聖剣を持つ俺だけでも魔王の元に送り出すのは良い手かもしれない。

 しかし、残った二人は確実に死ぬ。

 仲間を見殺しにして、俺だけ魔王のところへなんか行きたくない。

 迷う俺にキスをして「いってらっしゃい。魔王を倒してきて」と笑顔で送り出してくれたのが彼女だった。

 そんな最愛の女性。


「く、クリスティーナか…?

 なんでここにいる。

 あの部屋は突破できたのか?

 ザリフはどうした?」


 俺は魔王に踏まれながら必死に話しかける。

 だが、クリスティーナは冷めた目でこちらを見下ろしていた。


「ザリフは殺した」


 クリスティーナがぽつりと言った。


 え、殺した?

 殺されたではなく?

 誰に?


 俺のポカンとする顔を見て、クリスティーナは二ヤリと汚い笑みを浮かべ始めた。


「ザリフを殺すのは簡単だったわ。

 あなたが出て行ったあと、ザリフは部屋の魔族に集中していて背中ががら空きだったもの。

 心臓を一突きにしてやったわ」


 何を言っているのか分からない。

 

 クリスティーナがザリフを殺した?

 どうして?

 何年も一緒に戦ってきた仲間じゃないか。

 それにお前ら仲良かったじゃないか。

 

 いや、そうか。

 クリスティーナは魔王を騙しているんだ。

 魔王にザリフを殺したといって近づき、魔王を殺そうとしているんだ。

 そうに違いない。


「ははは。

 その顔はなんだい、勇者くん。

 さては、君は勘違いしているね?

 そんな君に教えてあげよう。 

 クリスティーナは私の妻なんだよ。

 そして、私の命令で君のもとに潜伏させたんだ。

 そうだろう、クリスティーナ?」

「はい、魔王様。

 五年間は本当に長かったです。

 やっとこの男との恋人ごっこが終わり、魔王様のところに戻れると思うと心が高まります」


 そう言うと、クリスティーナは顔を赤らめながら、魔王に近づき胸元に顔をうずめる。


 おいおい、嘘だろう。

 クリスティーナのあんな顔は見たことがない。

 本当にクリスティーナは魔王の妻だとでもいうのか?

 ということは、本当にザリフはクリスティーナに殺されたのか?


「混乱しているね、勇者くん。

 端的に言うと、君は騙されたんだよ。

 私は君が勇者に選ばれたときから、君をずっと注意していたんだ。

 最愛の妻であるクリスティーナを送り込んでまでね。

 最初に報告を聞いた時は驚いたよ。

 クリスティーナを超える剣術を使い、私に匹敵する魔力量を持っているということだったからね。

 そんな男が、仲間を集めているというのだから警戒しないはずもない。

 すぐに、クリスティーナに君の仲間になってもらったよ。

 クリスティーナには、仲間のふりをしつつ君が魔術を覚えることを妨害してもらったんだ。

 魔力量が膨大でも魔術を覚えなければ、それまでだからね。

 覚えていないかい?

 君はクリスティーナから魔術を極める道を止められているはずだ」

「そ、そんなこと……」


 言われて思い出した。

 確かに俺は、クリスティーナから魔術を覚えることを止められたことが何度かあった。

 

 暇なときに魔術書を読んでいると、


「もう!

 うちのパーティーには魔術師がいるでしょ!

 魔術なんて覚えたら、仕事盗るな! 

 って怒られるわよ!

 それより、剣術の訓練しよ!」


 なんて言われたことがあった。

 俺はそのとき、「確かに魔術師がいるし俺が魔術を覚える必要はないな」と思ってそれきり魔術の訓練をあまりしなくなった。

 俺に魔王に匹敵する魔力量があるなんて知らなかったのだ。

 

 元々、王国からは剣術が秀でているからという理由で勇者に選ばれた。

 剣術の才能が自分にはあると思った俺は、魔術なんて人並み程度にできればいいや、くらいに考えるようになり魔術の勉強はサボりがちになった。

 その結果がこれか。

 くそ。


「ははは。

 どうやら、思い出したようだね。 

 まあ、剣術だけを極めた君なんて、それほど怖くなかったよ。

 遠くから魔法を当ててれば、私に近づくことすらできないからね。

 それもこれも、クリスティーナのおかげだね」

「まあ、魔王様ったら」


 そう言って、クリスティーナを抱く魔王と頬を赤らめながら受け入れるクリスティーナ。

 俺は最愛の女性を魔王に盗られて、頭に血が上る。


「やめろ!

 俺のクリスティーナに……ぐはっ!」


 顔面を蹴りあげられた。


「黙れ!

 私は、魔王様のものだ!

 お前なんかのものではない!

 魔物以下の虫けらが!

 気持ち悪い!」


 クリスティーナに罵声を浴びせられる。

 もう俺はショックで何も考えられなかった。


「クリスティーナ。

 そう責めるんじゃないよ。

 勇者くんも混乱しているんだよ」

「……はい、魔王様」

「ところで、勇者くんの処刑は君がするかい?」

「いいんですか! 是非!」


 クリスティーナは、満面の笑みだった。

 そんなに俺を殺したいのか。

 悪い悪夢を見ているようだ。

 

 どうしてこうなったのだろうか。

 どうして負けたのだろうか。

 どこで間違えたのだろうか。


 今更、考えても分からない。


「ふむ。

 君はなんで負けたのか、という顔をしているね」


 この男は、どうして俺が考えていることが分かるのだろうか。


「ははは。

 魔術を極めると、心を読むことも出来たりするんだよ。

 覚えておくといいよ。

 もう死ぬ君に必要はないかもしれないけど」


 高らかに笑う魔王が憎い。

 よくも、俺のクリスティーナを。

 よくも、俺の仲間を。


「それはごめんね、勇者くん。

 君達が攻めてきたから、お仲間は殺したんだ。

 お互いさまだろう?

 では、そんな惨めな君に一つだけアドバイスをしよう。

 君はなんで負けたのか、と考えているね。

 君が負けたのは、情報が足りなかったからだ。

 分かるかい?

 『情報』だよ。

 もし、君がデススカンクの存在を知っていたら。

 もし、君が魔王城の魔術封じの部屋を知っていたら。

 もし、君が自分の魔力量を知っていたら。

 もし、君がクリスティーナの正体を知っていたら……私は負けていたかもしれない。

 つまり、私に負けた理由は君の持つ情報が足りなかったからだよ。

 ま、努力不足だね」


 魔王は楽しそうに俺にアドバイスをする。

 負けた俺に負けた理由を教えて、絶望感を与えたいのだろう。


 しかし、情報か。

 確かに、俺には魔王城に来るにあたって情報が足りていなかったかもしれない。

 魔王がこんなやつだったとは、ここに来るまでまったく知らなかった。

 俺の努力不足か。


「ま、そういうことだよ勇者くん。

 もし次があったら、その反省を生かすといいよ。

 次があればね」


 すると魔王は、ニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべながらクリスティーナに目で指示する。

 クリスティーナは頷くと、倒れる俺を冷たい目で見下ろしながら抜刀した。


「さよなら、間抜けな勇者さん」


 その声が聞こえた瞬間、俺の首は切断された。

 死ぬ前に、見えたクリスティーナの冷たい目。



 ああ、次はしっかりと情報を集めよう……。



 そう、反省しながら俺は死んだ。


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