怠惰な最強剣士と山猫盗賊団
第2話 デートの際は「待った?」と聞かれても「今来たところ」と返せるのがいい男
ここはラタトニア王国の王都にあるスコシ寂れた宿屋ベール。その3階の1室で依頼をすっぽかして二度寝の魔法にかけられている男、レディア・ノエストラ。
一応、冒険者ランクS級、唯一無二の最強の剣士である。
重力、拘束、睡眠魔法に囚われた彼は、例え魔物が来ようがドラゴンが来ようが意地でも動かない。
そんな彼を動かすことの出来る数少ない人物、それが今まさに宿屋に入り、階段を登り、3階の部屋の前で立ち止まった。
柔らかな笑みと気品溢れる淑女な佇まい、そして藍色の長く美しい髪を靡かせるこの女性は、ラタトニア王都にある冒険者ギルドの受付嬢【ヘスティ・マーカス】。
艷やかな唇をすぼめて胸を撫で下ろすような仕草で吐息をもらし、ほんのりと頬を赤く染めながら目の前の部屋の戸を2回ノックする。
返事はない。
虚ろ気な面持ちで静かに息を溢し、顔を赤らめながらゆっくりと瞳を伏せる。そしてもう一度2回戸をノックする。
返事は……ない。
今度は足を肩幅より大きく開き、太腿が床と垂直になるまで腰を落として背中を屈めることの無い様しっかりと胸を張る。肩の力を吐く息とともに抜けば構えは完成。心は落ち着かせたまま背後にデーモンを宿し、全身を使って生まれた莫大な力を右手の拳に乗せて開放するノック。
響く轟音とともに激しく吹き飛ぶ部屋の戸。もうノックも、返事も必要無さそうだ。
「レディアさん、魔法は解けそうですか?」
「え……ええ、えぇもちろん。綺麗サッパリに! その扉のように飛んでいきましたよ!」
「まぁ! それは良かった。では、クエスト……行けますよね?」
顔と声に似つかない気迫。ゴゴゴと音が見えるはずもないのにどうしてか視界に捉えることが出来ている。
だがそれだけではない。
柔らかな笑みの背後に、そこには確かにデーモンがいる。合わせるな……目を合わせたら殺されるぞレディア。おお、落ち着け俺。剣を持って早く部屋からで、てで出るだけなんだ、かかか、簡単じゃないか。
「い、行きますとも! むしろ行く気満々で! 例えるならその……えぇと、まさにその……ね……あのぉ……なんというかこう……つまり行く気ま――」
「では私は部屋の外で待ってますから、装備を整えて来て下さいね」
ニコリとしながら吹き飛ばした戸を軽々拾い上げ、カチャカチャと鳴らしながら無理くり修復すると、くっついた戸を引いて会釈しながら部屋から出ていった。
おかしい。この部屋は出るときに押して戸を開けるはず……リフォーム?
なにはともあれ、既にクエストに行く気はどこかに落として無くした今、拾い上げる気力すら湧かない。とりあえず装備を整えて部屋から出ていけば首根っこを掴まれて冒険者ギルドに連れて行かれるのは間違いない。
だがしかし残念ながらこの俺、レディア・ノエストラはそんなに容易い男ではないのだ。デーモンは今部屋の外、すぐそこに居る。どうせデーモンのことだ「これで逃げ場は潰したぞ……」とでも思っているのだろうが所詮はデーモン。
バカめ、扉はぶち壊せても俺の心は壊せないのだ。
足音を立てぬようゆっくりとした足取りで、空いた窓に足をかけ、身を乗り出して脱出を計る。
「レディアさん、そこは窓ですよ?」
宿屋ベールの外から見上げているのはデーモ……ヘスティ。
「え? あははは、ですよねえ」
乗り出した身をそそくさと部屋の中に戻していく。ニコニコしているデーモンに会釈をしてから窓を閉めてカーテンで遮る。
「はぁ……」
もうクエスト行こ。
一方、王都の冒険者ギルトにて、受付に対して怒声を飛ばす者に、注目が集まっていた。
「い、いえ……ですから!」
「あのね、アタシは直接出向いて、通常の何倍もの報酬を重ねて、必要だからS級(アイツ)に依頼したのよ⁉ それが、来てませんで通じると思う訳!?」
「と言われましても……今、他の係が起こしに行きましたので、もう少々お待ち頂ければ」
「アンタね、少々って言うけど2時間よ! 分かる!? アタシはもう2時間もここで待ってるのよ!?」
ギャーギャーと喚き散らす彼女は、どうやらレディアにクエストを依頼した依頼主のようだ。もちろん怒る理由はレディアの寝坊によるものなのだが、それを受付に言ってもレディアがすぐに来るわけではない。
これでは受付係も堪ったものではない。
「むしろアタシも凄いと思わない? 2時間もこのアタシが待つなんて。なんだか暇そうな女と思われてナンパされないか心配になってきたわ!」
「はあ、そうですか」
誰がするかよ、こんなうるせー女……と周りの冒険者たちはそそくさ動き始める。関わると面倒なのは今までのやり取りで分かっている。
珍しく静まり返る冒険者ギルドの光景は異常極まりない。
そんな中で、空気の読めない彼らが現れる。
「ちょ、自分で歩くから放して!! 放してっ!!」
「うふふ、駄目ですよ? すぐ逃げようとするじゃないですか」
「いい大人がこんな……拷問だ!! つかもうギルドの目の前まできて逃げる奴なんかいないって!」
「ええ? ……いるじゃないですか」
はい、所々で出てくるデーモン。いますよ、背中になんかエラいのついてますよ。
「い……いました、いましたね!! そうです、俺でした!!」
「もう、分かってるんじゃないですか。あ、ただいま戻りましたって……あれ?」
気品のある姿のヘスティ、そして彼女に首根っこを掴まれて大人しくしているレディア。今の静まり返るギルドに2人の存在は似つかわしくない。そんな2人を見て、そちらですよとうるさい女を促す受付係の男はすぐにその場を離れた。
珍しく静まり返るギルドに惚けるヘスティを振り解き、大きなため息をついてから女の元へと歩み寄るレディア。
「大丈夫、今来たところだ」
「ずっと見てたわよ!! というか何でアタシが待たせたみたいに言えるのかしら!?」
「え? いやほら女の子ってのは男の子よりも化粧とか服とかオシャレに気を使って時間かかるだろ? それで少し遅れちゃって、『待った?』何て言われても『今来たとこ』なんて優しく答えるのが男じゃないか」
「いやだから……アタシが待たされたんだけど……分かんないかなあ……」
しれーっと訳のわからない事を饒舌に語り出すレディアに対して、額に怒りを浮かべながら歯をギシギシ食いしばる、2時間待ってナンパ1つされないうるさい女。
強気な碧い瞳に後ろで1つに結ったオレンジの長い髪。平たい胸でレディアよりも少し背の低い彼女は【マヤ・オネット】。
レディアとは幼なじみではあるものの、あまりレディアとは仲は良くない。
マヤは冒険者となったレディアたちを追うようにして夢を掴むために王都に上京してきた。今は冒険者たちが集う酒場【ラモネ】で働いている。今回そんなマヤがわざわざレディアを指名して、大金を叩いて依頼してきたのだった。
「2時間よ、2時間!! ちゃんと時間伝えたんでしょうね怪力受付嬢さん?」
「はい、きちんとお伝えしましたよ。それに怪力だなんてお恥ずかしい」
「人の部屋の戸を吹き飛ばすのは恥ずかしくないんですかね……」
「何か……言いましたか?」
「いえ何も」
縮こまるレディアを見て右手で頭を抱えるマヤ。「では、ごゆっくり」とヘスティが仕事に戻ってから、テーブルに腰を掛けて2時間も過ぎた依頼について改めてレディアに伝える。
「出来れば私だって頼みたく無いけど、本当に今回はちゃんとしてもらわないと困るの。この大金だってお店から借りてきてるんだから!」
「へいへい。で、俺は何をすれば?」
「本当に何も読んでないのね……はぁ、まあいいわ」
さっきまでの強気な面持ちがみるみるうちに神妙なものへと歪んでいく。
近頃、ラモネに来る客で無銭で飲み食いする奴がいるの。ツケでっていうのが毎回毎回なんだけど、ついこの間今までのツケの分を要求したんだけど――
「今までのツケ? んなの知らねえよ」
「知らない訳無いでしょ!? 散々飲み食いしておいて逃げれるなんて思わない方がいいわよ!!」
「知らねえものに払う金なんざねえよ!! てかよ、てめえ俺にイチャモンつけるとどうなるか分かってんのか?」
「なにさ、言ってごらんよ!」
そして男の出した言葉は、今巷で話題の盗賊団【山猫盗賊団】だったのよ。それからというもの、その盗賊団の奴らがお店に来ては、イチャモン付けた腹いせに、迷惑行為だけならまだしも、金をゆすりだしてきてるの。
「おいおい、こんなまずい酒、こんなまずい飯に金なんて払えるかよ!!」
「こっちには虫が入ってたぜ? 嬢ちゃん」
「アンタらねえ……」
「マヤちゃん、ここは落ち着いて。相手が悪いよ」
明らかな嫌がらせ、それだけでない。
「こんなクソみてえなの食わされて迷惑してんのはこっちなんだよ。そうだってのに金を払えだ? 払うのはてめえらだろうが!」
「それが嫌ならよ、嬢ちゃん。嬢ちゃんの身体で払ったっていいんだぜ? ケッケッケッ!!」
下から上へと舐め回すような気色の悪い視線。脅されるマスター、荒らされるお店。どうやら好き勝手にやられている模様。いつもは強気なマヤたが、実の所はかなり滅入っているようで悔しさに握りしめた拳が震えている。
山猫盗賊団は近頃力をつけた盗賊たちの集団で、王都の外のあちこちで問題を起こしている。だがついに王都にまで大胆に手を伸ばしてきたということは、何か裏があるに違いない。
面倒なことになりそう。
「でもね、このお金借りてきたって言ったけど、本当は違うの」
「違うってのは?」
「このお金……もうここは危険だから、そのお金で安全な所へ行きなさいって……」
そうか。つまりその……えぇっと、ツケが払われなくて…………盗賊団がこうがあーっと来て、あのなんかやばい感じの……その…………困っている訳か。
それに盗賊【団】なら沢山いそうだし……面倒かも。
「マヤ、俺はこれでもS級だ。盗賊団相手に俺は高く付きすぎる」
「もちろん、最初は金貨1枚で冒険者たちに依頼したわ! でも山猫盗賊団って言ったら誰も受けてくれる人がいなくて……」
「だろうな。奴らの悪名、悪行は最近になって増加している。それに血の臭いが絶えない連中だ、皆死にたくは無いからな」
「だから……だからもう頼るのがレディアしかいないの……お願い……」
こうして嫌な相手に頼み事をするのも、相当滅入っている証。それにマヤはプライドが高い。そんなマヤがこうしてプライドを捨ててでも、泣きそうなのを堪えて頭を下げている。
『何でアンタなの……どうしてアンタなの……?』
『アンタが……アンタが死ねば良かったのよ!!』
思い出されるのは今でも夢に見るあの日の記憶。憎しみの籠もったあの表情、そしてあの瞳はもう……忘れることは出来ないだろう。ましてや【自分を恨んでいる人間】の……依頼を受け入れられるのだろうか。
そんなに俺は【アイツ】みたいに出来た人間じゃない。
「……ダメだ」
「ま、待って!!」
立ち上がり、外へ出ようとするレディアの腕を掴むマヤ。その様子を周りの冒険者たちも固唾をのんで見守っている。
「何で、何がダメなの!? もしかしてアタシが……アタシがあの時、アンタの事を……」
「違うよ」
「じゃあ、どうして!?」
ついに堪えられなくなったのか、美しい瞳から大粒の涙が溢れ出す。そんなマヤの手を振り解いて、出口へと歩いていく。
きっと警備兵にも声をかけて、断られたに違いない。そうでなければ、わざわざ冒険者ギルドに依頼してくる内容でもない。つまりこれは警備兵の中に山猫盗賊団と通じている者がいる。そいつがこの王都に山猫盗賊団を通しているのだろう。だが、今そんなことはどうだっていい。
俯き、泣き崩れるマヤ。去ろうとする彼の背中にあの日から見るのは途方も無い後悔の念。
アタシが悪いんだ……アタシがあの時、あんな事を言ったから……。
「違うって。それに……」
「……え?」
ギルドを出る前にレディアは立ち止まり、右手の親指でコインを1枚だけ弾いた。クルクルとそれは輝きながら宙を舞い、再びレディアの手に収まったとき、マヤはそのコインが自分の持ってきた金貨の1枚である事に気が付いた。
「言ったはずさ、高く付きすぎるって。それくらいの依頼なら、これで十分だよ」
「レディア……」
そう言い金貨1枚をポケットにしまうと、レディアはゆっくりと外へ出ていった。突然のことに呆然としていると、ヘスティがハンカチを手渡してくれた。
「マヤさんとレディアさんに何があったのか、私は知りません。ですが、あの人はきっと……マヤさんが思っているような人ではありませんよ」
「レディア……」
「さ、私たちはここであの人の帰りを待つことにしましょう」
ヘスティに促されるように席へと座り、淹れてもらった紅茶を口にして落ち着きを取り戻していく。しかし、そうだというのに、静かに思い出すのはあの日の嫌な記憶ばかり。
『僕の……せいだ……』
『僕が……僕が殺したんだ……』
晴れていた空が少しずつ雲に覆われていく。そんな空を見上げる事なく、ただ真っ直ぐにレディアは歩いていく。
その空はまるで、いつかの……あの日のようで。
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