セレン・レイノルズ



 切っ掛けは、些細なものだった。



 好奇心という、幼心に大抵付随している感情を母の中に置いてきた自分が、唯一興味を持ったもの、それが母のフルートだった。



 毎日、父と一緒に聞いていた母が奏でる笛の綺麗な音色は、物心つく頃からあこがれの対象だった。



 ろくに吹けもしないのに、母の笛が欲しいといつまでもせがむ私。



 そんな私に、父が初めはこれで練習しなさいとプレゼントしてくれた、銀のホイッスル。



 落としたり無くさないようにと、首から掛けられるようにしてくれた、初めての自分の楽器。



 一つの音しか出せないとぐずっていた私に、父は困り顔で、そんな私達に、母はいつも向日葵のような優しい笑顔を向けていた。



 本当は、その小さなホイッスルをもらった時、恥ずかしくて口にはしなかったけど、とても嬉しかった。



 これで、ほんの少し、母に近づけたような気がしたから。



 いつかは母の様に、素晴らしい音色を奏でる人になろうと、心に決めた時だから……。





「……」


 瞼が重い。


 目を開けたはずなのに、視界はぼやけたままで、殆ど何も見えない。


 それどころか、手足さえも、鉛で出来たかのようにいう事を聞かない。


 だけど手のひらには、父がくれたホイッスルが収まっているのが分かって、嬉しかった。


「……」


 夢を見ていた気がする。 とても懐かしく、優しい夢を。


 自分で壊してしまった……二度と戻らないあの日々を、もう一度見る事が出来た。 もうすぐ、それすらも思い出せなくなるだろうけど、それでも、たとえ夢だとしても、嬉しかった。


「……」


 あの人は、私を助けてくれた。


 私達の問題に巻き込んでしまったのに、助けてくれた。



 ――だけど、せっかく助けてくれたけど……もう痛みも感じない。



 両親以外で、話していて楽しかったのは初めてだった。 ほんの少しだけど、楽しかった。



 もう少しだけ、もっと別の事を、話してみたかった……。




 もう少しだけ、色んなことを話してみたかった。




 外の世界の、色んなことを、話してみたかった。







 もっと、聴いて、欲しかった……。

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