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照明の光は最低限に落とされ、静けさが非現実性の雰囲気を最大限に盛り上げるプラットホームを、季人は音を立てないように注意して進んでいく。
携帯しているLEDハンドライトの放つ明かりは絞りを最大にして、前方の広範囲を照らし出す。
『その辺りが最初に映像を上書きされたポイントだ。 殆どタイムラグはないけど、順に改札、出口が上書きされている』
「大胆だな。 堂々と出口への順路を追ってかっさらうとは」
『騒ぎになっていないってことは、恐らく抵抗らしいことも無かっただろうね』
「ただ、これで電車に乗って消えた線はなくなったわけだな」
監視カメラの改竄が地下鉄の入り口から始まっていたのならお手上げだが、ホームから始まっているのだから、御伽は都庁前駅で降りたはずだ。
『気を失っていたか、それとも脅されたか……』
「あの肝っ玉の強い御伽が、そうそう脅しに屈するとは思えないけどな」
だが、実際に女子高生が手を出す事の出来ない恐慌に陥らされたら、どうにも出来ない状況などいくらでもあるだろう。
それを、御伽に対しての先入観だけで大丈夫だと思い込むのは早計か。
腕っぷしが強いとは言っても、御伽はまだ高校生なのだから。
『まぁ、その辺はもう少し情報が必要といったところだね。 どう? 何かある?』
「少なくとも、改竄された最初のポイントだっていうなら、携帯はこのカメラの視界内にある可能性はあるんだよな」
方々にライトを向けて、今いるポイントから辺りを見回すが、喜びの収穫は無い。
『もう一回電話をかけてみようか?』
「オナシャス」
季人は聞き耳を立てて周囲の様子をうかがう。
薄暗がりの中、視覚ではなく、聴覚で探る。
「……」
着信音は聞こえない。 やはり、イヤホンが刺さったままの可能性がある。
「……?」
しかし、何かが振動する音が聞こえた。
直ぐ近く、間違いなくスマートフォンが存在する音だ。
「予想より展開早くて俺びっくり。 いきなり事態が進展するのは嬉しいな、時間も押してるし。 監視カメラの映像を駅員に見せずに、ウィルだけリアルタイムの映像を見る事は出来るか?」
季人の問いかけに、ウィルが自信を持って答える。
『おまかせあれ』
「間違いなく近くに携帯がある。 カメラには何か映っているか?」
自分には見えなくても、俯瞰的に広範囲を眺める事が出来る監視カメラなら何か掴めるかもしれない。
そう思った季人だったが、甘い考えだった。
『……見えない。 ていうか真っ暗だからね。 せめて画面の点灯が確認できればいいんだけど』
ウィルからの返答は口惜しい物だった。
ただ、逆に考えればカメラの死角にあって、振動の音が聞こえる以上、今自分が立っているホームの直ぐ近くにスマートフォンはあるはず。
季人は左右を見渡してみる。 視界に入るのは柱とベンチと自販機位のものだ。
手のひらに収まるくらいの大きさであれば、自販機の下も考えられるが、覗いてみても見つからない。
となると、もう自分が立っている場所にはスマートフォンが無い可能性の方が高い。
季人はプラットホームの黄色いタイルから一歩足を踏み出し、白い線を更に跨ぐ。
「……」
薄暗い視界の中、足下に注意を払いながら何もない空間へともう一歩踏み出し、軽い浮遊感と落下を感じながら線路の上に降り立つ。
「……っと」
普通の視点、視界から見つからないのならば取るべき行動は限られる。 レールの上に足を掛けて見えるその視点は、いつもより一メートル以上低い。
普段目にする地下鉄ホームとは別の視界が季人の目の前に広がっていた。 そして――。
「ウィル、あったぞ」
線路脇の退避スペースに着信を主張し続ける御伽のスマートフォン。 暗闇の中、薄ぼんやりと光を放ち、浮かび上がっていた。
『誤って落としてしまったのか、故意に落としたのかは分からないけど、今この場での最低限の仕事は出来た。 今はそう思っておこう』
「……そうだな」
季人は御伽のスマートフォンを拾い上げ、ズボンのポケットに入れる。
『地上への非常口は携帯に順路を送っておいたから、それを見ながら帰ってきてくれ』
ここに御伽はいなかった。 だが、手がかりはきっとこの中に入っているはず。
それに、監視カメラの改竄履歴も何かしら重要な手がかりに繋がるはずだ。
今は一刻も早く、ウィルの居るアパートに行くのが先決。 もう、ここで出来ることは何もない。
「……」
そう簡単に解決するとは思っていなかった。
「それにしても手が込みすぎているにも程にもあるだろ」
そう呟いた季人は暗闇の先に続くレールを一瞥して、直ぐにホームへとよじ登った。
「まったく、底も先も見えねえよ」
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