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東京メトロ大江戸線、都庁前駅。
多くの大都市に付随する地下鉄駅は地上と地下を繋ぐ出入り口が多数あり、それは付近に点在する建物の数にも比例して増えることになる。
都庁前駅もその例外に漏れず、地下道の複雑さはもはや東京に存在するダンジョンといってもおかしくはない。
加えて、都庁前駅の出入り口の多さは東京メトロの中でもトップクラス。
季人が到着したのは、そんなダンジョンの入り口の一つだった。
「ウィル、GPSは?」
『う~ん、反応が悪いね。 彼女の携帯電話を中心に誤差十メートルで表示できるけど、こんなに酷かったかなぁ……。 地下鉄の中じゃ一番深い大江戸線だからしかたがないけど。 ここまでノイズが多いのは……』
現在季人が居るのは地上の入り口から階段を一つ下った通路。 大江戸線のホームへ行くにはさらに深く潜る必要がある。
「俺の方も同じか?」
『そうだね。 ただ、ほんの少し前から、現在地の表示がラグってきたよ』
二人の会話の中にも少しだけ、通話に砂を擦るような雑音が混じり始めていた。
「御伽の現在地に変化がないなら、ひとまずはそれでいいか」
『季人……』
慎重な相方の声に、季人は一拍置いて返事を返す。
「……分ってるよ」
ウィルが全部言わなくても、季人は現状を理解できた。
家を出る時も、ここに来るまでも、そして今も、GPSの反応は変わらない。 現在地の表示はピクリとも動かない。
もしかしたら、調べ始めるずっと前の時間から動いていないかもしれない。
同じ場所に、しかもこんな時間に延々と動かずにいる事など、厳格な父を持つあの御伽の日常生活を差し引いても、普通あるだろうか?
「……」
確信に近いレベルで、御伽はもうそこには居ないということを、季人とウィルは推察していた。
ただ、ここまで状況が進んでいると多少なり楽観的にも考えたくなると、季人は自分を納得させた。
静まり返った地下道を進み、手に持ったスマートフォンでGPSの反応を見ながら季人は改札を潜り、更に深く階段を下りていく。
地上からの深度約四十メートル。 都営地下鉄で一番深い路線は伊達ではない。
「ウィル、どうだ?」
『動きに変化はない。 もうかなり近いはずだよ』
不気味に静まり返ったホームを見渡す。 終電間際という事もあり、人の数はそう多くない。
『電話をかけてみようか』
「そうだな。 これだけ静かなら、着信音で分かるかもしれない」
『うん。 ただね、もし見えるようなところにあったなら、とっくに駅員か親切な人が拾っているはずだ。 そうじゃなくてまだホームに反応があるって行うことは、見つかりにくい場所に落ちている可能性が高い』
「かもな。 取りあえず鳴らしてくれ」
季人は耳に当てていたスマートフォンを下ろし、周囲からの音に神経を注ぐ。
話し声はない。 ピーン、ポーンと単調なリズムを繰り返す盲導鈴の音が聞こえる位で、他は空調の音がせいぜいだ。
二十秒ほどそうしていただろうか。 季人は下げていた手を再び耳元まで上げる。
「……何にも聞こえないな」
『マナーモードかな』
何も聞こえない。 その事実が、先に電話で話した悠希との会話を思い出させた。
「……そういえば、悠希が言ってたな。 居なくなる直前に音楽を聴いていたって。 もしかしたら、まだイヤホンがスマートフォンに刺さりっぱなしかもしれない」
『そうか。 それだと着信音はイヤホン越しに流れるね』
「いくら今が静かでも、聞き分けるには人間の耳には難易度が高いな。 かと言って、虱潰しにあちこち探している暇もない……と」
それに、ウィルが先ほど言ったように、気付く人間がいれば既に拾われている可能性が高い。 誰にも気付かれない位の音量で流れる着信音など、もはやその役目をはたしていない。 恐らくマナーモードによる振動音の方がまだ聞き取れるだろう。
『って、そうだ季人、もうすぐ出入り口が封鎖されるよ』
そうこうしている間に、時間はどんどん流れていく。 集中して事に当たっているのなら尚更、その流れは速く感じる。
「終電が到着するのは?」
『ダイヤ通りなら三分後』
「……よし、ウィル」
普通に駅を利用する者にとっては、時間がない。
しかし、ウィルと季人は電車を利用しない。 駅のホームそのものに用があるのだ。
となれば、することは一つ。
『オ~ケ~。 すぐに隠れられるアンブッシュを見つけるよ。 ……ん?』
スピーカーの向こうから聞こえるウィルのこもった声。
「どうした?」
『これは……、あ~いや、後で話す。 季人はB4出入り口まで向かってくれ』
ウィルが言いかけたことに後ろ髪を引かれる思いの季人だが、今は自分の身を隠すことが先決だと判断し、直ちに行動を開始した。
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