4.序章:そう、それは完全なる勘違いだった
突然の小柄な騎士の登場に、皇女様とアルフリード第2候補の短髪の青年がそろってキョトンとした表情をこちらに向けていた。
構わずに私はその場に跪いて剣を抜き、それを床に突き立てた。
素早く、短髪の青年が腰に吊っている剣に手を添えて構える仕草が見えたけれど、私はそのまま皇女様を見据えてハッキリと言い放った。
「私はエミリア・エスニョーラ。皇女様、わたしをあなたの女騎士にしてください!」
すごい、本当にやってしまった!
私、かっこいい。
そう思ったのもつかの間、会場全体が一瞬のうちにシーンと静まり返った。
皇女様は大きな瞳をさらに大きくし、まばたきもせずに動かないでいる。
アルフリード第2候補も神妙な表情をこちらに向けて、剣を抜こうとしたままピタリと止まっている。
皇女様、どうかこの正々堂々とした姿に免じて、ご許可を……
「あんた人の婚約者に向かって何してんの?」
静まり返った会場の中、コツコツと後ろの方から足音が近づいてきて目の前で止まると、ウェーブがかった髪を揺らしたアルフリード第1候補がかがみ込んで私の顔を覗き込んだ。
その声は低めだけれど、男性の声のようには聞こえない。
私の頭の中は一気に混乱で真っ白になった。
形のいい眉と目をきつくしかめてガン付けしてくるこの人は、一体……
「あの娘は誰?」
「恐れ多くも皇女様のフィアンセに」
周りからザワザワとした囁き声が響いてくる。
目を見開いて固まった表情で私を見ていた美少女が、ぷっと口から吹き出して破顔した。
「これは珍しいお嬢様。ナディクスまで私と一緒に付いてきてくれるのかな?」
皇女様かと思っていたその人の声を聞いた瞬間、私の計画が音を立てて脆くも崩れ去っていった。
「あ、あの、あなた様は……」
「隣国の王子、エルラルゴだ」
お、王子!? 男!!?
いやいや、そのルックスはどう見ても女の子でしょ。
可愛らしさと美しさを兼ね備えた美貌。
確かに周りの人と比べたらエスニックな雰囲気のスカート着てるとは思ったけど民族衣装だったの?
完全にだまされたわ!
「あんた、今日の来賓のことも知らないでここまで来たの? エスニョーラ家にこんな変わった娘がいたなんて初耳だわ」
イライラとして棘のある口調だった。
そうだったのか…こっちが本物だったのか
まさか男装していたなんて……
この状況から察するに皇女様であろうこのハンサムウーマンは、肩をわなわなと震わせながら、自分の剣の柄に震える手を持っていってそれを引き抜き始めた。
はぁ、これはもう殺されてお終い……
GAME OVER
アルフリードの想い人がまさか、こんな暴君女帝だったなんて。
ここでこんな終わり方をするなら、何の意味があって私はエミリアに宿ったんですか?
「まずい……君、こちらに来て!」
突然、腕を引っ張られたかと思ったら体がふわっと浮かんだ。
膝の下と腰に腕が回されている。
少し上を向くと……
そこには端正な男性のご尊顔があった。
アルフリード第2候補だ。
その顔が私を上から見下ろしてきて、爽やかな笑顔を放った。
「しっかりつかまって」
やっぱり爽やかなその声が耳に入ってきた瞬間、周りの人だかりをかき分けながら景色がすごい速さで動き出した。
そのまま開いていた扉から外に飛び出すと、顔の露出した肌に風がビシバシと当たってきた。
顔を出していられなくて、思わずその人の胸に頭を埋める格好になってしまった。
温かく、しなやかな筋肉の動きが服越しにも伝わってくる胸板……
腰と膝の下を抱えられている腕の力がギュッと強まった。
途中で高い所に抱え上げられたと思うと馬に乗せられた。後ろから腕を回して支えられながら、少しの間、走り続けていた。
「ここまで来れば大丈夫だろう……」
人気はなかったがまだ演習場の近くではあるらしく、そばにはたいまつが燃えて暗い夜を赤く照らしていた。
「どなたか存じませんが、ありがとうございます……私はこれからどうなってしまうんでしょうか……」
ああ、計画失敗だぁ……
まさか美少女みたいな王子がいて、さらにそれが婚約者まで兼ねた隠れキャラだったなんて……なんなんだ、この小説の世界はっっ!
皇女様の怒りを買って、どうなってしまうんだろう……
私は捕縛されちゃうだろうし、さっきはその場で討ち取られそうになったし、本当に処刑されるかも……
家族は恥さらしの娘を持つ家門として社交界から追放され、没落の一途を辿るだろう……
うああああぁぁぁ!!
涙が溢れ出してきた。
「ああ、泣かないで可愛らしい人」
黒い手袋をした指先が近づいてきて、私の目元をそっと拭った。
ハンサムな顔が心配そうに覗き込んでいる。
それよりさっき何て言った?
可愛らしい??
「ヘイゼル公爵家の長男、アルフリードと申します。先程の騎士の誓約をみて、あなたに惹きつけられました。僕と結婚してください」
……はぁ?
いま確かにアルフリードって言ったよね?
私いま、小説の主人公、あまたの女性を虜にする生粋のプレイボーイに抱えられ、その彼から求婚をされたのでしょうか。
思わず何も言えず私はぽかんと口を開けて、切なそうにこちらを見ているその人に見入ってしまった。
「僕の妻になればソフィアナからあなたを守ることができる。ああ、こんな気持ちは初めてだ……」
アルフリードと名乗ったその人は、一層腕に力を込めると、私の首筋と肩の間に頭を埋めてきた。
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