3.序章:いざ王子の歓迎会へ

 この日のために、屋敷のリネン室から少しずつ運んでおいたシーツを長く結びつけたロープをクローゼットの奥から取り出し、ベッドの足にくくりつけて窓から下に垂らした。


 髪を一つにまとめて頭の後ろでお団子状にすると、剣を自分の背中に結びつけて、ゆっくり慎重に白いロープを掴んで降りた。


 垣根にこの前押し込んだ騎士団の制服は、いつ庭師が清掃にくるか分からないのでイリスの目を盗みつつ袋に入れて垣根の下に埋めておいたので、それを掘り起こした。


 制服は思った通り、ちょうどピッタリだった。


 騎士団の合同演習と王子の歓迎会の話は、他の使用人たちの間でも話題になっていた。少しずつ盗み聞きした情報によればお父様とお兄様も出席するという。


 皇女様の話を聞こうとした晩餐以来この3ヶ月間、私は怪しまれないように外の世界のことには極力興味のないような素振りをしていた。


 それが元のエミリアに戻ったように見えたらしく、当初のような過敏な反応を家族も取らなくなっていた。


 合同演習は午後ぶっ通しで開かれ、19時ごろから王子の歓迎会が始まる予定だった。


 迎賓館での歓迎会に向かうのは貴族達だけで、騎士達は合同演習を終えた後はそのまま演習場でバーベキュー形式の親睦会になる。


 演習と親睦会の間は、騎士達も準備のため自分たちの遣える屋敷にものを取りに出入りするようになる。


 狙うのはそこだ。

 私は堂々とエスニョーラ家の邸宅の庭に伸びるメインの通りを進んでいった。

 そこにはちょうど演習が終わって戻ってきた騎士達が徒歩であったり馬に乗りながらウヨウヨしていた。

 道の奥に通じる屋敷の出入り口には立派な鉄城門がしてあったが、常に半分だけが開いていて、そこから数人の騎士が出入りしていた。


 そして、門番に咎められることなく、難なく邸宅から脱出することができた。

 エミリアの顔が知られていなかった事が功を奏した。


 この世界に来て初めてエスニョーラ邸から外に出たが次に進むべき方向は、同じ制服を着ている騎士に付いていくだけだった。簡単。



 だいぶ空が薄暗くなってきた中、到着した演習場にはたいまつが至る所に灯されて、紋章付きの色々な制服を着た騎士達が設営やら、食材を運ぶやら準備に追われていた。


 演習場を見渡すと、奥の方に狩場と思われる森が広がっていて、その手前に白い豪華な感じの建物が建っていた。


「あれが迎賓館ね」



 迎賓館の前まで来ると、カラフルでおしゃれなドレスを身にまとったご婦人や、ビシッと着こなした紳士達が入り口に溢れていた。


 ここまで来ると騎士の格好をした人はほとんどおらず、どうやって入ればいいのか戸惑ったものの、


「まあ、可愛らしい騎士さん」


 既に酔っているかのような雰囲気のご婦人が中から近づいてきて、私の腕を取った。


「騎士の方もこちらで飲めばいいじゃない。エスコートしてくださいな」


 そういって会場の中に引っ張られた。

 ちょっと思っていたのとは違っていたけど、すんなりと中に入れてしまった。

 誰だか知らないけど、奥様ありがとう。


 会場は広々としていて煌びやかだった。

 この大勢の人の中から、皇女様をどうやって探せばいいんだろう。


 そういえば、皇女様の容姿ってよく覚えてないんだよな〜。

 原作では、優雅で美しく知的な方、くらいの描写しか言及されていなかった。


 アルフリードは背が高く細身だがしっかりとした体躯の黒髪の端正な顔立ち……

 まあ、小説の主人公の描写といったらどれも同じようなものだし、これだけを手掛かりに実際に探すとなったら全く参考にすらならないよ……


 まだ腕を掴んでキョロキョロあたりを見ているご婦人に尋ねてみた。


「皇女様はどのあたりにいらっしゃるでしょうか?」


「まあ! あなた皇女様ファンなの? 誰でも特に騎士様なんかは、あの方の心意気に惚れてしまいますものね。どこにいらっしゃるかしら……」


 心意気に惚れる……? うーん、優雅で美しく知的な方のイメージとはニュアンスが違うような。言葉のチョイスが面白いな〜と思っていると、


「あ、あちらじゃないかしら! 可愛らしい騎士様、がんばるのよ」


 指をさしながらご婦人は別の手で私の肩をポンポンと叩いてウィンクした。


 さされている指の方を見ると、白い衣装に遠目からも折れてしまいそうに華奢な体、長い金色のまっすぐな髪に、見たこともないキラキラとした大きな瞳を持った美貌の少女が立っていた。


 明らかにその周囲だけが他の人々とは違ったオーラを纏っていた。


 絶対に、あの方が皇女様だ。


 そして、皇女様の横には剣を携えて、軍服に身を包んだ若い貴公子が守るようにして立っていた。

 ウェーブがかった黒い長髪を後ろで一つに束ねている。

 細身だけれど、しっかりしてそうな体躯。

 まさに原作の通り、あの方が悲恋の主人公・アルフリードに違いない。


 今は鋭い目つきで、堂々とした風格を放っているけれど、そんな彼が狂ったように弱って最後を迎えてしまうなんて……


 本人達を目の前にすると私の思いは一層、強くなるのを感じた。

 この世界の運命を知る唯一の私が、あなた達を絶対に救いますから。


 アルフリードの横には、やはり綺麗な顔立ちで軍服を身に纏った黒い短髪の青年が立っていた。

 あの立ち位置的には、隣国の王子様だろうか?

 でも黒髪だし彼がアルフリードの可能性も……


 隣国の王子様という設定は、原作では語られることはなかった。

 皇女様と隣のウェーブロンゲの青年の強烈なオーラに比べると、彼は寡黙そうな控えめな雰囲気には見えたけれど、王子と言われたら納得できるような煌めきを放ってもいた。


 なにはともあれ、皇女様はあの金髪の美少女に間違いない。


 何回もイメージトレーニングしてきた光景を今一度、頭の中で思い描く。

 これは何でもありの小説の中の世界。私もそんな世界の住人として、カッコよく登場シーンを決めてやる!


 ちょうどウェーブロンゲのアルフリード第1候補が皇女様から離れて行って他の人と談笑を始めた。


 鞘のついた剣を左手に持ち、マントを翻しながら、私は皇女様の方へ歩き始めた。

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