第28話 嫌なお客さん

ピンポーン

家全体に、インターホンの音が響いた。

お母さんが足早に玄関へ向かおうとする音が二階の部屋からも聞こえる。

この時間に人が来るときは大体配達員さんだ。だから今日もきっとそうだろう。

そんなことを思いながら、私はいつものようにだらけているとお母さんの甲高い声が一階の方から聞こえてきた。

「……麻実~お客さんよー!」

どうやら配達員さんではなかったようだ。

……ただ、今は目が赤い。お客さんも私の異変に気付いてしまうのかが心配。

でもいかないと失礼になってしまうから……行かなきゃ。

私が予想外のことに驚きながらも少し早歩きで玄関へ向かう。

「はぁーい」

私は玄関越しに声を上げる。

そして赤くなっているであろう目をこすりながら私は玄関のドアノブに手をかけてゆっくりと開ける。

……そこに立っていたのは、よく見覚えのある小さな容姿。私は目の前の人物を瞬時に理解する。

カガミ様。両手に手を置いて不満そうに仁王立ちしているその姿は、今にも私を殺してしまいそうなほど。むしゃくしゃしているのか、すごく私に嫌悪感を抱いているような表情をしていた。

「……カガミ様……」

「……はぁ。少し家に上げてくださいまし」

そういうとカガミ様は私押しのけて強引に部屋に向かおうとする。そして私はとっさに手が伸びてカガミ様の細く華奢な腕をつかんだ。

……この時初めて私はカガミ様に触れたんだと思う。

初めて触れたカガミ様の手はすごく冷たくて、今すぐにでも手を離してしまいそうなくらい冷え切っていて、氷のようだった。そして実感する。……カガミ様はほんとに生きていないんだ……って。

「……なんですの……」

カガミ様はやる気のない声で私に問いかける。

どうやら目が赤いのには気にしてもいないみたいだった。

……カガミ様らしくない、堂々ともしてないやる気のない表情と声音。

お母さんは台所で料理を作っていて私たちのことは気にも留めていないようだった。

そしてそれを確認した私は聞いた。

「みんな殺すって……本当?」

私がカガミ様に問いかけると、カガミ様はめんどくさそうに言った。

「……他人がいるところでこういう話はよしてくださいまし。部屋に行きますわよ」

今度は逆に、カガミ様が冷たい手で私の手を引いていく。なんで部屋を知ってるのかはその時は疑問にも思わなかった。


カガミ様の手の冷たさが、私の腕をじわじわと冷やしていく。……冷たい。



「……で? 本当にみんなを殺してしまうのか……でしたわよね。……本当にあなたはいくら言っても分からないんですのね。いい加減あきれてしまいますわよ」

カガミ様が当然だ、とでもいうようにあきれた表情を見せた。

「……やっぱり、そうなんだ。カガミ様が私の願いを聞いてくれるなんて……ありえないから」

私はうつむきながら言った。


お屋敷で言った私の願いが、本当にかなっていた場合は別だけれど。

カガミ様は人の絶望を楽しむ最低な神様なんだから。

「わかっているなら聞かないでくださいまし。……そういうのは嫌いですのよ」

「……やっぱり最低。もう私はあなたを殺すしかない。……消してしまわなきゃみんなを救うしかできないの……!」

私は吐き捨てるように言った。

……あぁ、まただ。また私がおかしくなろうとしている。私は怒りの感情を必死に抑え込んだ。

もうこんな感覚いやなの。

「……そう。できたらいいですわね」

カガミ様は興味なさげに吐き捨てる。

まったく興味を示していないようだ。どうやら自分は殺されるはずないって確信しているらしい。

……なんだから嫌な人だ。

「絶対に殺して見せるから。……あんたなんか嫌い」

「……とうに知ってますわよそんなこと。ただ私はいらいらしてるんですの。だからそういうこと言うのはやめてくださいまし。……じゃないとすぐにでもみんな殺しますわよ?」

「その前に……私があなたを殺すから。そんなことさせない」

私が強気になってそう言い張ると、カガミ様はくすくすと笑う。

「……ふふ。少し元気になりましたわ。……やっぱりあなたは面白い人ですわね。……殺せるもんなら殺してもらってもいいんですのよ? まぁ……殺せるかもわかりませんけど」

カガミ様は笑いを含んだ声でそう言った。

それは馬鹿にしているようにしか聞こえなくて、少しいら立ちをおぼえた。

「……絶対消すから。もう戻ってこられないように……」

「私はあなたを逃がしませんわ」

「……絶対にげきる。」

「じゃあ試しに死んでみるのもいいかもしれませんわね」

カガミ様は馬鹿にしたような視線を送って私にひとさし指を突き付ける。

「……なら……みんなを殺さないでいてくれる?」

「……それは無理なお願いですわね。残念ながら……ふふ」

「……そう。ならいい」

私はカガミ様が油断しているのを確認すると、護身用に持っていたカッターナイフをもってカガミ様をさそうと手を伸ばした。

冗談のつもりだったのだけれど、カガミ様は結構驚いていた。

……こんなの持ってなくていいって思ってた。……だけどこういう使い道があるとは。

私が一人感心していると、カガミ様は見事によけて見せて誇らしげににやりと笑う。

「……なんなんですのいきなり……。でも、当たらなかったみたいですわね」

カガミ様も少し面くらっているように見えていたけど、まだ余裕の表情だ。

……さっき言った通り冗談半分だった。カガミ様なら当然のようによけてくると思ってたけど驚きもするんだな……。


……なんでこんなことしちゃったんだろう、私。

護身用にカッターナイフなんて持ってたらおかしな奴だと思われる……って言ってお母さんに押し付けてたのに……お母さん持っておきなさいって聞かなかったから。こういう心配性はたまに嫌になってしまう……。

「……ごめん。ほんとにやるつもりはなかったけど手が勝手に動いたみたいに……」

私はカガミ様であろうが関係なくとっさに謝った。

本当のことを言ってる。

カガミ様自身、信じていないように見えたけれど。

「素直に謝るなんてらしくないですわね」

「……あなたに言われる筋合いないよ。……だけどこれは私が悪いから。ちゃんと謝る」

さっきの態度とは変わって私は少し強く言った。


「……はぁ……。私帰りますわ」

カガミ様が呆れたようなため息をついてから立ち上がった。

「……勝手にしてよ」

私はさっき言われたことが気に食わなくて、少しすねたように言った。

そしてカガミ様は部屋を出て玄関からかえっていくのがわかると、私はすっかり気が抜けてベットに倒れこんだ。そしてカガミ様に突き付けてしまったカッターナイフをじーっと見つめた。

新品みたいに鋭くて、刃の方は光っている。

これで切ろうと思えば何でも切れてしまいそうだ。


……こんなものを持たせるお母さんもおかしい……よね。

私自身最初はいやだったけどこれがあることは誰にも知られてなかったし何にも触れてないから気にしてはなかったんだけど、今日はなぜかカッターの存在を思い出してとっさに刃を出してしまった。いくらカガミ様であろうとこれだけはやらないって決めてたのに。

……学校でこれの存在を知られれば私は一気にハブられてしまうだろう。

紗矢さえも離れていってしまうかもしれない……。私はそれだけはやめてほしいと思ってるから必死になって隠してるけど、言い訳はちゃんと考えてる。

……紗矢ならわかってくれるって信じてるからね。……まぁこういう信頼が変な関係を生んでしまうきっかけになるかもしれないけど。


だからもうとりあえずこれだけは隠しておく。

……もう学校でおかしなことも起こらないように、私が変にならないようにちゃんと自分のことは自分で管理して……絶対カガミ様をどうにかする。全部みんなのためだから。カガミ様を殺す方法なんてないかもしれないけど何があっても見つけ出して見せるから。


「……よし……!」

私は一人ガッツポーズを決めると気合を入れてベットから勢いよく起き上がった。


今日から情報集めないと。

カッターはお母さんにばれないように持って行ってふりをして部屋に隠しておく。

これなら安全……なはず。




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