想起の天使

北野滝

第1話 忘却病

忘却病。



2030年、突如この病気の存在が確認された。その名の通り忘却病に感染した人は記憶を失う。この病気は生活するうえでは何の影響もない。自分のことを忘れるわけでもないし、記憶能力が低下するわけでもない。よっぽど認知症の方が生活に問題が生まれる。


じゃあ忘却病は何の記憶を失うのかって?


忘却病は感染した人の大切な記憶を奪う。愛する人や親友、ペットなどとの大切な記憶が思い出せなくなる。


この病気によって大切な記憶を失ってしまった人たちは心に大きな傷を負っていた。


原因も解決方法も今のところは解明されていない。つまりどうすることもできないし命に関わる病気でもないためニュースでもほとんど取り上げられない。


しかしどうすることもできないこの病気にもこんな噂がある。


とある街で若い青年が忘却病で記憶を失った人の思い出を呼び起こしてくれる店を経営しているとか。









天音あまね、元気ないけど大丈夫?」


いつもと変わらない学校の帰り道、綺麗なブロンド色のショートヘアを揺らしながら私の大切な友人である雪野紗枝ゆきのさえが心配そうに私の顔を見つめて問いかけた。


「全然大丈夫だよ。心配してくれてありがとう」


そう言いつつも本当は大丈夫ではない。実は1週間前、私はお婆ちゃんを病気で亡くしてしまった。小さい頃から両親は共働きで忙しかったため、いつも遊んでくれたのがお婆ちゃんだった。


クッキーを焼いてくれたり、一緒に出掛けたり、思い出を上げればきりがない。思春期の時にくだらないことで両親と喧嘩した時もお婆ちゃんはいつも私の味方をしてくれた。


それでも私が悪いことをしたときは両親以上に怒った。ダメなことはダメ。それがお婆ちゃんの口癖だった。その教えのおかげで今の私があるんだと思う。


だからこそ大好きなお婆ちゃんを亡くしてしまったのは本当に辛かった。


「じゃあね天音、また明日」


「うん。また明日」


夕焼けに照らされて伸びる私1人の影は私の孤独を強調させる。




バチッ




急に全身に電気が流れたような気がした。慌てて体を確認するが特に異常はない。


「なんだったんだろう?」


周囲にも不自然なところはなく気のせいかと思い首を傾げた。最近お婆ちゃんのことばっかり考えててあまり眠れてなかったから疲れが溜まっているのだろうか。


お婆ちゃん・・・


「えっ!?何で・・・噓でしょ」


突然の出来事に最初は状況が理解できなかった。


「はぁ、はぁ、はぁ」


時間が経ち現状を少しずつ理解していくにつれて動悸が速くなり頭が真っ白になった。



お婆ちゃんとの記憶が思い出せない。








バンッ!!


私は走って家まで戻りアルバムを漁った。


「何で!何で!何で!!」


どの写真を見ても知ってるはずなのに記憶に靄がかかって思い出せない。


結局全てのアルバムを見ても思い出せなかった。心にぽっかりと大きな穴が開いた気がしてその日の夕食は喉を通らず早めに床に就いた。家族にこんな話をしても信じてもらえるはずがない。


「・・・」


眠れない私はスマホで色んなことを調べた。だが、突然一部の記憶に靄がかかったように思い出せなくなることについての情報なんて全く出てこなかった。


「はぁ」


諦めかけていた時とあるブログが目に入った。それは若くして旦那さんを亡くしてしまった奥さんが過去に旦那さんと一緒に訪れた場所にもう一度訪れるというものだった。ブログにはその場所の写真と旦那さんとの大切な思い出が綴られていた。


お婆ちゃんとの大切な思い出を失った私の心には強く響いた。


「これって・・・」


ブログを読み終えようとしたところで驚愕の文を見つけてしまった。


『信じられないかと思いますが私は夫との思い出の記憶を失っていました。まるで靄がかかったように思い出せなかったんです。病院に行っても原因が分からないと言われました』


私と同じだ。この人も大切な記憶を失っていたのか。じゃあなんで旦那さんとの思い出をブログに書くことができたのだろうか。


『ですが、私の住む北ノ町に失った記憶を取り戻してくれる青年がいました。彼との約束で詳しくは書けませんが〈記憶屋〉と呼ばれる店を営んでいます。もし私と同じ症状の方が居たら探してみるのもいいかもしれません』


「・・・私の住んでる町だ」 


どんな奇跡か分からないが北ノ町は私の住む町だ。記憶を戻してくれるなんて胡散臭い話だが私の症状はブログの女性とも酷似している。病院でも原因が分からないと書かれているし・・・


「探すだけ探してみよう」



私は翌日から〈記憶屋〉を探すことにした。

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想起の天使 北野滝 @ukitakechiguko

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