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「ふわぁ………。」
旅行用のスーツケースを外に運び出し、後から荷物を運び出している俺を待つ朱莉は、大きな口を開けて、欠伸をした。
「どうした。眠そうだな。」
「実は……楽しみで寝れなくて。」
言葉は途切れ途切れで、眠気と闘いながらの会話であることが見て取れる。……俺はすぐ寝たが、別に楽しみじゃないというわけではない。
「おい荷物を持って立ったまま寝ようとするな。もう出発するんだぞ。」
「それくらい眠いんですよ……。」
「全く、だから早く寝ろと言ったのに。」
「仕方ないんですけど……眠いものは眠いんです。何かしてないと寝そうです、私。」
「そうだな……何か……。……じゃあ飲み物と朝食買いに行くぞ。歩けば少しは眠気も飛ぶだろ?行くぞ。」
俺は家の鍵を閉めたかどうか、一度ドアを引っ張って開かない事を確認してから、スーツケースを引っ張ってエレベーターへ歩き出す。
「そうですねぇ……ふわぁ。ありがとうございます。」
俺はうつらうつらとしている彼女と共に、コンビニへ入る。
「何か飲みたいものとかあるか?」
「ん……お茶がいいです。お茶ならなんでも。」
「了解した。これでいいよな?」
俺は冷たい緑茶を彼女に見せて、これでいいのかと聞く。彼女は頷いて、
「はい。ありがとうございます。」
と言った。
「ああ、それと。パンか何か選ぶぞ。朝食はそれで済ます。それでいいよな?そのかわり昼は向こうで選んでくれていいから。」
「分かりました。その……別にパンじゃなくてもいいのでしょうか。」
「箱根までの特急に乗るまで、移動時間も1時間半から2時間はあるが、それまで何も食べないでいられるのなら、なんでもいい。無理ならサンドイッチとかおにぎりとかがいいと思うぞ。あんまりゆっくりしていられるわけじゃないからな。」
「特急の中って駅弁とかあったりします?」
「ああ、それは事前に調べたんだが、俺たちが乗る駅には駅弁とか売ってる店はあった。ちなみに、車内販売についてだが、今はないらしい。」
「じゃあそこまで早く行かないとお弁当買えないってことですか!?」
突然大声を上げる朱莉。本当に食が関わると目の色が変わるな、と心の中で思った。眠気はどこにいったのだろうか……?
「じゃあ、駅弁買うとして。パンは買わなくていいか?」
「はい。駅弁まで我慢します。あ、えと……お茶のお金は……。」
「ああ、そういえば。もう何ヶ月も一緒に生活してる中で言い忘れていたんだが、朱莉の御両親から叔父上が金を受け取っているそうだから、金は気にするなとのことだ。」
まあ、いつもあれだけ料理を食べていて今日だけお金を気にするというのも、変な話だが。
「じゃあ、買ってくるから外で待っててくれ。」
「あ、じゃあこっちの荷物もらいますね。」
彼女は俺のひいているスーツケースを受け取ろうと手を伸ばす。
「ん?ああ、ありがとう。」
持ち手を朱莉の方へ向け、彼女が取っ手を取りやすいようにする。
「じゃ、外にいますので。何かあったら呼びます。」
多分朝5時半にナンパなんてする奴はいないと思った俺は朱莉を外に行かせ、レジで会計を済ませたのだった。
「ふぅ。お弁当、買えましたね。」
「あってよかったな、それ。」
朱莉は駅に着き特急券と乗車券を渡すや否や素早く改札を抜けて行き、追いつく頃には弁当選びを始めており、シュウマイ弁当が二つカゴに入れられていた。
「これは美味しいやつだ、と思ったので。あとは、あんまりシュウマイ食べてなかったからというのもありますね。」
「すまんな。実を言うと、中華はあまり分からないんだ。食べたければリクエストしてくれても良いんだが、多分待ちきれないと思う。そもそも作ったことがないからな。」
「……確かに、冬樹くんの作る中華料理は食べたことないかもしれません。」
「別に、言ってくれれば作るが、期待はするなよ。……そうだな、もう買うものもないだろうし、電車に乗ろうか?」
「はい、そうしましょう。えーと……何号車なんですか?」
俺は特急券を取り出して、座席を確認する。
「……3号車だな。」
「前の方ですね。行きましょう!」
楽しみにしているのか、彼女はニコニコで俺の腕を引っ張り、3号車のドアを目指して歩くのだった。
「冬樹くん、席はどっちがいいですか?」
「朱莉が好きなほうを選べばいい。俺は通路側でいい。」
「窓側でいいんですか?やったぁ!」
そんなに喜ぶことなのかは俺には分からないことだが、彼女が喜んでいるのでまあいいだろう。彼女を奥の窓側に座らせ、俺は後から座る。
荷物を座席の下に置いて、出発を待つ。
「あ、出発ですね!」
「走り出したみたいだな。」
列車はゆっくりと駅を出て行き、スピードを上げていく。アナウンスで、箱根行きであることが告げられると、その後はすぐに静かになった。
「そろそろ食べるか。」
シュウマイ弁当を袋から取り出し、朱莉に手渡す。
「おいしいです!久しぶりの中華です!」
「ああ。美味しいな。」
「あ、えと……冬樹くんのも美味しいですよ……?」
「いや、俺如きが売り物に叶うとは思ってないからフォローはいらないぞ。それと……量が多そうだから、俺のも食べてくれるか?」
「いいのですか?」
「朱莉が嫌ならいいんだが、食べてくれると言うなら是非。少し多いように感じたからな。」
別にそんなことはない。食べ切れるのだが、彼女がお腹を空かせないか心配なのだ。
「冬樹くん……ごめんなさい。その……向こうで食べ歩きとかしたいので食べられません。食べられないならもらいますけど。」
「……大丈夫だ。それならいい。」
そう俺が言うと、彼女は窓の外の景色を見始める。俺はそんな彼女を傍目に、まだまだ残っている弁当と格闘を繰り広げたのだった。
「ふぅ……。」
やっとのことで食べ終わった頃には、走行開始から20分が経過していた。
ふと静かだった朱莉の方に目をやると、外を見て固まっていた……いや、これは寝ているんだろうか。
「朱莉……?」
呼んでみても反応がないところを鑑みるに、本当に寝ていると見て間違いはないようだ。
俺は彼女を窓から離して、背もたれに寝かせる。
「………」
目を閉じたまま動かない朱莉。静かに寝息をたてて眠っていた。
近くでよく見ることなどほぼない朱莉の顔がすぐ近くにある。無愛想にしている俺に向けて、笑いかけてくれる彼女の顔だ。
いつか、隣を堂々と歩ける日が来るのだろうか。彼女の友として、はたまた、別の存在として。
俺は外を見ながらそんな事を考えて、どうせ降りるのは終点だからと瞳を閉じた。
—————後書き—————
このお話に出てくる特急はアレです。青とか白とか赤とか茶色とかいっぱい色のあるあの特急のことです。
どうも、仕事にせっかく復帰したのに、職場で感染者続出による在宅ワークの連続となっていた、しろいろ。です。感染者が多数発生したということで在宅ワークをしていたわけですが、実を言うと木曜日に謹慎自体は解除されておりました。多くの感染者が発生したために、僕も熱が出るか心配だったのですが、そんなことはなく元気にしておりました。まあ、それゆえの在宅ワークだったわけですが。では、謹慎中も元気いっぱいだったしろいろ。でした。
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