第56話 「ずっと好きでした」

「手を、繋ぎませんか?」



 今日のために作った薔薇園でエスコートしながらそう言った私に、アマリアがもう繋いでいるのではとでも言いたげな顔をした。



「これはマナーであって、繋いでいるとは言えませんよ。繋ぐ、というのはこうやってお互いに手を握ることです」

「ちょっ、ここは外ですよ!」

「ここは屋敷内ですので、ご心配なく」



 からめるようにアマリアの手を握れば、彼女は頬を赤らめてうろたえた。その姿につい口元が緩んでしまう。

 表情を作るのは得意なはずなのに、アマリア相手だとどうも上手く取り繕えない。あんまり無様な姿はさらしたくないが、こういうやり取りは嫌いではない。


 ずいぶんと距離が縮まったと思う。

 敬語が崩れてきたことも、触れても嫌がらないのも、アマリアがそれだけ私に心を許してくれたからだろう。


 心底嬉しい進歩だが、そうなるともっと彼女の近くに居たいという欲望が出てくる。



「あっ、き、綺麗な薔薇ですよ!ほら、そちらに」



 居たたまれなくなった彼女は私の視線から逃れるように薔薇を指した。

 あからさまな話題そらしだが、それに乗って目線を合わせるようにアマリアに近づく。薔薇でもかき消せなかった彼女の甘い香りに意識を奪われそうになる。



「ああ、その薔薇は今日のために厳選したものですね。気に入っていただけました?」

「今日のため……って、近い!?です!」



 どうやら本当に薔薇に見惚れていたアマリアは気づいた瞬間、後ろの薔薇に負けないほど顔を赤くした。



「薔薇!薔薇を見てください!」

「分かりました。分かりましたから、そんなに押さないでください」



 これ以上からかうと本当に怒られそうなので、素直にアマリアに押されるがまま移動する。

 前が見えていないアマリアにバレないように、こっそり薔薇園の奥に進んでいく。そこにあるテーブルに、あふれるほどの大きな薔薇の花束がある。



「そうそう、アマリアに贈りたいものがあるんです」

「送りたいもの……ですか?」

「ええ、今日は大切な人に気持ちを伝える日らしいので。ここに咲いている最も美しい薔薇を九十九本集めました」

「九十九本も!?本当にいただいていいんですか?」



 突然アマリアは驚いたようだが、その目は薔薇に釘付けだ。花が好きだという話は本当らしい。



「それにしても九十九本って、不思議な数ですね。あっ、少ないとかそう意味ではありませんよ!」

「ふふ、分かっていますよ。これは庭師から聞いたのですが、薔薇を送るとき、本数によって意味があるそうなんです。面白いでしょう?」

「そうなんですか……では、九十九本にはどんな意味が?」

「ふふ、忘れてしまいました」

「絶対に噓ですよね。ルイがそういう顔をするときはだいたい良くないことを考えているんですよ。もう、直接庭師のかたに聞いてきます!」



 少し眉間にしわを寄せたアマリアは、それでも大切そうに花束を抱えて歩き出した。




 その少し後、顔を薔薇のようにした彼女が再び私のところにやってくるのはまた別の話だ。



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