第54話「まあ、お前さんが幸せなら何でもいいんだがな」上
執事に案内されるままに執務室に足を踏み入れる。
そんな儂の姿をちらりと確認した部屋の主は、再び書類に目を落とした。失礼とも言われかねない行動だが、心を許しているからこそのものだと分かっている。きちんと場をわきまえているので、こちらから咎めることはない。
いつもであれば、息子のように思っている存在の仕事姿を適度に眺めたら帰るのだが、今日はきちんとした用件があった。
「時にルイ坊よ」
「おや、バラン閣下ではありませんか。いかがなされましたか?」
社交界で女嫌いと言われているイルヴィスは、書類から目を離すことなく儂の用件を尋ねた。
仕事が早いイルヴィスが必死に仕事をやっている姿は稀で、それほどに明日の時間が大切なのだと分かる。ふむ、やはり情報は本当だったか。
「なに。昨日お前が、酔ったご令嬢を屋敷に送り届けたと聞いたんでな。あれほど初恋の令嬢に執着していたやつが、いったいどんな心境だったのか気になってな」
ガンッ!
「いっ」
そう言い終わらないうちに、弾かれたように身を浮かせかけたイルヴィスの膝がテーブルに打ち付けられた。衝撃で書類が何枚かテーブルから落ち、本人は俯いて静かに痛みに耐えている。
ふん、足が長いからそうなるのだ。
「ハハハハハ!いやあ、これはいいもんが見れたわい。どこの令嬢だか知らないが、感謝せねばのう」
「バラン閣下は相変わらずずいぶんと耳が早いことで……。まさか、今日はそれだけのためにいらしたのですか」
「いやなに、未来の娘のことを聞いておこうと思ってな。お前さん、そういう話ができる友達がおらんのだろう?」
そして儂は、イルヴィスが本気だと確信した。昨日話を聞いたときは変に騙されていないかと様子を見に来たのだが、どうやらいらぬ心配だったらしい。
もっとも相手がお遊びだったとして、珍しく顔を上気させた息子から逃げることは難しいだろうが。
「悪趣味な方ですね……!それに、私にも話を聞いてくれる友人の一人や二人はいますよ。……いえ、そうではなく」
「ああ、その令嬢の事を聞きたいのは本心だ。お前、小さい頃からずっとアマリアアマリアばっかり言っておっただろう。しかもどんな美人と名高い令嬢でも見向きもしなかったのに、突然噂を聞いた儂の身にもなってみろ。腰が抜けるかと思ったぞ」
「そうですか。でしたら今日は屋敷で横になっていた方がよろしいのでは?今すぐに馬車の手配はできますよ」
「話してくれるまで儂は帰らんぞ」
「仮にもかつて近衛騎士長だった人がなんて粘り方するんですか」
そういったイルヴィスは儂に帰る気がないと察すると、大きなため息を吐いて対面の椅子に腰掛けた。
女を見る目を信じないわけではないが、こやつは恋愛面においてはすこしアレだからな……。問題がなければアドバイスでもしてやろう。
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