番外編

第53話「素直に言えばいいのに」

「お嬢様、起きてください」

「…………婚約パーティの疲れがまだ残っているの……」

「お嬢様、それは一ヶ月も前の話です。それに、今日はお出かけになるのですよね?」

「……う……」



 ベッドから出たくない一心でひねり出した言い訳は、容赦のないミラによってあっさり切り捨てられる。

 渋々身体を起こして、待機していたメイドたちに身支度を整えてもらう。


 この頃になって、私はやっと今日はデイバット伯爵夫人のお茶会に招待されていた事を思い出した。


 イルヴィスと婚約してから、こういう招待は一気に増えたような気がする。もちろん全てに出席する必要はないのだが、何となく断りづらくて…………今のところ可能な限り出席してしまっている。



「今日はいつもより気合い入っているのね?」

「はいっ、今日は特別・・ですから!」

「……確か普通のお茶会だったわね?」



 いつもより丁寧に施された化粧を不思議に思って聞いてみるも、とてもいい笑顔を浮かべたエマは特に答えてはくれなかった。


 気になりはするものの、時間は待ってくれない。エマの笑顔を信じて食堂に向かうと、今日も変わらずいい香りが肺を満たす。



「おはよう、アメリー」

「おはようございます」



 頭を溶かす甘い声に柔らかい笑顔。どうやら今日のイルヴィスは機嫌がいいようだ。



「何かいい事でもありましたか?」

「ええ、久しぶりにアメリーと出かけられますので」

「あ……今日はお茶会に招待されているんです。その、」

「ああ、デイバット伯爵夫人のでしたよね?それなら気にしないでください」



 最近はお互いに忙しかったから、きっとイルヴィスは忘れていたのだろう。楽しみにしてくれていたのに申し訳ない。

 しかしすぐに思い出してくれたようで、軽い調子で笑ってくれた。しかし、次いで飛び出してきたイルヴィスの言葉に、私は驚き固まってしまう。



「夫人には不参加で返事を出してあるから」

「……はい?」

「だから、今日は私と久しぶりにデートできますね」



 いやいやいや。それでなるほど分かったとはならないよ。何で不参加でお返事出したのですか。私、ちゃんと参加って出したと思うのですが。



「今日まで黙っていてすみませんでした」

「別に言ってくれたっていいじゃないですか」

「だって、そうするとアメリーはまた別の予定を入れるでしょう?」



 そう言ったイルヴィスの声が少し拗ねているように聞こえて、思わず顔を上げてしまう。



「最近、積極的に招待に応じているじゃないですか。アメリーが頑張っているのは分かっていますが、同じ屋敷にいるのにろくに顔も見れないんですよ」

「そ、それは……」

「そういうことですので、今日は私と付き合って貰いますよ」



 拗ねた顔のイルヴィスはおらず、彼はむしろ優しい微笑みを浮かべていた。その瞳には嬉しさが滲んでおり、これは断られる可能性を考えてないなと苦笑いをする。


 まあ、勝手に不参加の返事を出されたというのに、その行動理由で許してしまう私だ。断るはずもない。



 今朝のミラとエマの態度に今更納得するが、これはあの二人も私に黙っていたな。

 全く主人想いのメイドである。


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