第50話feat.イルヴィス・ランベルト【下】
彼女の名前はアマリアで、ローズベリー伯爵家の長女だ。
毎日でも彼女と会いたかったが、まだお互いの家を行き来するほどの仲ではないと自覚している。だから、彼女が居そうなパーティを見つけては片っ端から参加したのだが。
久しぶりに囲まれてしまった。
最近ではうまい具合に切り抜けられるようになったが、この日珍しく参加していたアマリアがホールから出ていくのが見えたのだ。
ついその後を追いかけてしまい、それをチャンスと見た令嬢たちがここぞとばかりに集まってきた。その中には、いつかのお茶会で私に詰め寄ってきた令嬢もいて、少し気が遠くなる。
「こんなところにお一人ではお寂しいでしょう?わたくしとお話しましょう!」
「いいえ、私とダンスを踊りましょう!」
「あら、イリーナ嬢はダンスが苦手だとおっしゃっていたのではありませんか。イルヴィス様に恥をかかせるつもりでして?」
令嬢に触れられるたびに悪寒が走る。やめてください、私に触らないで。
だが、私は弱みを見せるわけにはいかない。ランベルトの名を守らなければ。
ぎゅっと手を握りしめたその時、他の令嬢と違って柔らかく落ち着いた声が聞こえた。
「みなさん、もしかして迷ってしまいましたか?侯爵家は広いですからね。よろしければホールまでお連れしますよ?」
毎度助けて貰ってなんだが、彼女のレパートリーには"迷子"しかないのだろうか。でも、アマリアの声にこわばっていた体から力が抜けていくのも事実で。
「な、なによ貴女!失礼ね!」
「ご、ごめんなさい!先ほど王太子殿下がいらしたので、みんな慌ただし、」
「殿下が!?そういうことは早くいいなさい!」
アマリアが言い終わるのを待たずに、令嬢たちは急ぎ足で去っていく。彼女たちの姿が見えなくなると、アマリアはほっとしたように息をついた。
彼女も怖かっただろうに、きっと勇気を出してくれたんだ。私を助けるために。嬉しいのに自分がとても情けなく感じた。
私があの令嬢たちのせいで落ち込んだと勘違いしたアマリアは、一生懸命話しかけてくれた。その姿がおかしくて、でも、その笑顔を守れるようになりたかった。
ああ、私は、彼女が好きなんだ。
ちなみに、私の変化に気付いた親族たちには洗いざらい吐かされた。大分からかわれてしまったが、今思えば彼らも心配したのだろう。
。。。
あれからも何度かアマリアに会え、少しずつ仲良くなっていた。
彼女のことを知っていくたびに、好きなところが増えていく。誕生日パーティにも招待されたときには、招待状を抱えて眠ってしまった。
パーティでいつになく可愛いアマリアをじっと見つめていたら、またしても令嬢たちに囲まれてしまった。
どうやら私はアマリアがいると周りが見えなくなるらしい。最近ではしっかりガードできているんですよ。本当ですよ。
今回もアマリアが助けに入ってくれた。
私にすり寄っていた令嬢たちは、アマリアの顔を見ると慌ててどこかへいった。知らない間に彼女が強くなっていて、思わず見つめてしまった。
でも、いつもの迷子ヘルプが見られなくて少しだけ残念だった。
アマリアも、今日で十になった。私とは五つしか違わないし、伯爵と公爵なら十分に釣り合う。
……私の婚約者に、なってくれないでしょうか。
公爵家からの書状ではアマリアが断れなくなってしまうから、その前に会ってお話をしよう。
。。。
屋敷に招待したいという簡単な内容の手紙は何回も書き直され、最終的には付き合いきれなくなった叔父によって勝手に出されてしまった。
断られたらどうしようと不安だったが、無事アマリアを公爵家に招待することができた。公爵家に彼女が居るだけで、屋敷がいつもより華やいで見える。
しかし、かつてないほどに浮かれていた私の気持ちは、彼女の話で一瞬で叩き落とされた。
「私にね、婚約者ができたのよ!」
それから、彼女の話は一つも頭に入って来なかった。幸い、話に夢中だったアマリアは気づいていなかったが、私の顔はとても強ばっていただろう。
別に寒くないのに、指先から温度がなくなっていく。心臓の音がやけにうるさくて、今にも叫び出してしまいたかった。
彼女の気持ちなんて無視して、勝手に婚約を決めてしまえば良かったのか?
まだ遅くない。今からでも相手に圧をかけてーーーー
でも、目の前で幸せそうに笑っている彼女を見てしまえば、何もできなかった。
気を抜けば涙が出そうになるのをぐっと堪えて、帰ろうとしたアマリアの腕を掴む。たとえ彼女と結ばれなくても、今までしてくれた分は返したい。
「辛いことがあったら、いつでも言ってください。今度こそ、私が力になって見せます!」
ほら、やっぱり期待なんて、するべきじゃなかったんです。
。。。
いろんな感情が混ざって何とも言えない顔をしているアメリーを眺めながら、バレないように小さく笑った。
結局、幼い私は恋心を捨てることができなかった。
なんなら一生抱えて生きていく覚悟もできそうなころ、私は再び彼女に出会えた。
まったく信じていなかった"運命"という言葉が思い浮かんだが、女難の方が勝ってしまったのか、アメリーは私のことをすっかり忘れていた。
その日から、何度も思う。早く私のモノになればいい、と。
私なら彼女をあんなに悲しませたりしないし、欲しいものだって出来る限り揃える。危ない目にだって合わせないし、たくさん甘やかしてやりたい。
私のことで百面相をしているアメリーに、愛おしさが込み上げてくる。
「私と、結婚してください」
あの時言えなかった言葉が、するりと口をついて出た。
思った以上に甘い声が出たなと自分でも思う声色だったが、耳まで真っ赤にした彼女を見るとどうでもよくなった。
意識してくれている。その事実が嬉しくて、思わず手に力が入る。
うるさい心臓の音も、熱くなっていく頬も、全てがアメリーが好きだと叫んでいた。抱え続ていたものは、こんなにも厄介なものになっている。
アメリーは婚約パーティまでしておいて今さら?とでも言いたげな顔をしていたが、その潤んでいる瞳は彼女の本心をよく表していた。
今度こそ、期待してもいいのでしょうか。
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