第49話feat.イルヴィス・ランベルト【上】
私は、おそらく生まれたその瞬間から"女難"というものがあったのだと思う。
女好きのする容姿に、ランベルト公爵家の嫡男という地位。それに加えて、与えられた課題は何でもそつなくこなせるだけの要領の良さもあったと思う。
だが、そんな私でも"勝ち組"であるとは言い難かった。
もちろん個人の能力だけを見れば、私は限りなく恵まれていると言えるだろう。しかしそれは、
。。。
始まりは、私が生まれたときの事だった。
それまで病気知らずの母が、産後の肥立ちが悪かった。結局母が回復することはなく、私が一歳になるのを待たずに亡くなってしまった。
物心がつく年齢になると、母がいない私を勝手に憐れんだメイドたちがやたらと構ってくるようになった。最初こそは、それが純粋な心配からきている行動だと思っていた。
父は私を愛していたが、それでも公爵というのは忙しいものである。あの頃の私はまだ子供らしく、母が恋しかった。だから、メイドたちのことは決して邪険にしなかったし、むしろありがたかった。
しかしそんな夢想も、一番仲の良かったメイドの夜這い未遂で粉々に砕け散った。そのメイドは十二になったばかりで、当時六歳の私と一番近かったこともあってよく彼女と話をしていた。それが、夢見る少女に勘違いさせてしまったのだと思う。
突然のことで頭が真っ白になっていた私は、異変に感づいた乳母によって難を逃れた。
だが、その事件からメイドたちの態度が変わり、みんなが何かを期待するような目を私に向けてくるようになった。そこで初めて、私は彼女たちがイルヴィス・ランベルトを見ていたのだと気付いたのだ。
どうにか自力でメイドたちをあしらえるようになったころ。
今度は、今までずっと私を守ってきた乳母の様子がおかしくなってしまった。
『どうして私の手から離れていくのですか!?坊ちゃまはずっと私に守られていればいいんですよ。そのきれいな髪も、氷のような瞳も、全部私のものです!私のものに、なりなさいッ!』
騒ぎを聞きつけた父によって乳母は捕らえられたが、私の中で何かがガラガラと崩れていく音がした。
乳母を本当の母だと思っていた私にとって、彼女の
。。。
父が亡くなった。
疲労と心労が祟ったらしい。
でも、私には悲しみに暮れる時間はなかった。公爵領を狙っているやつらに、隙を見せてはいけない。
信頼できる身内の助けもあって、なんとか無事に就任パーティを開くことができた。
私を舐めきった態度のやつらの相手をしていれば、疲れがたまっていく。なんとか隙を見て一息をつこうとしたところに、どこかの貴族が連れてきたメイドに物陰に連れ込まれてしまった。
思ったよりも疲れていた体では、ろくに抵抗ができない。本格的に身の危険を感じたとき、誰かがこちらに近づいてきた。
「おかあさまー!どこですかー?」
その声に、びくりと肩がはねたメイドはそそくさとどこかへ逃げていった。
子どもとはいえ、声の主は令嬢だ。また色目を向けられるのは嫌だったが、助けてもらった身としては、このまま迷子になったであろう令嬢を見て見ぬふりはできない。例えそれが本人が意図していないものだとしてもだ。
……別に、声の主が今にも泣きだしそうだったからではない。
「会場は向こうですよ」
「わっ!び、びっくりしました……」
それはこっちの台詞である。
初めて女性と普通にやりとりをして、令嬢は始終色目を使うことはなかった。
「みちをおしえていただき、ありがとうございました」
「いえ、こちらこそありがとうございました」
令嬢は不思議そうな顔をしたが、すぐに会場に向かっていった。
……彼女はきっと、迷子になって余裕がなかったんだ。だから、変な期待はするべきではない。
学習しない感情を忘れるように、私は早足で会場に戻った。
。。。
しまったと、誰もいない庭に心の中で舌打ちをする。
私に友人がいないことを心配され、渋々参加した茶会だが、案内された場所にはテーブルどころか
目の前の異常に着飾った令嬢を除いて。
予想通り婚約者にしてほしいと詰め寄ってきた令嬢を振り払うのは簡単だが、泣かれでもしたら面倒くさいことになる。しかし、この場を切り抜ける方法を考えなくてはならないのに、令嬢が襲ってきたメイドたちと重なって、上手く考えがまとまらない。
「二人とも迷子ですか?私と一緒に行きましょう!」
突然割り込んで来たのは、焼きたてのパンのようなふわふわな茶髪に、宝石のようなエメラルドグリーンをした令嬢だった。彼女があのパーティで迷子になった令嬢だと、すぐに気が付いた。
「何よ貴女!私の屋敷ですもの、知っているに決まっているわ!ふんっ、どいて!」
「……罪悪感があるならやらなければいいのに」
抜け駆けをしているのを咎められたと思ったのだろう。早足で逃げるように消えた令嬢が見えなくなると、彼女は小さくそう言った。
そんな反応を見たのは初めてで、心が浮き立つのを感じる。とっくに諦めていたはずなのに、今度こそという期待が顔を出す。
「ありがとうございます。おかげで助かりました」
「いいえ、私も以前助けていただいたので。迷子ではないようで残念です」
彼女が私のことを覚えていたことが嬉しくて顔が緩んでしまう。なんだかこのまま別れるのが惜しくなって、思わず引き留めてしまった。
「実は!この屋敷に来るのは初めてで!その、もしよければ会場まで連れて行っていただけませんか」
「もちろんです!」
彼女は嬉しそうに笑うと、私の手を引いて歩きだした。なんの下心もなく触れた手に、いつものように嫌悪感を感じることはなかった。
そっとその手を握り返せば、自分の手の震えが止まっていることに気が付いた。
まあ、その状態で会場に姿を現せば当然そこにいた令嬢たちは世の終わりのような顔をしていたが。
この日から、彼女は私にとって大切な存在になったのだ。
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