第34話.feat.イルヴィス・ランベルト

 雲ひとつない昼下がり。

 アマリアと"お話"をしながら、私は心安らかな時間を過ごしていた。


 アマリアが自力で思い出せるようにと約束した日から、もう一週間も経とうとしている。

 アマリアもここでの生活に慣れ始めたようで、使用人たちも彼女のことを気に入っている。

 もちろん、彼女が公爵家になじみ始めているのはいい事だ。


 しかし、だ。

 私は仕事や例の後処理に追われてなかなか時間が取れないというのに、先に距離を詰めすぎではないだろうか。確かに彼女が疎外感を感じてはいけないが、少しは遠慮してほしい。

 もしくは彼女にそれとなく私の話をしてほしい。



「私、そんなことを!?」



 顔色が良くなってきたアマリアが、信じられないような声を上げる。

 最近では表情も豊かになってきて、着実に仲良くなってきていると思う。


 だけど、アマリアが私のことを思い出す気配はまだない。

 たまにエピソードをぼんやりと覚えているようだが、それだけだった。


 まあ、アマリアと関わったのは、彼女があの男と婚約を結ぶ前後のわずかの期間だけ。その後のことを考えると、忘れられても仕方ないとは思う。


 そう頭では理解しているものの、心が納得できない。

 気長に待つとは言ったが、長年抱え続けてきた想いは思った以上に手強い。

 絶対に手に入らない状況でも捨てきれなかったのだ。半分手に入れたも同然の今、アマリアの存在を身近に感じる度にソレは暴れるのだ。



 しかし、急いては事を仕損じる。それは身をもって体験したばかりだ。


 最初は、彼女の妹をどうにかすればいいと考えていた。

 アマリアに婚約者がいると知った時から、現実を突きつけられるのが苦痛で、時おり遠目で眺めていただけだった。それで彼女があんなに傷つけられるまで気づかなかったわけだから、自分がとんでもない臆病者だと突きつけられて惨めだった。


 あの夜、私は彼女を守るために全力を尽くしたつもりだった。


 調べた限りでは浮気はもみ消されているようだった。だから、赤の他人であった私は、いくら公爵とはいえ他家の婚姻に口を出すのは難しかった。

 無理に踏み込めないこともなかったが、そうしてしまえばアマリアをさらに傷つけるため避けたかった。自分の社交界への影響は分かっていたつもりだし、女性がどれほど恐ろしいのかも知っているつもりだった。



 私は、浮かれていたのだろう。

 あの男はわざわざ婚約者の実の妹に手を出したのだから、恋心があると思い込んでいた。だから、挑発して言質を取って、水面下で解決するつもりだった。


 今なら、自分がどれほど浮かれて軽率だったか分かる。

 公爵という地位と自分を過信して、何より大切な彼女を危険な目に遭わせてしまった。彼女はむしろ自分でけりをつけられて良かったと言ってくれたが、私は私を許すことはないだろう。



 今度こそ、貴女を傷つけず、守れるように。


 伯爵夫妻と、あの男と彼女の妹には、それぞれ監視を付けた。

 伯爵は最初こそ不機嫌だったが、アフターケアに満足しているようで、最近では良く遊びに行っている。

 あの男はアマリアの妹をどうにかしようと努力しているようだが、聞き入れられそうもない。

 夫人はどうやら老後を心配して、私が握らせた金を着服したようだ。ここ最近神経質になって、引きこもりがちになっている。


 

(アマリアとの結婚を許したお礼に、しばらくは泳がせておきましょう)



 彼女をずっと苦しめてきたんだ。許してやるものか。

 気が緩んだところに、とどめを。

 彼女の妹は最近イライラしているようだから、近いうちに何かしてくるだろう。それに乗じて、アマリアの不安要素を消してしまおう。



「ーーという話です。どうでしょうか。私のこと、少し思い出していただけました?」



 別に、アマリアが昔を思い出さなくても構わない。

 彼女を好きになったのはあの時がきっかけだけど、今の彼女も愛している。


 でも、心とはままならないもので。

 恋だというには重すぎて、焦がれるだなんて生易しい。大事にしたい、守りたい。私とともに育ってしまったこの気持ちは、一緒に過ごした時間をすべて思い出して欲しいと、望んでしまうのだ。



「実は私、不思議とイルヴィス様とは初めまして、という気持ちになれないのです」

「____へえ?」



 つい、低い声が出てしまった。

 幸いにもアマリアは気にしていないようで、嬉しそうに話し出した。



「思い出す、とは違いますけど。でも、ぼんやりと『そんなことあった気がする』が良くあるんです」



 もしも彼女が思い出してくれたら、私ももっと昔を懐かしめるだろうか。

 初めて確かな手応えを感じて、自分の頬が緩むのを感じる。

 そんな情けない顔をアマリアに見せないように、私は慌てて別の話題を探した。


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