第27話
この部屋の扉は妹によって全開にされたままである。
ミラはわざわざ閉めていかなかったし、妹には扉を閉める理由がない。婚約者も扉を気にするほどの余裕がないなら、当然私が指摘するはずもない。
こんな状態で大きな声で話せば___吹き抜けになっている屋敷のエントランスに居たって聞こえていただろう。
その証拠に、複数の足音がまっすぐにこんな端っこにある客間に向かってきている。
「オリビアッ!貴女、良くもッ!」
「公爵様がいる前でなんてことを大声で……!恥を知れ!!」
最初に見えたのは、怒りで言葉が出ない母と、顔を真っ赤にしながら怒鳴る父だ。
それにかわいそうなほど震えた婚約者は、何が起こっているのか分かってない様子だった。それに対して妹は、逆の意味で何が起こっているのか理解していないようだ。
満面の笑みを浮かべたまま、自分の中で出来上がった物語を話し出した。
「お母さま、お父さま!ちょうどいいところに!あのねあのね、ウィリアム様がどぉしてもわたくしと結婚したいって申し上げてくださったの!」
「ぼ、僕はそんなこと一言も言っていない!」
「口を慎みなさい。言っていいことと悪いことがあります」
「しかも、わたくしとの関係の方が深いから、お姉さまとは婚約破棄したいんですって!」
「ち、違うんだ!」
「黙れと言っているんだ!!」
「きゃっ!」
「ひっ」
父に真正面から怒鳴られ、妹も婚約者もひるんだ。
(なにもそこまで言っていないわよ、私)
ただでさえ私がついた嘘は少し盛ってあるのに、妹はそれをさらに盛っている。
都合が良かったのでそのまま沈黙を貫くが、婚約者はすっかりパニックになっていた。
「ど、どうしてお怒りになるの!?わたくしなら伯爵家をもっとよくできますのに!お姉さまなんかよりずっと、ずうっとですわ!」
妹からすれば、両親はいつも婚約者の機嫌を取っているように見えたのだろう。だから婚約者が言ったことにすれば許可が出るとでも思ったのだ。
「はあ……今までお前を自由にしすぎたようだな。一体どう躾けたんだ!」
「あら。ろくに関わって来なかったくせに、わたくしのせいにするのね」
「ふん、誰もお前とは言っておらんだろう。なんだ、やましいことでもあるのか?」
「なんですって!?」
この場が伯爵家の人間だけなら、妹がここまで怒られることはなかった。もちろんそんな話は即却下されるだろうが、軽い注意で済むはずだ。
両親がここまで緊迫しているのは、ひとえにイルヴィスがこの屋敷にいるからである。
地位と金銭で黙らせることができない第三者で、この家の恥ずかしい内情を晒しあげられる者。
「ずいぶんと騒がしかったので様子を見に来たのですが……お取り込み中のようですね?」
だから。
もし隠蔽したければ、絶対にイルヴィスにこんな修羅場を見られてはいけないのだ。
「こ、公爵様!?応接室でお待ちになっているはずでは!?」
「ええ。ですが、伯爵たちが向かった方がずっと騒がしかったもので。メイドたちも血相を変えていたので、少し心配になって」
両親はぐっと黙り込んだ。
自覚はあったのだろう、二人は曖昧な笑みで誤魔化した。
「あ!公爵さ、」
「オリビア」
「ご、ごめんなさい……」
イルヴィスに声をかけようとした妹を、父は思いっきりにらんだ。母はそんな妹をイルヴィスの注意から逸らそうと背中に隠した。
まあ、妹はちらちらと顔を出しているので、あんまり意味はなさそうだが。
「はは、友人であるアマリアが最近落ち込んでいたようなので、何かあったのかと思ったのですが。私の早とちりだったようですね」
「ま、まあ!アマリアも果報者ですわ」
「はは、私めからも感謝を申し上げますぞ。ほら、アマリアも礼を述べろ!」
「お気遣いありがとうございます、イルヴィス様」
「いえいえ、感謝されるほどのことではありませんよ」
イルヴィスがこの話を終わらせると思ったのか、両親は分かりやすくへりくだった。
「ところで」
「ん?どうかされましたかな?」
「こちらに向かう際、オリビア嬢がとんでも無いことをおっしゃったように聞こえましたが……アマリアの友人として、その真偽が気になりますね」
教えていただけますね?とイルヴィスはそれまで浮かべていた微笑みを消し去った。
すると、機嫌を窺うような愛想笑いを浮かべていた両親の動きがぴたりと止まる。
それを合図に、私は一歩前に進み出た。
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