第26話
先に反応を示したのは婚約者の方だ。
私に手を伸ばしている姿勢のまま一歩も動かず、警戒心をあらわに扉の方をじっとにらんでいる。
「うふふ、嬉しいわ!やっぱりわたくしに会いに来てくださったのですね!」
空気をぶち破るように姿を現したのは、この上ないくらいにご機嫌な妹だった。
その後にミラの姿がちらりと見えたが、彼女は私の無事を確認するとすぐに駆け出した。
私の言いつけ通り、書斎の方に向かってくれたのだろう。
「あら、ウィリアム様……?」
「今は取り込み中なんだ。邪魔だから出て行ってくれないかな」
簡単に警戒を解いた婚約者は妹のつぶやきが聞こえていないようで、完全に自分に会いに来たと思い込んでいる。
妹がいきなり現れたのにまったく違和感を抱いていない。その様子だと、ここで
一刻でも早くこの部屋から出ていきたくなるのをぐっと我慢する。
そして私は、二人が勘違いしているところにつけこんで話題を変えた。
「ウィリアム様、このお話はオリビアもしっかり聞いておくべきです。確かに気まずいのかもしれませんが、何も追い出さなくてもよいではありませんか」
「い、いや……まずは僕たちで話し合った方が、」
「まあ!わたくしにお話できないことがあるんですの?」
婚約者は嫌がる素振りを見せたので、きっと断ろうとしたのだろう。しかし、先に妹にそれを遮られてしまった。
妹は何の話かすら分かっていないはずで、そもそもイルヴィスに会えると信じてここに来ている。それでも自分が除け者にされるのが気にいらない妹は、あっさり目の前の話題に食いついた。
もう当初の目的なんて頭から抜け落ちているだろう。
「ほら、オリビアもこう言っていますし」
「で、でも!」
「オリビアも当事者なのに、なぜそんなにも嫌がるのでしょう。……もしかして、他に後ろめたいことでも?」
「っ!……嫌だな。そんなこと、あるわけないだろう」
含みを持って問いかければ、婚約者は分かりやすく顔色を悪くした。
きっと私を襲うか何かして既成事実を作るつもりだったのだ。そうすれば私は結婚するしかないのだから。
ひとまず一番危惧していた要素が少し小さくなった。もちろんまだ気は抜けないが。
「お姉さまにはお話できるのに、どうしてわたくしに教えてくださらないのかしら!」
「ウィリアム様は貴女に気を遣ったのよ」
「ああ、きっとお姉さまにとって悪い話なのね?隠しても無駄ですわ!わたくしには分かるの!」
妹が程よく自分の世界に浸り出したのを確認し、その考えに合わせて表情を作る。
「やっぱり、やっぱり!隠し事なんてよくないわ!それがどんなにお姉さまにとって悪いことでも、わたくしはちゃんと聞いてあげますわ!」
「……実は、ウィリアム様が私との婚約を破棄して、貴女と結婚したいとおっしゃったの」
「まあ、まあ!そうなんですのね!でも、それは仕方ないことだから、お姉さまが落ち込む必要はありませんわ」
嬉しそうに頬を赤らめ、でもしっかりとその目は私を見下していた。
私の言葉を少しも疑うことなく、妹はあっさりと信じた。まるでそれが当然とでもいうかのように。
「はあ!?僕はそんなこと一言も、」
「私の強引でウィリアム様の話を聞かないところが嫌いなんですって」
否定する婚約者の声にかぶせるように、大きな声で話す。
婚約者いわく、私は強引で話を聞かない女らしいので、廊下まで聞こえるようにしないと。
「だから、一夜を共にしたオリビアのことが忘れられないって!」
「ふふ、今でも思い出せますわ!わたくしはあの日、この部屋でウィリアム様と熱い夜を共にしたもの!」
「オリビア、君は少し黙ってくれないか……!」
私につられて、妹の声も大きくなる。その甲高い声で告げられた内容に思わず顔をしかめてしまう。
間違ってもそんな声を大にして言っていいことじゃないし、誇らしそうにすべきでもない。
「まあ、そういうことだから、継承権を貴女に譲ろうと思うの」
「え、何を言っているんだ?継承権は僕のものだろう」
「きゃぁ、なんて素敵なの!お母さまとお父さまの説得は任せてくださいまし。きっときっと、わたくしが伯爵になって家をもっと素敵にしてみせるわ!」
妹の脳内ではさぞ素晴らしいお花畑な未来予想図が展開されているだろう。
うっとりと焦点が定まっていない妹の心は、完全に自分の世界に旅立っていたようだ。
「説得はたぶん必要ないと思うわ」
「やっぱり?わたくしの方がふさわしいものね!」
幸せに浸っている妹に、にっこりと笑ってみせる。
____ねえ。外の慌ただしさに、まだ気づかない?
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