第17話

「イルヴィス様!?どうしてここに?」



 いくら妹と婚約者に気を取られていたとはいえ、誰もイルヴィスの来訪に気付かないはずがない。

 それに、こっそり現れたにしては使用人たちがいつも通りすぎる。彼らは今も後ろで何食わぬ顔で仕事をこなしているのだが、いくらなんでも適応力が高すぎるのでは?



「これから頻繁に伺う予定なので、私のことは気にしないように言いつけたんですよ。ほら、毎回お出迎えするのは大変ですよね」

「そんな軽い感じで礼節をやめさせたんですか?」



 イルヴィスは少しも悪びれた様子もなく、にこりと笑った。

 わが家の使用人は両親に振り回され慣れているせいか、どんな状況にも素早く対応できる方だ。嫌な慣れ方ではあるが、こんなところで発揮してほしくはなかった。



「はは、まさか先客がいらっしゃるとは思わなかったんです。驚かせてしまいましたね」



 イルヴィスは私に優しく笑いかけると、またすぐにアルカイックスマイルを貼り付けて、呆然としている二人に口先だけの謝罪を述べた。

 それだけで、二人が息を飲んだのが分かる。まあ、妹はそんな作り笑顔にも恋する乙女のような表情を浮かべているが。



「本当に公爵さま!?今日もいらしてくださったんですね!」

「こ、公爵!?そんな方がなぜここに、あ、いや、お初に目にかかります、ウスター侯爵家三男のウィリアムと申します」



 声を裏返させて驚く婚約者は、慌ててしどろもどろに挨拶を返した。いくら侯爵家とはいえ、三男ともなれば公爵位を継いだイルヴィスとは天と地ほどの身分差がある。


 婚約者が社交界で高位貴族とまともに話したことがないのは分かっているつもりだが、それにしたって情けない姿だ。昨日はついイルヴィスと婚約者を比べてしまったが、こうしてみると比べようとする考え自体失礼だったなと反省する。



「公爵さま、今日は本当にお姉さまとお出かけになるつもりかしら?やっぱり、やっぱりわたくしにしておいた方が楽しめると思うの!」

「は、出かける?公爵様とアマリアが?……まさか」



 隙あらばイルヴィスにすり寄ろうとする妹の言葉を拾い、婚約者はいぶかしげに私とイルヴィスを交互に見た。

 婚約者は小心者のくせに、たまに怖いくらい大胆になる。たぶん、今自分が何をしているのか分かっていないのだろう。


 一刻も早くイルヴィスを二人から引き離すため、手触りのいいコートの袖を引っ張る。両親が寝ているうちにこの家から立ち去りたい。



「オリビア。貴女、昨日断られたばかりじゃない。何度も食い下がると必死に見えてみっともないわ」

「な、何を言っていらっしゃるの!?わたくしは公爵さまを可哀そうに思って、」



 妹の言葉を聞いていられなくて、それを遮るように話す。



「そんな格好で外出する貴女に憐れんでもらう謂れはありません」

「わたくしはお姉さまと違ってスタイルがいいのよ!公爵さまだって、わたくしのドレスの方がお好きよ!」

「すみません、私もそういうのは少し……。いえ、貴女がお好きなら私からは何も言うことはありません」

「ほら、公爵さまもこうおっしゃっているじゃない!」

「もしや私の言葉が伝わっていないのです……?」



 残念ながら気を遣って濁された貶しでは妹には伝わらない。妹は言われた言葉を文字通りに、かつ前向きにしか捉えられないからだ。

 初めてそんな生き物を相手にしたであろうイルヴィスは、宇宙の神秘を垣間見てしまった猫のような顔をした。



「あの……失礼ながら、アマリアとはどういう関係か伺ってもかまいませんか?」



 今まで押し黙っていた婚約者は、威嚇をするように口を開いた。それには妹も気になるようで、じっとイルヴィスを見つめていた。



「そうですね……」



 そんな罰してもいいほどの不躾な視線に晒されながら、イルヴィスはもったいぶるように言葉を切った。


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