第16話
小走りで駆け込んできた妹は、いつもに増して……こう、気合が入っていた。
ただでさえV字にざっくり空いた胸元と背中で上半身の布地が少ないのに、ぴったりとした白いドレスなせいで一瞬裸に見えてしまう。一体どこで仕立てたドレスなのだろう。
ここまでひどい格好をした妹は、さすがに私も初めてだった。イルヴィスが来る前にこの女を何とかして部屋に戻したい。
予想と違いすぎたその様子に警戒するも、妹は私を押しのけて婚約者に駆け寄った。意外なことに婚約者は嫌そうな顔をしたが、妹はそんなの気にも留めずにぐいぐいとその腕に胸を押し付けていた。
その様子だと婚約者の罵倒は聞こえなかったらしい。
「その……オリビア、少し離れてくれないか?ほら、アマリアもいるんだし」
「わたくしは悲しゅうございます!ウィリアムさまがこんなにもお姉さまに気を遣っているというのに、お姉さまは他の殿方に色目を使ったんです!」
「な、なんだと!?君はアマリアの様子が変だから僕に何とかして欲しいとしか言わなかったじゃないか!」
「だってだって、突然そんなことを言っても信じてくださらないと思ったんですもの!」
「君のことは信じるよ。だからアマリアも正直に答えてほしい。君は、一人でパーティーに行って何をしてきたんだい?」
妹を遠ざけようとしていた婚約者は、妹の話を聞いた途端に思い出したかのように怒り出した。ここぞとばかりに涙を浮かべた妹を抱きしめて、不信の眼差しを私に向けた。
なぜ浮気の被害者である私がこんな茶番に付き合わなければいけないのだろう。悲劇の主人公になりたいなら、私が見えないところで二人でやって欲しい。
(まあ、こんななんちゃって修羅場を見せたくないしね)
もうすでにイルヴィスにはとんでもないところしか見せていない気がするが、これ以上最低ラインを更新したくない。
それにこんなにいろいろ言われたのだから、一回はこいつらの鼻を明かさないと私の気が済まない。
「私を糾弾する前に、まずご自分の言動を振り返ってはいかがでしょう」
「な、何をいって……」
「浮気の件を差し置いても、ウィリアム様は昨日、またオリビアと一緒にいたのではありませんか。それも二人っきりで」
最後のは嘘だ。今さら二人がどういう風に何を話していたかは知りたくもないし、興味もない。
だが二人は私に強く言われたことがないので、揺さぶればボロを出すだろうと鎌をかけたのだ。すると案の定、気が弱い婚約者が先に口を滑らせた。
「ああいや、そっ、それは……そうだ、オリビアが内密に二人で話したいことがあるって言ったんだ!だから僕は何も悪くない!」
「ウィリアムさま!?」
あっさり売られた妹は、一瞬で涙を引っ込めて婚約者を凝視した。というか、本当に二人っきりで話したのか。まだそんなに時間は経っていないのに、浮気相手と、二人っきりで。ふーん。
「ちょっとしたジョークのつもりでしたが……本当に二人っきりだったとは。ああでも、お二人は私よりも親密な関係ですものね?私としたことが……気遣いが足りませんでした」
「違う、違うんだ!昨日は本当に何もなかったんだ!僕を信じてくれ!」
「
あからさまに胸を撫で下ろした婚約者は、嫌味を言われているのにも気付いていない様子だ。この様子ならしばらくは何も言ってこないだろう。
「それじゃあ、ウィリアム様の言うとおり、貴女が悪いということでよろしいですね?」
そういって笑顔を向ければ、妹はビクッと肩を震わせた。でも、すぐに憎々し気に私をにらみつけた。
「な、なんですの!?わたくし、何も間違ったことは言っていなくてよ!」
「へえ。なら、妹と寝た婚約者が私に気を遣っていると本気で思っているのね?私の妹はなんてお人がいいのかしら」
「当然ですわ!わたくし、お姉さまと違って優しいもの」
私は馬鹿だと
「はあ……そうそう、私が一人でパーティーに何をしていたかというお話でしたね」
この空間から一刻でも早く抜け出すため、私はさっさと話を切り上げることにした。お腹は空いているが、我慢できない程ではない。
「お話して差し上げる義務などありませんが、変に勘繰られるのも嫌ですしね。私は、」
「アマリア、こちらにいらしたんですね」
私の言葉を遮ったのは、心地よいテノールだった。
驚いて振り向けば、そこには完璧なアルカイックスマイルを貼り付けたイルヴィスの姿があった。
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