破邪の光 2
噴火口跡が近いせいか、木々が生い茂る山道は、徐々に殺風景な岩場へと変わって行く。
「山の地を掘る場所は、魔気も強まると言うが──なるほど、明るいのにどことなく嫌な気配を含んでいる感じはするな」
「ん? どうした」
「驃、傷は大丈夫なのか?」
思わず聞いたが、驃はさらりと「なんだ、そんなことか。見ての通り大したことねえよ」と返してきた。啼義は驚きを隠せない。
彼も全身の強打だけでなく、見えざる刃も受け、顔だけでなく上半身にも下半身にも、明らかに幾らかの切り傷を負っているが、そんなことは全く気にならないかのような足取りだ。先ほどの様子を見たら、かなりのダメージがあるはずで、それがこんな短時間で回復するわけもない。
<精神力がずば抜けてるんだ、きっと>
そう考えれば納得できなくもないが、自分だったら、どんなに念じても痛みには勝てないだろう。
「驃」
また名を呼ばれ、驃は「ん?」と首を傾げる。
「俺、あんたみたいに強くなりたい。これからも、ビシバシ鍛えてくれよな」
今まさに、自分の人生が続くかどうかの瀬戸際で、啼義は敢えて言いたくなった。明日が来ないかも知れないなんて、考えるのはよそう。ここまでついて来てくれた仲間のためにも、万が一は考えない。
驃が、白い歯を見せて笑った。屈強な男なのに、破顔すると無邪気な少年のようだ。
「言われなくても、お前はまだまだだ。これからもっと鍛えまくるから、覚悟しとけよ」
その少し先──
岩場の間にできた洞窟の中に、まさにダリュスカインの姿があった。
ここに辿り着いてからしばらくの間、身を横たえて動く気配も見せなかったが、やがて、久しぶりの目覚めのように、目を開けた。
<啼義──>
自分の意識ではどうにもならないところで見たのは、確かにあの青年の顔だった。
<やはり、生きていたんだな>
そんなことは分かっていた。そうしてやっと、啼義を消し去れる機会が訪れたというのに。
繰り広げられたのは、自分の意思ではなく、得体の知れない力によって引き起こされた戦いとなった。
<仕留められなかった>
今やこの身を潤し満たすのは、罪なき人々の魂を喰らうことだけだ。これが目指した先の成れの果てかと言われれば──たとえ愚かと承知でも、ここまで来た以上、何も得ることなく引き下がれるわけがない。
ほんの少し身体を動かしただけで広がる耐え難い痛みに、ダリュスカインは喘いだ。
引き下がれない。だがもう、苦しみや憎しみもとうに限界を越えて、何を掴んだら希望となるのかも分からない。どうしたら──
<楽になりたい>
ついにダリュスカインは、その思いに辿り着いた。
楽になりたい。ただ、楽に。
そうか──このまま肉体が果て行くに任せればいいのだ。
<もう──解放されるならば>
ところがその途端、あの頭を割るような痛みが襲ってきた。
「うわあ‥…ああっ!」
意識は急速に散り散りになり、そこに声ならぬ声が響く。
──まだだ。あいつを消し去るまで、この身体を止めることなど許さぬ。
全身の血が逆流しそうな熱がこみ上げる。それが一気に身体を駆け抜けると、傷の痛みは消えた。しかし、傷が治ったわけではない。いまだ、脇腹からも、落とされた右の肘付近からも、ぽたぽたと血が滴り落ちている。こんな状態で、この肉体は、よくもこと切れずにいるものだ。
ゆるゆると身を起こしたダリュカインに、声の主は優しく告げた。
──
解放される?
ダリュカインは、自らを嘲笑うかのように口元を歪めた。
<笑止な>
これは解放という名の、殺戮への
『その業が、お前さんを喰らわんことを祈るよ』
そう、これは業だ。
どこの者とも分からぬ自分を迎え、傍に置いてくれた
業に喰われ、魔物よりも醜い哀れな道を行くしか、残された道はないのだ。この肉体は、もはや自分のものなどではない。
本当の解放は──
閉じたダリュスカインの瞼の裏に、一人で寂しげに雪を眺めていた幼い啼義の後ろ姿の記憶が蘇った。
自分より遥かに小さな少年は、
<俺たちは、どこか似ていたんだな>
その時また精神が揺らぎ始め、彼は思わず、
<啼義よ、来い。そうして今度こそ──俺を消し去るがいい>
消し去ってくれ。
──やがて。
再び目を開けたダリュスカインの瞳からは光が消え、気配を捉えた顔は悦びに満ちていた。
来た。
噴火口跡の地中からは、わずかだが魔気が発生している。先ほどかなりの魔力を消耗したが、ここでならまだ申し分なく力を使えるだろう。
ダリュスカインは立ち上がり、肉体の損傷などまるでないかのように、悠然と洞窟の入り口へ踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます