解放 3
「全然わかんねぇ」
『そこそこ自由に同調できるようになるまで、一年ほどかかります』
ダリュスカインと再び相見えるまで、どう見てもそんな時間が稼げるとは思えない。竜の加護が操れない自分は、彼に何で対抗できるのだろうか。
<イルギネスたちを、絶対に道連れには出来ない>
彼らは、自分を一人で行かせたりしないだろう。ついて来てもらうのは心強いが、自分がこんな状態では、仲間の命も危険に晒しかねない。
<でも>
啼義はふと思い当たった。ダリュスカインの標的は自分だ。だったら、
それに──先ほど術を施されている間に脳裏に甦った懐かしい光景を、啼義は思い返した。
『私も、独りです』
あの時の、ダリュスカインの横顔。
打ち解けた仲ではなかったが、十年も一緒にいたのだ。どこかで、同じ思いも抱いていたはずだ。
<ダリュスカインと、話がしたい>
それも、一対一で、対等に。
追撃を受けた日に自分に向けられた殺意は、生半可なものではなかった。実際、あんな恐ろしい呪念をも埋めこんだほどだ。今も彼は、自分を消し去りたいと思っていることだろう。
ダリュスカインは、今、自分のように誰かと一緒にいるだろうか。
<あいつは、恐らく一人だ>
ならば、自分も一人で向かわなければ、対等とは言えないのではないか。なんとかそこで収まれば、イルギネスたちを危険に晒す確率も減らせる。
啼義はしばらく、天井を見上げて考えた。今、イルギネスと
<今しかない>
思いは、急に固まった。
啼義は起き上がり、紙がないかを探し、机の引き出しに見つけた用紙に、
抜け出すのは、拍子抜けするほど簡単だった。
外壁に面した門を前に、坂を上り切って振り返ると、街並みの向こうに海が見える。昨日、生まれて初めて見た遙かな海原の青は、今日も悠々とそこに広がっていた。
<イルギネス>
瞳にその色を宿した銀髪の青年の、優しい笑顔がよぎる。急に感情が
<大丈夫。また会える>
この町で出会ったみんなの顔を思い浮かべ、啼義は誓った。
<必ず帰ってくるんだ>
門を通り過ぎようとした時、守衛が驚いて啼義に声をかけた。
「今から外に出るのかい? もう数時間もしないうちに、日が暮れ始めるぞ」
「ちょっと急いでるんだ。大丈夫」
「そうか。気をつけてな」心配そうな顔で見送る守衛に軽く会釈をし、啼義は門の外へと、足を踏み出した。
野宿の仕方は、イルギネスとの旅である程度覚えている。一人でどこまで出来るのか不安がないわけではないが、出て来てしまった以上、なんとかするしかない。みんなが気づいて自分を探すのは、時間の問題だろう。追いつかれては元も子もない。日が落ちるまでに、できるだけ進みたかった。
ミルファの敷地を出てしばらく行くと、少しばかり鬱蒼とした山道になる。来る時はイルギネスと二人、昼間だったので特になんとも思わなかったが、わずかに影が長くなって明るさを落としてきた今、たった一人では少々不気味だ。他に同じ道を行く人影もない。
<まだ少し時間がある。日が暮れるまでに抜けちまおう>
足早に進み、あと少しで山道を抜けられると安堵した時、前方の茂みに、妙な動きを捉えた。
<何かいる>
啼義が立ち止まって様子を伺っていると、
思わず息を呑んだ啼義の前で、魔物の金の瞳が、辺りを確認するようにぐるりと彷徨い、ピタリと彼に照準を合わせた。
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