解放 1
午後になって薬草の購入や治癒の施術の客が引くと、アディーヌは身体を休ませながら、先ほどの魔の刻石を検証すると言って自室に籠った。
「ここを出て戻って来るまで、ちゃんとした手入れが出来てないからな。お前の剣も、一緒に見てもらうといい」
「お前、ナイフも得意だったよな」
剣の手入れを待っている間に、店内を眺めながら呟いたイルギネスの言葉に、驃が興味を示す。
「そうなのか?」
「うん。まあ。それほどでもないけど」剣の猛者の驃を前に、ちょっとだけ気が引けて啼義は謙遜した。ところが、イルギネスが楽しそうに付け加えてきた。
「こいつ、初めて会った時、怪我人のくせに俺の顔すれすれにナイフを投げてきたんだぜ」
「えっ?」
啼義は慌てた。
「違うよ! てか、違わねえけど、あれはたまたまその……」
自分を助けてくれた初対面の相手に、思えばなんとも無礼な話である。あまり知られていい話ではない。
「すれすれってのが、難易度高いよな。さすがに一瞬、血の気が引いたぞ」
おどけたイルギネスの隣で、驃が愉快そうに笑う。
「お前に血の気を引かせるなんて、大したもんだな」
<仲間の危機に"大したもん"って……そういうものなのか?>
二人の反応に啼義が若干の混乱をきたしていると、驃が店内を見渡し、「じゃあ、ナイフも持っていたらいい」と言うや否や、ナイフの並ぶ棚に向かった。
啼義は渋い顔で追いかけたが、目にしたナイフの種類の豊富さに目を奪われた。どれもキラキラと美しい光を放っている。
「お前の武器は、剣とナイフってところか」
「うん……そうなるのかな」
あらためて考えながら、啼義は思い出した。
「あのさ、俺の──竜の加護って力は、どうやって使うものなんだ?」
「え?」予期していなかった質問に、イルギネスと驃の声が重なった。
「自分じゃ全然、分からないんだよ。神殿の人間なら、知ってるんじゃないのか?」
聞かれた二人は顔を見合わせる。表情から察するに、彼らにはどうやら答えようがなさそうだ。イルギネスが口を開いた。
「そうだな。俺たちには分からんが、アディーヌ様はきっとご存じだ。帰ったら聞いてみよう」
アディーヌは、魔の刻石を朱色の布の上に丁重に置き、手をかざした。
今日はこれを取り出すのに、多大な魔力を使っている。あまり大きな魔力を用いることはできない。それでも少しはなにか感じ取れないかと試みたのだが。
<やっぱり、もう少し回復しないと無理ね>
不穏な魔気は感じるものの、そこから先の具体的な情報は得られなかった。
刻石のことはひとまず諦め、手を組んで思考を巡らす。心配ごとは、もう一つあった。
<啼義様はまだ、ご自身の力を全く使えないも同然のよう。まずはそこから、解きほぐしていかないと>
竜の加護は、その者の内に受け継がれているの力の波動と精神の同調で発動する。それには訓練が必要だ。しかも啼義の場合、ここに来るまでまともな指南のひとつも受けていない。
<それで、ダリュスカインを退けられるのかしら>
これまでの状況を見れば、相手はアディーヌも殆ど出会ったことのないレベルの魔術師であろうことが明白だ。イルギネスや驃を従えて対峙するとしても、到底、楽観視はできない。
<啼義様はディアード様の忘れ形見。なんとしても、神殿まで無事にお連れしなければ>
そう思う一方で、自分にはもう、以前のような魔力も体力もないことは、彼女自身がよく分かっている。自分がついて行ったところで、足手纏いになる可能性の方が高いくらいかも知れない。だとしたら──
脳裏に、リナの顔が浮かんだ。
<いいえ。あの子にはまだ無理だわ>
ここに来ていくらかしっかりしたとは言え、必ずしも安全だとは言えない場所に伴うには、さすがに心許ない。それに、大切に預かっている年頃の娘を、そんな危険な目に遭わせるわけにもいかない。
<やはり、啼義様の竜の加護を、少しでも使えるようにお導きするしかない>
それは間に合うだろうか。だが、迷っている暇はない。ここで、竜の加護の継承者を失うわけにはいかないのだから。
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