第一章 遥かな記憶
予兆 1
──竜は、その者が自分に気づいてくれるのを待ち続けていた。彼が早く自分の存在に気づき、正式な継承を成すことを。
秋の空気が、風に乗って、建物の中に薄く吹き込んでいる。
像は、この
赤ん坊だった啼義を、噴火直後の山の麓で拾ってから約十七年。その信仰はしっかりと彼の中にも根付いているはずだ。像の破壊とて、無論、故意ではなかった。他ならぬ啼義自身が、その瞬間ひどく驚いた様子で目を見開き、青ざめた顔で息を呑んだのを、靂はしっかりと見ていた。しかし。
<あの
啼義には、物心ついた頃から不思議な力があった。魔術の類の一種かとも思ったが、どうもその"気"とは違う。だが、時に炎や水、風などを自在に操る気配を見せるそれを、あるいは鍛錬することで、"役に立つよう"育てられないかと、靂は考えた。そうして重ねている鍛錬の最中に、起こった事件だった。
その時のことを、あらためて思い返す。
指先に意識を集中していた啼義が、火傷でもしたかのように手を引いたその時、光が生まれ稲妻が天へ放たれ──次の瞬間、耳をつん裂くような轟音が響き、岩の砕ける音が続いた。
思わず閉じた目を開いた靂が見たのは、前方、翼の左半分を失くした"淵黒の竜"の像だった。その足元には、砕け散った石の残骸。そこにいた者たちがざわめき始めた中、啼義は言葉を失って立ち尽くし、靂もまた唖然としていた。
「靂様!」
誰かが声を上げ、靂は我に帰った。
「──捕らえろ。牢へぶち込め」
かろうじてそれだけ言うと、ハッとしたように顔を上げた啼義の、黒い瞳と目が合った。だが、言葉はなかった。
「啼義様、失礼いたします」
両側から腕を取られ、啼義は抵抗することもなく、その場からあっさり連れ出された。彼自身も、予期せぬ事態に、思考が停止してしまっていたのかも知れない。
そして──
もう一昼夜、啼義を地下牢に放り込んだままだ。
外は冷たい雨が降っていた。先ほどまで聞こえていた雷鳴は、もう聞こえない。もうじき冬を迎えようとしている今、気温は日に日に下がり、夜は少し冷えるようになってきていた。
<ひとまず、顔を見に行くか>
靂は意を決すると、踵を返し、窓辺から離れた。そうだ。あれはきっと、ただの偶然に違いない。
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