オズに気に入られた少年と、危なくてがめつくて空腹で優しいお供達
蒼生ひろ
前編
むかしむかしある所に、フェリックスという一人の少年がいました。
フェリックス少年には、密かに想う相手がいました。同じ学校に通うドロシーという美しい少女です。
ある日少年は、勇気を出して少女に告白しました。
「すっすっすっ好っきです! 僕とつつつつつきあうてくだぁーさい!」
「ごめんなさい」
一瞬で大好きな少女に振られたフェリックス少年は泣きながら家に帰りました。
告白大失敗です。もう大好きな少女に会えません。それどころか友達にだって会いたくありません。あんな恥ずかしい告白シーンを見られたんですから、明日笑われるに決まってます。
フェリックス少年の気持ちを表すかのように、風が吹き荒れ嵐が巻き起こります。
もう学校になんて行けない、いえ家にいるのだって嫌です。だって友達が笑いにくるかもしれないじゃないですか。
「そうだ家出しよう」
精神的にずたぼろになったフェリックス少年は、そう思い立ち家を出ました。仲良しの仔犬のトトをしっかりと抱き締めて。
さて、大事なことなのでもう一度言いますが、外は風が吹き荒れ嵐が巻き起こっています。
そんな外へうっかり出てしまった迂闊なフェリックス少年は、トトと一緒にびょうと吹き荒れる風に高々と飛ばされ、木の葉のようにくるくると舞い上がってしまいました。さあ大変。一体フェリックス少年はどうなってしまうのでしょう!
次にフェリックス少年が目を覚ましたら、そこは見知らぬ場所でした。幸運にもフェリックス少年は無事だったのです。
起き上がった少年は目を見張りました。さやさやと揺れる緑色の草、きらきらと光る木漏れ日。しかしフェリックス少年を驚かせたのは、目前に広がる豊かな大地ではありませんでした。
少年の周囲を、見たことのない小人達がくるくると踊っていたのです。
♪よーほーよーほー。我らは楽しく歌い踊る。
♪オズの国は楽園さ。
♪南で亀が水甕こぼせば
♪大蛇が頭を飲み込み暴れ
♪眠り猫が目を覚ます。
♪よーほーよーほー。オズの国は楽園さ。
♪よーほーよーほー。魔法使いの遊び場さ。
さてフェリックス少年は知りませんが、彼が訪れたそこはオズという偉大な魔法使いが治める国でした。オズは部下の魔法使いに囲まれ何不自由なく暮らしていましたが、代わり映えのない毎日にとても退屈していましたので、少年がやってきたことに気付くとエメラルドグリーンの目をきらきらと輝かせました。
「おやまあ、何て可愛いらしい少年だろう! 一目会ってお話したいわ」
実態はともかくとして、オズの外見年齢はお年頃の可愛い少女でしたので、オズは乙女らしい恥じらいをもって部下の魔法使いにこう命じたのです。
「あの人の好みのお菓子とお茶の銘柄、そして好みの女性のタイプを聞いてきなさい!」
「承知したよオズ様!」
背中に翼、左手に甕を持った魔法使いは、元気よくオズの元を飛び立ちました。
翼を持った魔法使いはフェリックスを見付けると目の前に降り立ちました。
「やあこんにちは! 可愛いワンちゃんを連れているね。僕は可愛いものが大好きさ! ちなみに君は可愛い少女の見た目をした熟女は好きかい?」
「いえ全く」
翼を持つ魔法使いの失敗を知ったオズは怒り狂いました。女性の繊細な話題をあっさり口にした上に失敗したのですから当然ですね。オズは二人目の魔法使いにこう命じました。
「役立たずの魔法使いを処分しておしまい! そしてあの人をわたしの元に連れてくるの。無理矢理じゃなくあくまでも自然にね」
「畏まりましたオズ様」
かなり無茶な命令を受けたのは、亀の甲羅のようなショルダーガードとヘルムを身に纏った美しい女魔法使いでした。
彼女はまず無礼無思慮な魔法使いをバラバラにして海に流してしまいました。そして普通の少女のふりをしてフェリックス少年に出会うとこう言いました。
「もしも貴方に願いがあるなら、この黄色のレンガ道を辿ってオズという偉大な魔法使いに会いに行きなさい。きっと願いを聞いてくれます」
「そうすれば可愛い君が僕のものになりますか!?」
「え。無理」
魔法使いの姿は、フェリックス少年の好みどんぴしゃだったのですが、またもやあっさり振られてしまいました。でもフェリックス少年はめげません。彼の攻勢に困ってしまった魔法使いは、とうとうオズの元へ少年を連れていくことを諦め逃げ出しました。
さあ怒ったのはオズです。自分のものにしたいと思った少年が、自分の部下に一目惚れしたのですから面白い訳がありません。
オズは女魔法使いを北の極寒の地に追放しました。殺さなかったのはひとえに、彼女が少年をレンガ道まで誘導できたからです。余計なことも言ってないですしね!
一方、好みの少女に逃げられたフェリックス少年は、自分の家に帰りたくなってきました。ここでは自分を笑う友達はいませんが、口喧嘩できる友達もいません。少年は淋しくなってきたのです。
オズに家へ帰してもらおうと考えた少年は、トトをぎゅっと抱き締めると黄色のレンガ道をてくてく歩き始めました。そこで少年は素晴らしい仲間に出逢ったのです。
「フェリックスさんフェリックスさん、お腰に付けた物が何もないと、お供できませんねいくら出します?」
「ナニこの不躾な案山子」
「フェリックスさんフェリックスさん、お腰に……あれ何もないわ。えーと、一つ私に下さいなありがとう、ということでお供しますね」
「あぶない水……じゃなくてあぶない鎧来た!」
「フェリッ──あー面倒くせぇ。そこの毛玉は食い物か? とりあえず何か食わせろ。話はそれからだ」
「空腹のライオン怖い! トト逃げて!」
不躾でがめつい案山子と、体のごく一部だけブリキになった木こりと、空腹のライオンを仲間に加えたフェリックスは、仔犬のトトと一緒に時に助け合い、時に喧嘩しながら一致団結してレンガ道を進みました。そしてとうとうオズの元までやってきたのです。
少年は、想像より幼い少女姿のオズを見て失望しました。だって彼の願いを叶える力があるように見えませんでしたからね。でもそんな少年にオズは言いました。
「わたしの力は四人の魔法使いに封じられているの。でも最近魔法使いが一人消滅したことで封印は綻び始めてるから、私の力が完全に戻るのも近い。その時まで待っててね」
少年は心細げにすがり付くオズを見下ろして悩みました。少女の事情はわかりましたが、いつになるかわからない「その時」など待っていられません。
トトがくぅんと鳴きました。
「そうだねトト、僕も早く帰りたい。三人の魔法使いの元へ行ってみようか」
少年の決意を聞いた仲間達は口々に反対しました。
「オズに会って贅沢三昧酒池肉林するつもりだったのに、ここから更に危険な所へ行こうだなんて何を考えているんだい!?」
「フェリックスさんダメです。オズの元に無事辿り着いたことすら奇跡なんですよ。これ以上危険な場所へなんて行かせませんからね」
「腹減った。ねみぃ」
少年はふむと考えました。やや気になる所はあるものの、皆の言うことは大方もっともです。
「でも魔法使いってスゴいんですよ。三人の内一人はお菓子の城にいると聞きますし、一人は話すたびに口から宝石を出す猫を飼っているようです。市場には出回らない魔法使いのお菓子は大変珍しく絶品だと言いますし、城サイズのお菓子であれば何日でも食べていられそうです。それに猫を捕らえるだけならそれほど難しくないかもしれませんよね」
「さあ行こうかフェリックスさん! また僕の知恵で助けてあげるから大船に乗ったつもりでいなさい」
「お菓子の城なんて別に興味ねぇ。けどまあ一度も食ったことないし、一緒に行ってやってもいい」
「良かった釣れた! 僕グッジョブ」
フェリクスはにっこり笑うと、ブリキの木こりに目を向けました。木こりの肌色の鎖骨や盛り上がった胸にも少しだけ目を向けてしまいましたが、そこは仕方がありません。だって男の子ですもの。
ブリキの木こりは、鈍色の硬い顔を悲しげに歪めました。
「木こりさん、僕は皆を危険に巻き込みたい訳じゃない。木こりさんは残って待っていてくれてもいいんだ」
「何を言ってるのフェリックスさん。私は貴方や皆が心配なだけ。一人で待っているなんてできない。行くわ」
「……ありがとう」
フェリックスは微笑みました。少年は初めて、この国に来て良かったと心から思ったのでした。
さて。四人と一匹はまず東の魔法使いの元へ向かうことにしました。
山を越え谷を越え、ようやく辿り着いたのは雪のように白い生クリームや、キラキラと艶やかに光る飴で彩られたお菓子の城でした。
空腹のライオンは真っ先に齧り付きます。何て美味しいんでしょう! このような美味しい物は口にしたこともありません。ライオンはプディング、タルト、マドレーヌと次から次へと美味しいお菓子を頬張るのに夢中になりました。
そこへ現れたのが東の魔法使いです。巨大な大蛇の姿になった魔法使いは、部下の蛇にフェリックス達を襲わせると、横に大きく裂けた口をぱかりと開き大量の水を吐き出しました。
うねりをあげて襲いかかる大洪水が皆を翻弄します。しかし甘いお菓子で喉が渇いていたライオンは一声吼えると、その大量の水を飲み干したのです。そしてそのまま大蛇の尾にかぶりつくと、その巨大な体をぺろりと飲み込んでしまいました。
東の魔法使いを退治した一行は、西へ向かいます。ですが幾ばくもなくしてライオンがばたりと倒れてしまいました。蒼白になったライオンを見て誰かが「ライオンさんは魔法使いの毒にやられたんだ」と言いましたがどうしようもできません。
「俺はしばらく動けなさそうだ。先に行っててくれ。きっと追いかける」
汗をだらだら流すライオンは、自らの牙を折って差し出しました。
「代わりにこれを持っていってくれ。きっと役に立つ」
心配しつつもライオンと別れた一行は、更に西へと進みます。周囲がごつごつした岩場になってきた時、一行は足の下に地響きを感じ止まりました。そこへ颯爽と現れたのが、燃えさかる戦車を巨大な猫に引かせた妖艶な女魔法使いです。
彼女は現れると同時に問答無用で炎の攻撃を放ちました。
「宝石を吐く猫ってまさかあれーっ!?」
炎から一目散に逃げていた案山子は、叫びながら水袋をぶちまけました。それは案山子が密かに西の魔法使いから奪っていた魔法の水でした。
水が音を立てて渦を巻き女魔法使いの上方から襲いかかります。それは後少しの所で炎により留められましたが、戦車の炎を消失させ、猫の体勢を崩しました。その隙に木こりが大きな車輪に斧を振り下ろしたのです。
物凄い破壊音と共に車輪がひしゃげ、戦車が耳障りな音を撒き散らしました。猫は倒れ、勢いの衰えぬ戦車の走りに巻き込まれてゆきます。それでも走り続ける戦車は、猫の巨体を巻き込み崩壊しながらゆっくりと車体を傾け、岩壁を越え──ぽっかりと空いた暗い谷底へ吸い込まれていきました。
その姿が消える直前、フェリックスは猫の手綱を握ったまま落ちる、逆さまの女魔法使いと目があったのです。
逆さまの彼女が目を細めて笑った、気がしました。
すると突如、辺り一面に炎が巻き起こりました。燃えるものなどほとんどないはずの岩場が、見渡す限り一面の炎で紅く染まったのです。
いえ違います。とても燃えやすい物があるじゃないですか!
「うわぁぁぁ!!」
叫び声にはっと振り向くと、案山子が炎の燃え移った藁の足を自らの帽子で必死に消そうとしていました。しかし炎は中々消えず、今度はその腕にも燃え移ったのです。
フェリックスと木こりは慌てて案山子の炎を消してやると、軽い藁の体をひょいと担ぎ上げ逃げ出しました。
やっとの思いで炎から逃れた一行は案山子を地面に降ろし、その憐れな姿を見詰めました。藁の右足は膝まで炭化し、左足は付け根まで燃え落ちています。腕は両方とも肘まで真っ黒で触れたら今にもぼろぼろと崩れ落ちそうです。案山子は半分になった顔を歪めて笑いました。
「これはちょーっと難儀なことになったなあ。仕方ない。僕はここでお別れだ」
フェリックス達は案山子を背負っていくと告げましたが、案山子は首を振って所々焦げ付いた帽子を差し出しました。
「代わりにこれでも持っておいき。きっと役に立つ」
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