偶像乙女昂星(Lagna)録
まずい水
第1話 Overture
――それは虹色の光が綾なす夢の世界……宝石のように煌めく天上のステージ……
色とりどりのレーザー光線が舞台上でランダムに交差し、無数の光の粒が淡く瞬きながら辺り一面よりゆっくりと立ち昇ってゆく。
幾何学的でありつつもメルヘンの世界を感じさせるカラフルな舞台セットが、数多くひしめき合うオーディエンスの見守るその中心で、鮮やかにまばゆく光り輝いている。
ステージのバックスクリーンにはスペーシーなアブストラクトムービーが上映されており、やがて照明が徐々に落とされていくにつれて流れる映像も虚空へと吸い込まれるようにフェイドアウトし、ついには会場全体に黒いとばりが降ろされた。
観客たちはざわめくことをやめ、息を呑んですっかり暗くなった舞台を見つめている。
巨大スピーカーを通して、おもむろにロマン主義時代のクラシックを模した荘厳な管弦楽が流れ出す。そのサウンドは、聴衆の興奮と期待を巻き込んでは熱を帯びてうねり、空間全体をあまねく地響きのように震わせた。
オーバーチュアの基底を成すパーカッションはそのシンコペーションを次第に複雑化させていく。繰り返されるビートが織りなす緩やかな昂まりにリンクし、バックスクリーン上には巨大なアラビア数字が浮かび上がった。
「3……2……」
ディスプレイされるカウントダウン表示に合わせ、観客も大声でコールを上げる。
「1……」
カウントゼロに達したその時、聴衆の発する喚声をかき消さんばかりに大音量の爆発音が轟き、同時に舞台の縁に数多く設置されたマシンから、ステージを覆い尽くすほどの膨大なスモークが上方に向かって勢いよく噴射された。
一瞬ステージは白い煙幕に隠されるが、やがてそれが薄れてくると、キラキラ輝く紙吹雪が舞い散る中、まるでテレポート魔法による瞬間移動のように数人の見目麗しい少女たちが出現した。
鮮烈なメインキャストの登場に、会場は割れんばかりの拍手と揺れるほどの歓声に包まれる。
少女たちはポップにアレンジされた学校の制服を思わせる衣装を身にまとい、その顔に満面の笑みを浮かべては各々の決めポーズで舞台の上に立っていた。観客たちは、まさに神話の神々がそこに降臨したかの如き崇拝にも似た感情を抱きつつ、彼女たちの立ち姿から醸し出される気高いオーラを感じとって陶然としているようだ。
その印象的な登場の余韻が残り香となって辺りを漂っているさなか、イリュージョンを打ち消すように破裂音めいたスネアドラムが鳴り響く。さらにそれをきっかけに、派手なブラスアレンジを施したアップテンポなロックチューンの演奏が始まった。彼女たちは小気味よく弾けるイントロに乗せて、キレのあるモーションで華やかに踊り出す。息の合った激しくも軽やかなダンスは、たちまちにして観る者の心を強く魅了した。
オーディエンスの興奮はこの時最高潮に達しており、重ねて少女たちの溌剌とした歌声での合唱が始まると、もはや絶叫にも近い大歓声がこの会場を埋め尽くしていた。
曲の途中、ダンスフォーメーションのセンターを張る少女が、弾けるような笑顔でウィンクを飛ばしながら、指鉄砲で目の前の聴衆を次々と撃ち抜いていく。
観客のひとりが、撃ち抜かれた胸を両手で押さえつつ、悲痛とも歓喜ともとれるトーンで大きく叫びを上げた。
「らぶこ〜!!」
✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎ ✳︎
駅前にあるハンバーガーショップは夕方ともなると、もっぱら学校帰りの中高生たちの社交場として機能していた。
お金に余裕があればファミレスでフリードリンクという選択肢もあるのだが、飲食については本来の目的ではないので、できるだけ切り詰めたい彼ら彼女らは、ドリンクのみの注文か、そこにせいぜいポテトを付けたりという形で、雑談のための座席を確保した。
夏休みもまだ終わったばかりで、公園などの外で語らうにはまだ暑い季節であり、虫もいる。誰かの家に集まるにしても、家族に気をつかうし、電車賃がかかる場合もある。そんな打算が無意識下で働いていることを知ってか知らでか、中高生らは学校帰りに何となく「マックラ行こうぜ」などと友人を誘ってはこの店に集まっていた。なお「マックラ」とは、このハンバーガーショップの店名の略称である。
店の略称に反して明るい照明の下、その店内はそこそこの賑わいを見せていた。
店内の一画で、二人の少女がテーブル席に向かい合って座っている。
共に白い半袖ブラウスに紺色を基調としたタータンチェックのスカートを身につけており、同じ学校に通う女子高生であることは容易に見てとれた。
「その指鉄砲のくだり、ダサくない?」
一方の少女はそう言って紙コップを手に取り、挿されたストローに口をつけようとするも、コップの中身がすでに空っぽであることに気付いてわずかに顔をしかめた。
彼女の名は
ドリンクを飲むことを諦めた小梅は、コップを再びテーブルの上に置いた。二人共にメニューの中で最も安価なドリンクのひとつであるアイスティーのSサイズしか頼んでおらず、最低限のコストでこの場に粘ろうという魂胆だった。
「ええ〜っ?ダサいかなあ」
もう一方の少女があからさまに不服な顔をしてみせると、小梅が持ち前の低い声で尋ねる。
「それと『らぶこ』って何?」
「それは――」
少女は自分の胸に手を当ててニコリと微笑んだ。
「愛子のニックネームだよ」
「そんなあだ名、初めて聞いたけど」
「まだ誰も呼んでないよ。この先、ファンのみんなが呼んでくれる予定だもん」
あっけらかんと不可解な愛子の言葉に、小梅はわずかばかり眉間にシワを寄せる。ハタからはなかなか分かりづらいが、この表情は「こいつは一体何を言ってるんだ?」という気持ちの表れである。
「え〜とさあ……これ、そもそも何の話だっけ?」
小梅がそう問うと、愛子は腰に両手を当てて口を尖らせた。
「だからぁ――」着ぐるみ劇のプンスカ演技風に、こぶしを突き上げる「愛子言ったじゃん。スクールアイドルになりたいって」
――ああ、そういえばそうだった……
小梅は、大脳辺縁系の大広間にとっ散らかってしまった記憶を手繰り寄せる。
元々は、愛子「スクールアイドルになりたい」→小梅「何それ?」→愛子「えーとね――」で始まった話だった。ところが愛子はスクールアイドルというものの説明ではなく、自分がアイドルになった暁の夢のステージについて話し始めたのだ。「赤い四角とか青い丸とかのメルヘン舞台」やら「宇宙っぽいぐにゃぐにゃした映像」といったよく分からないディテールや、やたら擬音を多用する愛子の話っぷりに混乱させられ、小梅は本来の質問の意図を忘れてしまっていたようだ。
落ち着きを取り戻すためにアイスティーでも口にしようと小梅はコップに手を伸ばすが、それがすでに空であることを思い出すもそのまま手を引っ込めてしまうのが少し気恥ずかしくなり、行き場を失った所在なき右手をインドのカタック舞踊よろしく華麗に翻してから愛子を指差した。
「で、あたしが訊きたかったのは、そのスクールアイドルっていうのは何なのか?ということ」
「それはぁ……う〜ん……」
愛子は右手の人差し指を口元につけ、目線を上へ向ける。
「だから可愛い衣装着て歌って踊って……」
彼女の答えに少しばかり苛立っているのか、小梅は右手の人差し指でテーブルの表面をトントンと叩く。
「アイドルがどういうものかってことは、あたしでも何となくは分かってるよ。で結局さ、スクールアイドルっていうのは、単に学生がアイドルをやるっていうことなわけ?」
「まあ、そう言われたらそうだけど、う〜ん……」
愛子はただ今考え中ですと言わんばかりに頭頂部に右手の人差し指を乗せ、やがて何か思いついたのか大きく目を見開いた。
「やっぱあれかな、部活かな」
「部活?」
「そう、相撲部とかバドミントン部みたいの」
スポーツのチョイスが若干独特なのが少し気になったものの、愛子の言いたいことが何となく分かった気がした小梅は、確認がてらの補足をしてみる。
「つまりは、アイドルの活動を学校の部活動としておこなうのがスクールアイドルってことね」
「そうそう。さすが小梅、理解がハヤミセツナ」
クラス一の鈍足、速水世津奈の名前をダジャレに使えてご満悦なのか、愛子は何かを達成したような顔でドリンクをゴクゴク飲み始めた。
小梅はまだそんなにアイスティーが残っていたんだと感心しつつ、念頭に上った疑問を口にする。
「でもうちの学校に“アイドル部”なんてないよ。他でも聞いたことないけど」
「まあ、普通は同好会かなあ」
「うちにはアイドル同好会もないよ」
愛子は、そんなことは当然知ってる感あふれる余裕の笑みを浮かべ、自信満々のテイで右手の人差し指を立てた。
「なかったら作ればいいんだよ」
そんな愛子を見て、小梅は呆れたように溜め息をつく。
「同好会っていったって簡単には作れないよ。五人以上集めなきゃならないし、顧問の先生も必要。何より部長会議で過半数の承認を得ないと発足が認められないよ。これが最大の難関だね」
「えーと、部長会議って何?」
「生徒会役員と各部の部長が集まって月一回学校の方針なんかを話し合う会議のこと。そこで同好会の存続やら発足やらが議題に上がるの」
「へー、小梅詳しいんだね」
「そりゃそうだよ。役員だもの。毎回出席してるし」
小梅は生徒会執行部の一員で、会計担当である。立方石高校では、投票で決まる生徒会長以外の役員は会長からの指名制であり、現副会長から気乗りしないところを泣く泣く頼み込まれてその任についたのだ。
「昔、まだルールがユルかった頃、同好会が乱立したことがあったらしくてさ、生徒会の運営なんかが収拾つかなくなったみたいで、それから規制が厳しくなったんだって。今は活動実績のないところや規定の人数に足りないとこは即廃部って感じなんで、同好会はだいぶ減っちゃったけど」
「ふ〜ん……でも、人数集めてちゃんと活動すればいいんでしょ?」
「いや、だからそれは発足後の話。まずは同好会を認めてもらわなきゃいけない。今期の部長連中からOKもらうの厳しいんじゃないかなあ。この間、アニメ研究会の設立が却下されたし」
「え、ダメなの?アニメ」
小梅の説明によれば、アニメやマンガ等のサブカル色の強いものは認められにくい状況にあるということだった。ただし、昔から存在している軽音楽同好会等は、活動実績もあることから、かろうじて残っているようだ。だが、アイドル同好会の新設ともなれば、これまでの結果から見て承認されない公算が高い。
「部長たち、総勢二十人ぐらいだけど、今年は揃いも揃ってカタブツとヘンクツとノーキンの集まりだからなあ。『校風にそぐわない』とか『学生の本分は勉学とスポーツ』なんて骨董品みたいなことを平然と語るのよ」
「ねえ、その投票って、生徒会の人もするの?」
「まあね。投票っていうか挙手ね。でもそれに参加するのは会長と副会長だけだよ。あたしは出席してるだけで権限ないから……あっ」
小梅が何かに気づいたのか小さく声を上げると、愛子が不思議そうに目をパチクリさせる。
「会長と副会長だけは賛成してくれるかも。会長は頭の中お花畑だし、副会長は会長の言いなりだし」
「会長が認めたら通るっていうこと?」
「いや、そこはあくまで多数決。民主的なのだよ」
「そっかー。結局ふたりだけじゃん……部長さんたちを説得したりできないの?」
愛子が手を合わせて懇願でもするかのように小梅を見つめるも、彼女は露骨に目をそらした。
「ま、頑張って。十人クリアすれば何とかなると思うから」
「えーっ!急に突き放したー!小梅は手伝ってくんないの?」
「……まあ、知ってる情報は提供してあげるよ。バレー部の部長はチーズケーキが好き、とか」
「そういうんじゃなくて、もっと直接的なやつで……」
小梅は本日通算何度目かの溜め息をつくと、若干疲れたような表情で愛子に語りかける。
「あのさあ、ひとりぐらいならまだ何とかなるよ。でも十人を説得するって相当大変だよ。どいつもこいつもクセが強くてさあ。愛子はスクールアイドルって夢があるからまだいいだろうけど、あたしのモチベは一体どこにあんのさ?」
「そりゃやっぱ友達を助けたいっていう熱いパトスが――」
「仮に愛子がこのままじゃ死んじゃうとか退学になっちゃうとかなら、あんたの言う『熱いパトス』とやらで頑張れると思うよ。だけど今回の件はさすがに……どうせ愛子って、あたしにおんぶにだっこのつもりでしょ?」
「そんなことない……と思うけど……」
愛子が自信なさげに口ごもると、小梅はさらに畳みかけた。
「あの部長連中ひとりひとり懐柔してくなんて、ホント精神が削られる作業だよ。あたしの青春の1ページをさ、シュレッダーにかけてくようなもんだね」
その時愛子は、テーブルの上に置いてあったスマホを手に取ると、おもむろに入力を始めた。突然のその行動を不審に感じた小梅が問いかける。
「ん?何してんの?」
「いや、今の名言だなあと思ってメモを」
「何それ。恥ずかしいからやめてよ」
「それで――」愛子はスマホを掲げて「カイジュウってこの漢字で合ってる?」
「だからやめてって……『怪獣』じゃないことぐらい分かるだろ……」
愛子が普段から小梅名言集をメモしていること、さらにそのファイル名が“小梅だYOU”であることが発覚したことで、小梅との間で「イジってるイジってない」といった論争が勃発したが、最終的には“語彙力の足りない愛子が勉強のためにやっている、小梅へのリスペクトを込めた行為”ということで一旦落ち着いた。
「で、何の話だっけ?」
小梅が気だるそうに話す。ゴクゴクとドリンクを飲む愛子を眺めながら、もしかするとアイスティーが無尽蔵に湧いて出る魔法の紙コップなのだろうか、などと考えている。
ストローから口を離しコップをテーブルの上に置くと、愛子は肘をテーブルにつき両手で頬を挟んでからおもむろに口を開いた。ムンクの叫びの真似ではなく女子特有の可愛い仕草である。
「だから、学校にスクールアイドル同好会を作るって話だよお」
それを聞いた小梅は、どこかで見たことがある名探偵の如く眉間を人差し指で押さえる。
「うーん……別に学校公式の同好会じゃなくてもいいんじゃないのかな。“部”と違って学校から出る予算なんか雀の涙だし……一応部室はもらえるけど、狭いし暗いしカビくさいし……だったら個人で勝手にやったらいいんじゃない?」
小梅の言葉を聞いて、愛子は再びスマホを手に取ると何やら操作を始めた。
「え、今の名言だった?」
愛子は、スマホの画面を警察手帳の提示のように小梅へと見せつけた。画面に表示されているのは、どこかのサイトのようである。
「個人だとダメなの。ほら、ここに『学校公式のクラブに属するグループに限ります』って書いてあるでしょ?」
「は?何それ?」小梅はスマホ画面に顔を近づける「『参加要項』?え、なんの?」
愛子は小梅にスマホ画面を見せつつ、もう一方の手で下へとスワイプする。
「ん?『アルタード・ステージ』?」
「要はスクールアイドルのインターハイみたいなものだよ」
小梅はちょっと貸してとばかり愛子からスマホを奪い取り、表示されているサイトをじっくりと閲覧し始める。
「へー、こんな大会あったんだ。高校生アイドルの全国大会ねぇ……あ、今年の8月が第一回目か。この間じゃん」
「うん、愛子は第二回に出場しようと思って」
「第二回って……来年の1月かい!これからメンバー集めて練習してって……そんなこと可能なの?」
「ま、小梅が助けてくれれば何とかなるよ」
「はあ?……はあ……」
愛子の屈託のない笑顔を見ると、小梅はもうそれ以上不平を言う気が失せたのだった。
小梅と愛子が初めて出会ったのは、高校に入学して同じクラスになった時である。
性格も趣味嗜好もまるで違うふたりが仲良くなったきっかけは、数学の小テストの結果が悪かったために教室に居残って復習をさせられていた愛子に対して、小梅がたまたま勉強を教えたことだった。
そもそもは、トップクラスの成績で入試に合格した小梅と補欠合格の愛子では、学力に相当の開きがあったのである。
それからは、愛子は学校の勉強に関して小梅をたびたび頼るようになり、そのやり取りを通じてふたりは次第に打ち解けていったのだった。
二年生になってクラスは分かれてしまったものの、その仲は今も続いている。
「ところで、何でスクールアイドルなんてやりたいと思ったの?」
小梅の疑問に、愛子はよくぞ訊いてくれましたとばかりスマホの操作を始め、また画面を小梅に向けて見せた。そこには学校制服を着た9人の少女たちのアニメ絵が描かれている。全員がこちらを見ては笑顔を振りまいていた。
「昨日、日曜だったじゃん。たまたまこれが目に入って。このアニメ観たことないなーって思って実際観てみたらさ、ハマっちゃってぇ全話観ちゃってぇ――」
それは数年前にテレビ放送されていた、アイドルを主題としたアニメであった。まさに高校生が同好会でアイドル活動をするというものらしい。当時かなりの人気を博したようで、小梅は観たことこそないものの、そのタイトルだけは記憶に残っていた。
愛子は、契約しているサブスクリプションの動画サービスでそれを観たということで、同じサービスを家で契約している小梅に対し、激しくそのアニメの視聴を勧めてきた。
「小梅には愛子の気持ち分かってほしいから、絶対観て!」
「んー、全13話か……とりあえず観てもいいけど……あっちはどうすんの?」
「あっち?」
「愛子から借りてる乙女ゲー。まだ途中だけど」
「えーと、それはとりあえずいいや。アニメ優先で」
「はあ。あれも『愛子の気持ち分かってほしい』って言うからやってたのに……」
愛子は小梅に対して、よくマンガやゲームを貸し出していた。
これは、普段より勉強のみならずあらゆる面で愛子を助けてくれる小梅に恩義を感じていたからだが、その一方で悪く言えばそれは趣味の押し付けでもあった。
だが、これまで小説ばかり読んできた小梅にとってそれらはなかなか新鮮なものだったし、仮に趣味の押し付けであったとしても、特に悪い気はしなかった。
今回小梅が愛子から借りていたのは「GOKANビンビン」というタイトルからしてクソゲーとしか思えない(愛子談)女性向け恋愛ゲームである。女主人公とそれぞれ五感になぞらえられた五人の男たちが登場し、様々な駆け引きを経て恋愛を成就させるという内容だ。タイトルの与える期待度の低さも相まってか、愛子がその内容を絶賛したゲームだった。
「ゲームどこまで進んだの?」
「んーと、五人目。四人は攻略できたけど、“絶対音感男”と“グルメ男”はちょっと苦労したかな。今やってる“敏感肌男”と、もう攻略したけど“鼻が利く男”は全然共感できなかったなあ」
「あー分かる。小梅って神経質なタイプ苦手だよね」
「神経質なヤツって誰でも苦手なんじゃないの?」
「いやー、そこは逆に色々と気が利くところがモテポイントだったり――でも惜しいなあ。五人攻略すれば隠れキャラが出てきたのに」
「あー、それ言ってたね。ミスターシックスセンス“霊感男”だっけ」
だがそこで愛子は襟を正すように背筋をピンと伸ばすと、急ににわか仕込みの真顔になる。
「うん、でも今の千輪小梅さんはゲームよりも、このアニメを観るのを優先とすべきです」
「……あのさあ、あんなに熱く語ってた愛子の乙女ゲーブームは終わっちゃったわけ?」
「はい、第一次ブームは去りました」
じゃいつか第二次が来るんかい、という小梅のツッコミを待たずして、テーブルの上に突っ伏すと駄々っ子みたいに語り出した。
「だってさあ〜、いくらゲームで男子と仲良くなったって、結局それ現実じゃないじゃ〜ん」
「そんなの分かりきってたことでしょ」
「うちの学校の男子なんてみんな陰キャだし〜」
「うん、まあ……その点については強くは否定しないけど」
ふたりの通う立方石高校は、かつて女子高であったことから男子生徒の割合が少なく、全校生徒の約80%を女子が占めていた。
男子生徒たちは多勢に無勢というわけで圧倒的な数の力に屈し、常日頃より女子たちの顔色をうかがってはコソコソと学校生活を送っているような印象があった。
入学当初はフレッシュさに溢れていた男子が、学期が進むにつれ次第に冴えない感じになっていくのを、小梅自身何人も見てきたのだ。
「やっぱりフィクションの中じゃなくて現実を生きないと、青春の1ページをシュレッダーにかけるようなもんだからね」
「早速引用するのやめてよ」
「そこでスクールアイドルですよ。これこそが愛子のリアルですよ!」
「いや、それアニメ……まあ、いいか……」
何かに興味を抱くとわき目も降らずそれに熱中し、ふとした時に急速に飽きてしまうという愛子の生態は、小梅がこれまでの付き合いで何度も目にしてきたものだ。
毎回愛子のマイブームに振り回され、文句を言いつつも結局は付き合わされるハメになるのが、小梅のこれまでのパターンである。
ただ、それをどこかで楽しんでしまっている自分自身も小梅は自覚していて、それがふたりの仲が続いている理由でもあった。
小梅がふと店の外を見ると、辺りはすっかり暗くなっていた。店の時計を確認すると、もう6時を回っているようだ。
「じゃあそろそろ帰らなきゃね。アニメはとりあえず観とくよ。それから――」小梅は何故か指を弾く「同好会については、何かいい手がないか考えてみる。明日の放課後、生徒会室に行くからさ、そこで規約の抜け道がないかとか調べてみるよ」
「ありがとう〜マイフレンズ〜」
情けない声を出す小動物を尻目に、席を立とうとする小梅を「ちょっと待って」と愛子が引き止めた。
「これまだ飲み切ってないから」
そう言ってアイスティーをストローからゴクゴクと飲み出す。それなりの時間が経過した。それこそコップ一杯のドリンクを飲み終わる程度の。
愛子はようやくストローから口を放すと、コップを見て言った。
「あ、これ全然飲み終わんないや。持って帰ろう」
小梅は、愛子が手に持つ紙コップをその時不思議そうに眺めていた。
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