王都アストラ・モーゼル通り物語
盛り塩
第1話 武器屋のお仕事① 肉切り包丁
「――――むんっ!!!! やっ!! はぁっ!!!!」
朝日に照らされ、舞った汗がキラキラと輝いている。
その雫を切るように、斜めに突き上げられる木刀。
「はぁっ!!!!」
――――ひゅっ、と風を切り、頂点まで突き上がったところで反転し、
――――ぼっ!!!! と一気に地面スレスレにまで振り下ろされる。
「――――ふうっ……」
その技のキレを確認し一応の納得がいった彼女は一つ息を吐き出し、すっかり顔を出した朝日を見上げた。
「うん、今日も絶好調!! 商売日和!!♪」
彼女――――ネアリはポニーテールに束ねた黒髪をピッと後ろに流して、いつもの日課である素振りを終えると、裏庭から店の玄関口へと回った。
木刀を肩へ預けながら、掲げられた看板を見上げる。
『武器屋ヒノモト』
ネアリの家はここ、アストラ王都にある裏町で小さな武器屋をやっていた。
父親と兄は店の奥で鍛冶と修理工を担当し、母親は仕入れ担当で今は遠くの都市まで旅に出ている。
ネアリは店の売り子を任されていた。
今年で16歳になる彼女は、端正な顔立ちとスタイルもさることながら、その人懐っこい性格が評判で近所ではちょっとしたアイドルのような扱いを受けていた。
「よう。ネアリちゃん、今日も鍛錬かい? 勇ましくていいねぇ。ちょっとはウチの息子にもその根性をわけて貰いたいもんだよ」
向かいの防具屋のおじさんが挨拶をしてくる。
このモーゼル通りには武器屋、防具屋はもちろん、大小様々な色んな店がひしめき合っていて地元住人やこの街を拠点とする冒険者や傭兵の御用達となっている。
観光客や金持ちを相手にした表通りの商店街と違い、値段も手頃なものが多い。
「商売ですからね。売り子が武器を扱えないんじゃ、売れるものも売れなくなりますからね」
「違いねぇ」
石と木材で作られた自宅兼店舗に入る。
中は豪華な飾りは無いが、馬が10頭くらいは入る広さはある。
そこに古今東西ありとあらゆる世界の武器が、所狭しと並べられていた。
基本的なロングソードから、槍、斧、ハンマーなどといった西側文化の武器はもちろん、刀や薙刀、鎖鎌などの東側の業物も取り扱っていて、武器の種類にこだわりのあるお客さんにも満足してもらっている。
今日も一日、ここがネアリの仕事場となるのだ。
「え~~~~と……今日の仕上がり品はと……」
カウンターの内側に立てかけられている剣や槍をチェックする。
それぞれには小さな木札が掛けられていて、持ち主の名札が書かれている。
それらはみな修理を終えて、引き取り待ちの武器たちだった。
武器屋と言ってもたんに武器を売るだけが商売じゃない。
壊れた武器の修理も大事な仕事の一つでなのである。
というか、仕事の大半がそうだと言っても言い過ぎではない。
その為、武器屋は鍛冶屋の仕事も兼用している場合が多い。
ネアリの父も元は鍛冶屋で、東の武器である『刀』を打つのが得意であった。
しかしそれだけで家族を養うのは苦しいと、それ以外の武具は他から仕入れ、店舗も経営しているというわけなのだ。
「やあネアリちゃん、やってるかい?」
今日、一番目の客が来た。
「いらっしゃいませ――――て、なんだムートさんじゃないですか」
やってきたのは同じ商店街で肉屋をやっているムートおじさんだった。
「なんだはご挨拶だねぇ、客としてきたんだよ。ちょっとこれ治せるかなぁ?」
そう言って渡してきたのは大きな肉切包丁。
刀身は四角く、長さは30センチくらいで、刃厚も1センチありズシリと重い。
食用肉を骨ごと叩き切るための、いわゆるチョッパーナイフである。
見ると刃の真ん中が小指の先ほど欠けてしまっている。
「うちの見習いがヘマして落っことしまってねぇ、土台石に当たって欠けちゃったんだよ」
「あらら……それはご愁傷さまです。……ちょっと見てみますね」
ネアリはマジマジと包丁を観察し始める。
「見るも何も、欠けてるのはすぐ分かるだろう? そいつを削って欲しいんだよ」
言ってくるムートさんにネアリは笑顔で言葉を返す。
「欠けた場所は直りますよぉ? でも、他にも傷んでいる所が結構ありますね」
「ん? そうなのかい?」
「まず刀身が微妙に歪んじゃっていますね、刃も一部分が丸くなっちゃってます。柄も中で腐って僅かにガタついていますし……これじゃあなかなか上手に切れないと思いますよ?」
包丁を受け取り、確認してみるムート。
……言われてみれば、確かに少し曲がっているかもしれない。
しかしそれはほんの僅かで、言われなければ気付かないほどの歪みである。
「……確かになぁ……じゃあ……見習いがヘマしたのって?」
「切れにくくて変に力を込めてしまったのかもしれませんね。もしかしたらですけど」
そして営業スマイル全開で、
「どうしましょう? オールメンテだと銀貨2枚頂きますけど、商店街割引ってことで銀1枚に銅50枚にしときますよ?」
とニッコリ笑って商談に入るネアリ。
ちなみに銅貨1枚でコッペパンが一つ買える。銀貨は銅貨100枚ぶんである。
対するムートさんは、
「うむむむむ……銀1枚にならんか?」
と食い下がる。
「でしたら……この研ぎ石とセットで銀1枚と銅30枚でどうですか?」
「む~~~~~~……」
「道具への投資はけっして無駄ではありませんよ? 良い職人には良い道具をです。
それに綺麗に切れればお肉も美味しく見えて、きっと売上も上がります」
「え~~~~い、わかったっ!! その代わりピカピカに仕上げてくれよ!!」
職人と、商売人、両方の気持ちをくすぐったネアリの勝利であった。
「ありがとうございました~~~~」
ムートさんを見送り、ノビをするネアリ。
さて、次はどんなお客さんが来てくれるのだろうか。
ワクワクしながら大きな肉切包丁を奥の工房に運んでいくネアリであった。
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