第57話 カルラの回想

「コタロー!ただいまぁ!!」


デスゲーム開始29日目 昼


湖のテントに戻ってきたリョウタとカルラ。


テントが見えた瞬間、カルラは猛ダッシュした。

自分のテントで留守番させていたコタローを抱え上げる。


「ナオ~」


「え?うんうん、寂しかったよねぇ!ごめんね、ほんとに」


わしゃわしゃと撫でるカルラ、無反応なコタロー。

湖の水面がキラキラと日光を反射している風景。


(見慣れた光景だな。帰ってきたんだ…)


安心感という感慨がリョウタを優しく包み込む。

妹のルナが死んだ時に失った感情だった。

デスゲームが行われている孤島で取り戻すなんて、思ってもみなかった。



コタローにご飯を食べさせて、2人は折り畳み椅子に座り、静かな時間を過ごしていた。修行の再開は明日から。今日は久しぶりにのんびり過ごそうと意見が一致したからだ。


気持ちよく吹き抜ける風を感じながらリョウタが言った。


「カルラ、そろそろ話してくれないか」


「ん?なんだっけ」


「サードミッションの途中で言ってただろ。ガルシアとのことだよ。昨日は試合の話しか聞けなかった」


「ああ…。面白くない話だよ。それでも、聞きたい?」


「聞きたい」


リョウタに迷いはない。


今朝、ガルシアに対面したからこそ、聞きたい思いが強くなっていた。


「そっか…。じゃあ話すね。どこから話したらいいんだろう。誰かに話すなんて、初めてのことだから」


そう言って、カルラは自らの過去を打ち明け始めた―――



あたしの容姿は目立つ。


銀髪に緑色の瞳。誰が見ても日本人からはかけ離れている。

それは、あたしがハーフだから。日本人のパパとロシア人のママの間に生まれた子ども。それが、あたし。外見で言うと、ママの血が濃かったみたい。


幼稚園の頃は見た目を男の子によく揶揄(からか)われた。

泣きながら家に帰る日も多かったな。


そんな日があると、ママは「そのクソガキをボッコボコにする!」と言っては、パパに止められていた。


ある日、パパがあたしに言った。「空手を習ってみないか?」って。パパは実戦重視の月宮流空手の師範だったから。見返したいって思っていたあたしは、その日から白帯を巻いた。


大人たちに混ざって稽古する日々。


実際にパパは道場の誰よりも強かった。たまに道場破りが来ることもあったけど、全部圧勝していたの。強いパパはあたしの憧れだった。


次第に強くなっていったあたしは、揶揄われるとやり返すようになった。口で言ってもダメな場合は拳で。1年もすると、あたしを揶揄おうとする男の子はいなくなったな。おかげで、あたしはこんな性格になっちゃったけど。


中学3年の時、あたしは黒帯になった。パパには一度も勝てなかったけどね。その年にママが亡くなった。心臓の病気であっという間に。お別れを言う暇もなく。


すごく悲しかったけど、パパと2人の生活が始まった。


高校生になってしばらくすると、見知らぬ男が家に来たの。それがガルシア。ママの死を知って来たみたい。後からパパに教えてもらったんだけど、ロシアでママとガルシアは子どもの頃からの知り合いなんだって。パパも昔、ママから紹介されたって言ってた。


パパとガルシアは言い合いをしていた。と言っても、パパが一方的にガルシアに忠告していた感じ。その時のあたしには分からなかったけど、パパはガルシアの危険性に気付いていた。


高校2年になる前の日のこと。家の近所でガルシアとすれ違ったの。あんな赤髪を見間違うわけがない。そうしたら変な胸騒ぎがした。急いで帰って道場に入ったら、パパが…。血まみれで…。


あたしの平穏はそこで終わった。


その直後くらいにガルシアの爆破テロ事件が起きたの。警察も公安もアイツを追った。もちろんあたしも。執念の違いなのかな。2年前、あたしの方が先にアイツに辿り着いた。問い詰めると、あっけなくパパを殺したことを認めた。


許せなかった。


パパから教えてもらった空手でパパの仇を撃つ!殺すつもりで闘ったんだけど、実力はアイツの方が上。能力を出させることもできずに、あたしは負けた。入院するくらいの怪我まで負わされて。


悔しくて悔しくて、涙が溢れて止まらなかった。


退院後、高校を中退した。なるべく多くの時間を使って鍛え直したかったから。それに、空手の試合には沢山出たけど、実戦経験が足りないことに気付いたの。ガルシアを倒すために夜の街で喧嘩に明け暮れたわ。


能力に目覚めたのは1年くらい前かな。脳内麻薬を生成すると、闘うことが凄く楽しくなるの。危ない女だよね…。そのこともあって、ますます喧嘩にのめりこむようになっていった。いくつか傷害事件になって、あたしは警察に追われるようになる。


そんなある日、目を疑うようなニュースを見た。


ガルシアの一味が逮捕された報道を。ニュースキャスターも世間も喜んでいたわ。当然よね。多分、日本で喜んでないのは、あたしくらいね。命を賭けてでも殺したい相手が、手を出せない監獄に入れられたのだから。


それでも、もしかしたらって思いで喧嘩を続けていた。これまでの日々が無駄だったなんて思いたくなかった。リョウタに出会ったのは、そんな日。正直に言うと、みっともないサラリーマンだなぁと思ったわ。気を悪くしないでね?


あの日の翌日、家に警察と一緒に鈴木が来たの。逮捕される覚悟をしたのだけど、されなかった。意味が分からなかったけど、救済プログラムを受ければ罪が帳消しになると聞いたわ。


そしてあたしはこの島に来た―――



カルラの回想が終わった。


黙ってリョウタは話を聞いていた。


「ね?面白くない話だったでしょ」


寂しげな表情でカルラが問いかけてくる。

等身大のカルラがそこにいた。


「俺がいるから」


「え?」


「カルラは独りじゃない。俺がいる。何ができるかは分からないけど」


ボシュッという音とともに、カルラの表情が真っ赤になる。


「な、な、なによそれ!く、口説いてるつもりッ!?」


「いや、そういう意味ではないけど」


「ピズダーーッ!!」


『ピズダー』とは、ロシアのスラングで『ちくしょう!』を意味する。


激昂したカルラだが、次のリョウタの一言で収まった。


「でも、そうだな…。この島で、もしまたカルラが危なくなったら、俺が守るよ」


「……」


爽やかな風が2人を撫でていった。

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