第56話 一触即発

「ガルシアがいる、だと?今まで一度も配給には来なかったのに…」


矢野の呟きは少し震えていた。


「他の2人も今まで来たことが無いですよ、矢野先生…」


そう言った渡辺の顔色は悪い。

彼のナンバーは53で中位サバイバーではあるが、異端者ではない。穏健派内で体力があり、今まで配給運搬係をしてきたから一緒に来たに過ぎない。


「シャオ・ウイリーと如月クレアですね。弱みを見せては駄目だ。このまま向かいましょう」


リョウタは物おじせずに言った。

同時に思考を戦闘モードに切り替える。


そのまま配給場所まで残り50メートルを進んで行く。


慌てて後を追う矢野と渡辺。



「あらぁ、貴方が来るなんて思ってもみなかったわぁ。ねえシャオ君」


リョウタの姿を認めたクレアが嬉しそうに語った。

今日も今日とて露出度が激しい。


「ホンマや。情報と違うやん。穏健派を抜けたんとちゃうんかい。下っ端の話は当てにできへんなあ」


糸目で分かりづらいが、シャオの警戒心が伝わってくる。


両陣営は5メートルの距離を挟んで対峙した。


リョウタは何も言わず観察する。特にリーダーのガルシアを。


昨日、リョウタは風呂上がりのカルラからガルシア戦の詳細を聞いていた。【サイコキネシス】の能力のことも。また、能力を発動せずともガルシアは柔術をハイレベルで修得しているらしい。


カルラを倒したガルシアは脅威だ。

だがそれ以上にカルラを傷つけた怒りが沸き起こってくる。


(許さない…!)


リョウタの拳に力が入った瞬間だった。


「話すのは初めてだな。城戸リョウタ」


ガルシアの静かな声、不敵な笑み。


「…俺の名前を知っているのか」


「当然だろ?サードミッションでの変貌ぶり。シャオも煮え湯を飲まされている。なあ、シャオ?」


「説教はもう聞いたでしょ、ガルシアさん。煮え湯、なあ。的を得てるわ。ワイのカウンターで倒れなかったヤツは初めてや。おまけに決勝戦では、あのいけ好かん一条にカウンターを撃ち込みよった。パクられてしもーたわ、ワイの必殺技」


「……」


リョウタは黙って話を聞いている。


「野性味もあってたまらないわねぇ…。ねえ貴方、あんな小娘で満足できるのぉ?何なら、わたしが満足させてあげる、わよ」


クレアがぺろりと唇(くちびる)を舐めながら誘惑してくる。

しかし次のリョウタの言葉で、そんな余裕は無くなった。


「如月クレア。ナンバー7でありながら、その戦闘力は低い。筋肉はほとんど無いし、何よりも強者の雰囲気を一切感じない。では何故そんなに高ランクなのか?それは能力だ。恐らくは【催眠術】、だろうな」


「「―――ッッ!!」」


絶句するクレアとシャオ。


矢野と渡辺も唖然としている。

ガルシアだけが興味深げにリョウタを眺めている。


「…何故そう思った?」


ガルシアがリョウタに問いかける。


「観察したことを総合しただけ。プログラム初日から2日目にかけて、須藤ケンジの受け答えが変わっていた。まるで別人のように。その時はただの疑問だった。異端者と能力のことを知り、仮説を立てた。確信に変わったのは須藤と闘った後だ。アイツは狂犬みたいなもの。色気だけで制御することはできない」


「人の逢瀬を覗き見ていたのぉ?野暮なヒトねえ」


余裕を取り繕うクレアだが、せわしなく身体を動かしている。

その内心は驚愕に染まっていた。


「その能力、まだ分かっていることがあるぞ?能力発動には条件があるな?もしも『目が合う』だけで洗脳することができるなら、とっくにやっているはずだ」


「………」


クレアの余裕は完全に消え去り、黙り込んだ。


全てはリョウタの推測通りだった。


【催眠術】による洗脳がクレアの能力。


しかし洗脳するためには、対象の人物と体液を交換しなくてはならない。須藤ケンジの場合、リョウタが目撃したキスが発動のトリガーだった。


ファースト及びセカンドミッションでは、洗脳した下僕を使ってクリアしていたのが実態。彼女は人を使役して生き延びるタイプだ。


過激派におけるクレアの役割は勢力の維持拡大である。下っ端の数名は彼女が派閥に連れてきており、忠誠心の低そうなメンバーの意識も能力で塗り替えてきた。


リョウタの推理により、静寂が場を支配した。


「クックック、ハッハハ!コイツは想像以上だ!」


心底嬉しそうにガルシアが笑い始めた。


「ガルシア!?」


「ガルシアさん、笑っている場合ちゃうやろッ」


クレアとシャオが抗議を口に出したが、ガルシアは続ける。


「逸材だ。貴様が須藤に勝ったのは必然だな。『観察眼』が飛びぬけている。【自己治癒】という能力よりも脅威かもしれん」


「―――ッ!」


「なんだ?自分の能力は知られていないとでも思っていたのか?まあいい。貴様に1つ提案がある」


ガルシアは意味深な笑みを浮かべている。


一条の無表情さと対照的だが、共通しているものがある。

何を考えているのか読めない―――


「過激派に来ないか」


「は―――?」


思いもしない提案にリョウタは変な声を出してしまう。


「…何を言っている、ガルシア」


代わりに答えたのは矢野だった。


だがガルシアにバッサリと発言を切り捨てられた。


「貴様に聞いているわけじゃない、矢野。城戸リョウタ、貴様に聞いている。好待遇を約束しよう。そうだな、組織内のナンバー2の席でどうだ?」


「はあ!?ロジャーが間違いなくブチ切れるでッ!」


シャオの予想は火を見るよりも明らかだ。


「反対する者は俺自らが説明する。なんなら実力行使してもな。それほどまでに貴様が欲しい。役割としては参謀だ。体を張る必要はない。ファイナルミッションにおいても貴様の生還をサポートしてやる。さあ、どうだ?」


ガルシアは本気だ。雰囲気と声色で分かる。


(…何を揺れ動いている、俺は?ガルシアは連続爆破テロの主犯格だぞ。大勢を殺した凶悪な犯罪者だ。……。でも、今までの人生でこれほどまでに評価され、必要とされることがあったか?)


ガルシアが持つカリスマ性。


それに陶酔する者の気持ちが少しリョウタに分かった。

宗教がいい例だ。巨大な存在に、ちっぽけな人間はすがりたくなるのだ。


だが


「断る」


静かにハッキリとリョウタは答えた。


カルラの帰りを待つ声が聞こえた気がしたからだ。


「そうか、それが結論か。残念だ。だがそうなると、お互い敵同士だな。今ここで皆殺しにされても文句は言えまい」


ガルシアのその言葉に場の緊張が臨界点を迎えた。


一触即発


リョウタも臨戦態勢をとる。


相手はカルラでも勝てなかった怪物だ。リョウタ自身、勝てる気がしない。だが足掻かなければ、ただ死ぬだけ。


両陣営の睨み合いが続いていた時だった。


エンジン音とともに迷彩柄のトラックが向かって来た。

やがて市街地の入口、リョウタたちから10メートルほどの位置で停車する。


迷彩服を着た自衛官のような人物が2人で、トラックの中から食料と水が入っている段ボール箱を運び出す。手際よく人数分を全て地面に置くと、台車を2つ残してトラックに戻って行った。


サバイバーたちに一瞥もせず、トラックは走り去っていった。


「フッ、今日はもういい。食料も届いたしな。シャオ、台車に荷物を載せろ」


「りょーかい」


シャオが荷物に向かおうとした時、リョウタがガルシアに言う。


「待て、配給は両陣営の人数分で分配する。当然そうだよな?」


「もちろんだ。ロジャーや須藤に言われたことを気にしているのか?馬鹿の戯言(ざれごと)だよ。今日俺が来た目的は『宣戦布告』だった。これだけはリーダー同士で面(ツラ)を合わせないとな」


配給の分配どころではない!


「…宣戦布告だと?何故争う必要がある?派閥は違えど、我々はプログラムをクリアする同士でもあるはずだ」


矢野の発言は、穏健派のリーダーらしいものであった。


「目障りだったからさ。他に理由はない。だが気が変わった。城戸リョウタ、貴様の存在でな。戦争はまたの機会に取っておこう。じゃあな」


ガルシアはそう言ってシャオに荷物を載せさせ、クレアとともにアジトであるショッピングモールに帰っていった。


ガルシアの言った通り、彼らが持って行ったのは派閥内の人数分のみ。

リョウタと渡辺は黙々と台車に荷物を置き、病院へと戻る。


その帰り道、疲れ果てた顔で矢野がリョウタに言った。


「君に来てもらって正解だった。城戸君がいなければ、どうなっていたことか…」


渡辺も青い顔でコクコクと頷いている。


リョウタもかなり精神を擦り減らしたが、サードミッション、特に一条との戦闘でメンタルのキャパシティが増大したおかげで2人ほどの疲労は無かった。


「ひとまずですが、当面は大丈夫だと思います。矢野さんたちには悪いけど、約束通りカルラとテントに戻りますね。この先、ガルシアとぶつかることがあるとしても、今の俺では倒せないので」


「ああ、そうしてくれたまえ。ただ朝食は食べていきなさい。月宮くんも、ね。当分会えなくなるんだ。豪勢にするよ」



こうして緊張感に包まれた邂逅は、終わった。

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