第55話 対立の図式
「城戸君、ちょっといいかね」
カルラが風呂に入りに行き、リョウタ1人となった部屋に矢野が入ってきた。
「ええ、大丈夫です。矢野さんには、なんてお礼を言ったらいいか…」
「気にしないでくれ。正直、彼女を助けたのは打算が無いわけじゃないのだからね」
「打算、ですか?」
「そうさ…」
矢野はそう言って天井を見上げた。
その表情には慙愧(ざんき)の念が見て取れた。
「サードミッションの死者は14人。そのほとんどは穏健派の人間なのだよ」
「え!?」
「今、我々は非常に危うい。結成当初、25人いたメンバーも今や15人だ。しかも、その半数が負傷している。守りの要(かなめ)だった後藤君の負傷も痛い」
「そんなに数が…!すみません、カルラのことで頭がいっぱいで、気付くこともできませんでした。しかも、飯田に大怪我を負わせたのは俺自身です…」
「それはもう気にしないでくれ。ミッション中の出来事だ。…今なら君の言っていたことが分かる気がするんだ。『この島では強くないと死ぬ』だったか。実際にそうなのだからね」
何と言っていいか分からず、リョウタは口を閉ざした。
「実は城戸君が出て行ったあと、穏健派と過激派は何度かトラブルを起こしているのだよ」
「トラブル、ですか」
「そう、主に食料の配給についてだよ。その分配で揉めたのさ」
「確か、毎朝トラックが来て人数分の食料を置いていくんですよね?揉める要素が無くないですか?」
「人間とは強欲な生き物だ。彼らは特に。配給された食料の半分をよこせ、と言ってきたのだよ。派閥の人数に関係なく、ね」
「え!?そんなのただの横暴じゃないですか!だってその時は穏健派の方が10人は多かったんですよね」
「その通り。だが彼らに理屈は通用しない。なにせ『過激』派だからね。危うく衝突しかけたことが数回あったよ。その際はこちらに数のアドバンテージがあったから、抗争するまでには至らなかった。だが、これからは…」
「…サードミッションを終えて、お互いの戦力差はどうなったんですか?」
淡々とリョウタは尋ねた。
以前の彼では唖然としていただけだろう。
悲しみと死線を越えて、精神的にも肉体的にもリョウタは変わった。
矢野が頼りにするくらいに。
そんなリョウタを見て、矢野は頷いた。
「人数から説明しよう。現在、穏健派は15人、過激派は12人だ。それ以外の7人が単独派となっている。単独派で注目を集めているのは一条君と月宮くんとアイくん、そして城戸君、君だ」
「…はい」
リョウタ自身、向けられる視線の種類がサードミッションから変わったことを実感していた。嘲(あざけ)りから憧憬や畏怖へ、と。それは穏健派内に留まらず、過激派内においても例外ではない。なにせナンバー8のシャオ・ウイリーとナンバー13の須藤ケンジを撃退しているのだから。過激派のメンバーにとって、リョウタは『危険人物』にまでなっていた。
「人数ではまだ、こちらの方が多い。が、戦力は完全に向こうが上になってしまった。先ほど言ったように、こちらの半数は怪我人だ。対して向こうの怪我人は少ない。医者がこんなことを言ってはいけないだろうが、城戸君がナンバー13を倒してくれたのには感謝しているのだよ」
「どういうことですか?」
「ナンバー13が揉め事を率先して扇動していたからさ。食料の分配で難癖つけてきたのも彼だった。そして現状、戦力差を決定的にしているのは、やはり異端者の存在だ。サードミッションは過激派の主要メンバーの能力を白日の下にさらした。情報的には良いことだが、逆にその能力が戦闘に特化したものばかりだということが分かってしまった…!」
ガルシア・ゴロフキンの【サイコキネシス】、ロジャー・ゴロフキンの【パイロキネシス】、シャオ・ウイリーの【異常視力】、須藤ケンジの【衝撃吸収】。どれもが戦闘向きだ。
一方の穏健派は、矢野ヒデトシの【千里眼】、後藤ダイゴの【筋肉増大】、篠崎ヤヨイの【予知夢】。だが、唯一の戦闘向き能力者である後藤は負傷してしまった。
サードミッションにより、穏健派と過激派のパワーバランスは完全に崩れたのだ。
溜息をつき、リョウタは問うた。
「…俺に何ができますか?」
「我々に協力してくれるのかね」
「今の話を聞いて、見て見ぬふりは出来ませんよ。矢野さんには恩義がある。俺のこともカルラのことも含めて。そして後藤もヤヨイも大切な友人です。失いたくはない」
「…ありがとう。本当に助かるよ」
「矢野さんも策士ですね。こうなることを予想していたのでは?」
リョウタの言葉に矢野はニヤリと笑った。
「そこは君を信じていた、と思ってくれ」
その言葉にリョウタが笑顔になった。
「それで、何をすればいいですか?協力すると言った手前でアレなんですが、長い期間ここに留まるわけにはいかないんです。俺はまだまだ弱い。もっと強くならなくちゃならない。コタロー、あ、飼っている猫のことですが、湖に置いてきたのでそれも気になりますし」
矢野は優しげな表情でリョウタを見ている。
リョウタは何故か、父親のことを思い出した。
「本当に成長したね、城戸君。君は生き残る。そんな気がするよ。ああ、すまない、変な話をして。そこは心配しなくていい。君にお願いしたいのは1つだ。明日の朝の配給に立ち会ってもらいたいのだよ」
「それだけ?ですか」
「その効果は計り知れない。明日の配給で連中が何をしてくるか分からないのさ。恐らくは戦力差をいいことに、我々の食料を奪おうとするだろう。だが君という戦力がこちらについていると知ったら?過激派の連中は私と君が仲違いをして、君が穏健派を抜けたものと思っているようだからね」
「あの矢野さん、過大評価されても困るのですが…」
「君こそ自覚した方がいい。もはや君はこのデスゲームにおけるダークホースなのだよ。他人の評価を気にして生きる必要は無いが、君は明確に評価されてしまっている。君がどう思おうと、だ。それに、君は月宮くんのパートナーだ。ナンバー3の影響力も期待できる」
矢野の言葉でリョウタの顔つきが厳しいものに変わった。
「矢野さん、カルラも一緒に、ということであれば返答は変わりますよ?」
「はは、見くびられては困る。いくら彼女が強かろうが、女性を矢面に出すほど落ちぶれちゃいないさ。連れて行くのは君だけ。彼女の存在は牽制の意味合いでしかない。だいぶ私の希望的観測も入っているしね」
「はー…。それなら大丈夫です。しかし、ガルシアにも関係があることなら、カルラには黙っておいた方がいいな」
安堵するリョウタを見て、矢野が穏やかに聞いた。
「…大切なのだね。月宮くんのことが」
リョウタは目を逸らさず答える。
「ええ、とても」
その後、リョウタと矢野はチャットアプリのフレンド登録をした。
いざという時、連絡が取り合えるように。
翌朝 5:30
リョウタはベッドからそっと起きだした。
カルラとはベッドは別だが同室である。
横のベッドからは微かな寝息が聞こえてくる。
ちなみにカルラはリョウタを意識するあまり、2時くらいまで寝付けなかった。
(よし、よく寝ている。配給の時間よりだいぶ早いが、今のうちに部屋を抜け出そう)
抜き足差し足忍び足で部屋を移動するリョウタ。
ドアまで辿り着いた時だった。
「どこ行くの?」
「ッ!!」
完璧に気配を殺したはずなのに、カルラは起きていた。
「や、やあ、おはようカルラ」
「ん、おはようリョウタ。なんか、あたしに気付かれないように部屋を出て行こうとしてなかった?」
彼女の勘と五感は野生の虎のように鋭い。
内心冷や汗だらけになるリョウタ。
(下手な嘘は逆効果だ!絶対にカルラにバレる!)
「ああ、言ってなかったけど、矢野さんに配給される食料の運搬を頼まれたんだ。ほら、後藤が負傷しただろ?矢野さんにはお世話になっているしさ。その手伝いに行くんだよ。そんなことでカルラを起こすのも悪いと思って」
嘘のコツは真実を織り交ぜること。
「カルラを巻き込みたくない」という思いが、嘘をつくのが苦手なリョウタを後押しした。
「ふ~ん…」
グリーンの瞳でカルラが見つめてくる。
(全てお見通しなんじゃないか?カルラには)
永遠にも思える10秒間。
「そ、分かった。でも、その仕事が終わったら湖に帰るわよ。コタローがお腹空かして待っているんだから」
「あ、ああ、俺もそのつもりでいるから」
「ん。あたしはもう少し寝るわ。あ、でも早く帰ってきてね?…その、行ってらっしゃい」
「え、なんだって?」
カルラの言葉は途中からゴニョゴニョしだし、最後の方は蚊の鳴くような声量だった。だが、リョウタには聞こえていた。もう一度聞きたくて、意地悪したのだ。
「だから!行ってらっしゃい。気をつけてねっ!」
そう言うと、彼女はガバッと布団に潜り込んでしまった。
「ははっ。うん、行ってきます」
笑顔でリョウタは部屋を出た。
6:40
リョウタは矢野とナンバー53の男性・渡辺とで配給場所の市街地入口に向かっている。配給場所へ向かうのは各派閥から3人ずつという暗黙の了解ができているそうだ。
「そういえば矢野さん、過激派からは誰が来るのか分かっているんですか?」
リョウタの素朴な疑問。
「いつもなら、ロジャーか須藤のどちらかは必ず来ている。あとは下っ端だね。『見る』こともできるが、もう到着するよ。ほら」
ビルの角を曲がったところで入口が見えた。
「なに!?」
矢野が驚愕する。思ってもみない過激派の面子がそこにいた。
ガルシア・ゴロフキン、如月クレア、シャオ・ウイリーの3名が。
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