第38話 ターニングポイント【慟哭】
駆ける。
レナの自室に辿り着いたが姿が見えない。
(くそ!何処に行った?)
リョウタの焦りが募る。
(…そうだ!矢野さんなら!!)
再び駆ける。
院長室に矢野はいた。
「矢野さんッ!!レナを探してください!」
部屋に突然入ってきて叫んだリョウタに矢野は驚いていたが、穏やかに聞き返した。
「どうした、城戸君。そんなに慌てて。レナくんに何かあったのかね?」
「レナが危険なんです!詳しく話しているヒマはないッ!説明は後でするので、すぐに【千里眼】で探してください!!」
「…分かった」
矢野はそれ以上聞くことなく、目を閉じた。
次に開けた時には瞳が赤く変わっていた。
矢野は能力を使い、3分以上レナの捜索を続けている。
やがて溜息とともにリョウタに告げた。
「駄目だ、見つからない。ここから1キロ以内にレナくんはいない。それ以上の距離だと、私の能力は及ばないのだ」
「じゃあ…!」
「しらみつぶしに探すしかないね。今からメンバーを選定して―――。おい!城戸君!?」
リョウタは駆け出した。
外に飛び出し、雨の中を走り続ける。
辺りは暗くなり始めていた。
レナの捜索から1時間が経過した。
完全に暗くなった市街地の中を懸命に探すリョウタ。
雨の勢いはさらに激しくなり、視界は非常に悪い。スーツはずぶ濡れになり、一歩踏み出すごとに靴からバシャバシャと水が跳ねてくる。
道の角を曲がったリョウタに、店舗の軒先で雨宿りをしているレナの姿が見えた。トレードマークのポニーテールを見つけ、安堵感でへたり込みそうになる。
リョウタはゆっくりとレナに近づき、レナもリョウタに気付いた。
「リョウ兄さん!?なにしてるんですかぁ?うわっ、全身ビショビショですよっ!」
「俺のセリフだよ…。お前こそ、こんなところで何してんだ?」
「え?あたしは待ち合わせで―――」
その時だった。
「あら、何故リョウタさんがいらっしゃるのですか」
黒崎アイの声。雨の中を笠もささずに歩いてくる。微笑みを浮かべたまま。
「アイさん、遅いよー。そろそろ帰ろうかと思ってたよっ」
「ふふっ、申し訳ございませんでした」
ヤヨイの助言が無ければ、何も気にしなかっただろう。だが―――。
「何をしに来た?アイ」
その声は冷たく、緊張していた。
「何とはどういうことでしょう?わたくしはレナさんと待ち合わせしただけですが?」
「こんな雨の日に、こんな場所でか?話すことがあるなら病院でいいだろ。アイ、本当のことを言えッ」
リョウタはポケットから拳銃を取り出し、アイに狙いを定めた。
「ちょっと!リョウ兄さん!?何しているんですか!!」
レナが大声で止めようとしている。
雨音だけが3人を包んでいた。
「…リョウタさん、そんなにもレナさんが大事なのですね。その気持ちを少しでも、わたくしに向けていてくれたら、このようなことにはならなかったでしょうに…。残念で仕方ありません。あなた様にだけは見られたくなかった」
「アイ…さん?」
「アイ!このまま帰ってくれ。脅しじゃない!レナに近づけば、本当に撃つッ!!」
「本物の愛情を止めることなど、誰にもできません。それを今から証明いたします」
リョウタの手が震える。
心臓が痛いくらいに暴れている。この島に来て嫌になるほど味わった緊張とは違う。殺されるのではなく、人を殺すかもしれない緊張で。
まして相手はリョウタを愛している人物。
(殺せるのか、俺は?アイを―――)
「殺せませんよ、リョウタさんはわたくしを。あなた様は守る人。殺す人ではございません。守る意志の強さ。そこにわたくしは惹かれたのですから」
(な…?なんで、分かった…?)
「分かるのです。そういう能力ですから」
(能力だと!?)
リョウタのまともな思考はそこまでだった。
「ですが誤解なきよう。これからレナさんを殺めますが、それは『わたくし』ではございませんので」
「…何を言っている?さっぱり意味が分からない!さっきからずっとッ!」
「…すぐに分かります」
アイの表情から微笑みが消える。
次の瞬間、アイは再度笑った。だが種類が違う。餌を前にしたカマキリのような笑み。瞳の色は血を塗りたくったような赤。あまりにも今までと違いすぎた。
「な……」
「驚いて声も出ないってか?カカカッ!しかし『アイ』のヤツも、こんなもやし野郎のどこがいいのか、オレには理解できねーな」
言葉遣いも雰囲気も、何もかもが違う。
小さな声でレナが問うた。
「アイさん…なの?」
「ちげーよ。オレは『レン』だ。まぁテメーは覚える必要はねー。今から死んじまうんだからよ」
そのセリフで、リョウタは茫然自失となった自我を叩き起こした。
「やめろッ!そんなことはさせない!!」
「カッカ。テメーにオレを止められんのか?無理だね。何もできない、無力なテメーにはよ」
タンッ!
アイ、否、レンの身体が一瞬でリョウタに肉薄する。
(はや―――)
カツッ
(あれ―――?)
見えている景色が歪む。足に力が入らなくなり、リョウタは崩れ落ちた。
レンの掌底がリョウタの顎先に入り、脳震盪を引き起こしたのだ。
「リョウ兄さんッ!!」
駆け寄ってくるレナ、そしてサバイバルナイフを持ったレンがリョウタの目に飛び込んできた。
力が入らない身体を意志でねじ伏せる。震えながら銃口をレンに向ける。
「うおおオオォ!!」
パンッ!
奇跡的にも銃弾はレンの頭部に飛んでいく。だが―――
ギャリイイィィン!!
ナイフによって弾かれる―――
そこからはスローモーションに見えた。
白刃がレナの首筋に迫るのを、リョウタはコマ送りのように見た。
(やめろ!!やめろやめろやめろッ!動け!!動け動け動けぇッ!)
左手を必死に伸ばす。
ナイフが左手を貫通した。
だが、軌道を少し変えただけで、レナの首筋に吸い込まれた。
血しぶきをあげながら倒れこんでくるレナをリョウタは抱きしめた。
「あッ!あああああああァッッ!!レナッ!!」
止血するため、レナの首筋を右手で押さえる。
が、血は止まらない。レナの鼓動とともにリョウタの手が血に濡れていく。
「お涙頂戴のドラマみてー。おい『アイ』、オレは引っ込むからよ。変われ」
次の瞬間、瞳の色は黒に戻り、無表情のアイがいた。だが、リョウタの顔を見た瞬間、その表情は驚愕へと変わった。
リョウタの瞳が赤く変わっていた―――。
アイは少しの間リョウタを見つめていたが、踵(きびす)を返して立ち去っていく。
「頼む!レナッ、死なないでくれ!!おいッ!すぐに矢野さんのところに連れていくからッ!!」
降りしきる雨の中、リョウタの叫びが響いていく。
レナはぼんやりとリョウタを見つめていた。
「…リョウ兄さん、泣かないでくださいよぉ」
「え…?」
リョウタは泣いていた。
大粒の涙が雨の流れの中に消えていく。
そしてレナは微笑んだ。かつてのルナのように。
「…絶対に、死なないで、くださいね」
そう言ってレナは目を閉じた。
雨の中、リョウタの慟哭が響いた。
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