第39話 ターニングポイント【決意】
レナの遺体は病院の中庭に埋葬された。
簡素な石を置いただけの墓標―――。
あの夜、リョウタは冷たくなったレナを病院まで運んだ。
レナの姿を見たヤヨイは一晩中泣き続けていた。
姉妹のように仲が良かったレナの死は、ヤヨイの心を大きく抉(えぐ)った。
ヤヨイ以外にも涙を流したサバイバーが何人もいる。
デスゲームという状況下でも明るさを失わなかったレナは、多くの人に慕われていた。
それから1日が経過した11日目の朝
リョウタは院長室で、矢野にレナの死の真相を淡々と説明した。
「…そうか。まさかアイくんが。言葉にならないよ…」
あれからアイは姿を消している。
「それで城戸君、君が負った傷は大丈夫なのかね?手をナイフで貫かれたのだろ?」
「…大丈夫です」
そう言ってリョウタは左手を見せた。
既に傷口がふさがりかけている左手を。
「そんな馬鹿な…」
「矢野さんが言った通り、俺は異端者でした」
そう言うリョウタに、喜怒哀楽の感情は窺えない。
リョウタ自身、どこかで変だとは思っていた。
それは地雷の負傷だけではない。ファーストミッション後の過去最大の筋肉痛が数時間の睡眠で良化したこと。何よりもルナとのバイク事故だ。リョウタに怪我一つ無かったが、服はボロボロだった。
常人ではあり得ないことだ。
無意識に能力を使っていたとしか、今は思えなかった。
「俺の能力は【自己治癒】でした。それが昨日自覚できた。能力のことも感覚を得た。まだ自分ではうまくコントロールできませんが」
「そうか…。喜んでいいものか分からないね…」
リョウタが本題を切り出した。
「矢野さん、俺は病院を出ていく。穏健派を抜けるつもりです」
「…随分と唐突だね。理由を聞いても?」
「単純ですよ。強くなりたいからです。弱いままじゃ大切な人を守れない。オレは2度も失った!もうこれ以上失いたくない!」
「……。ここを出て何処にいくつもりだね?」
「カルラのところに行こうと思っています。彼女は強い。ナンバーも3ですから」
「アイくんよりもナンバーが上、だからか?君は復讐をしたいのかね?」
「…このままじゃ終われません」
「レナくんが復讐を望んでいると思っているのか?」
その言葉はリョウタの頭を沸騰させた。
罵詈雑言を浴びせたい気持ちをかろうじて堪える。
「…あなたには分からないだろうし、分かってもらおうとも思いません。レナのリュックサックを貰って行ってもいいですか」
「…分かった。好きにしたまえ」
「恩返しもできずに、不義理ですみません」
そうしてリョウタは病院を出ていった。
矢野以外には挨拶をすることもなく。
時は少し巻き戻る。
デスゲーム開始10日目
レナの遺体を病院に運んだリョウタは、自室で張り裂けそうな自責の念を感じていた。ベッドに腰掛け、両手で掻きむしるように頭を抱えている。一睡もせずに。
(まただ。また守れなかった!レナ、ごめんな。本当にすまない)
涙が滲んでくる。
一晩中、苦悩は何度も繰り返された。
(…なんて、無力なんだ。アイの言う通りじゃないか。オレは…無力だ)
『誰かを守れる男になれ』
父親の言葉が蘇る。
(無力じゃ、誰も守れない。…俺の罪は無力だったこと。無力は…罪だ)
ルナとレナ、2人の最期が網膜に焼き付いている。
2人とも微笑んで死んでいった。
そしてレナの遺言。
(生き残る…!強くなる…!そしてアイには償ってもらうッ!)
悲しみの果て、リョウタの出した答えだった。
病院を出たリョウタはカルラがいるキャンピングカーに向かった。
辿り着き、ドアを乱暴にノックする。
「カルラ!俺だ、話がある!」
「…リョウタ?ちょっと待って」
ガチャリとドアを開けたカルラに、リョウタは拳銃を突き付けていた。
「…どういうつもり?」
瞬時にカルラが戦闘態勢に入る。
同時に途轍もないプレッシャーがリョウタを襲った。
今までのリョウタであれば、後ずさったに違いない。
だがリョウタは表情一つ変えていない。
「カルラは拳銃を持っている相手に勝てるか?」
「勝てるわね」
即答された言葉に、リョウタは銃をおろした。
「…すまなかった。でも、その答えを聞きたかったんだ」
臨戦態勢を解いたカルラが怪訝な顔をする。
「なんなの?」
リョウタは両手を地面につけて頭を下げた。
「俺を強くしてほしい。何でもする!…頼む」
土下座したまま動かないリョウタをカルラはしばらく見つめていたが、一言で返答した。
「…甘やかしたりしないからね」
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