第24話 セカンドミッション④死の行軍

重いリュックサックを背負って森の中に入って行く一行。


森の中は樹々が密集し、草原と比べるとかなり薄暗い。

樹木は大きく長く、熱帯雨林に迷い込んだかのようだ。日本の森とは思えない光景。これも人工的に造られたのだろうか。


どうしてもファーストミッションの記憶がよぎる。

回避不可能な数々のトラップが。

上下左右に注意を払いながら、ゆっくりと進んでいく。


誰も話そうとはしなかった。



【7:28:44】


ミッションスタートから30分経過。


慎重に歩いているが、今のところ罠は無い。

代り映えの無い景色が続いている。


リョウタの息は乱れ始めていた。


(くそ、時間に余裕はあるけど、その分キツイとは思わなった…)


一般的に人間の集中力の持続時間は90分が限界と言われている。だが、90分間ずっと集中できるわけではない。集中力の波は15分周期になっており、集中と弛緩を繰り返している。


ましてやリョウタが身を置いている環境は、生きるか死ぬかの極限だ。集中力の削られ方が尋常ではない。


更に10分ほど進んだところで一条が言った。


「…少し休憩しよう」


水野が笑いながら答える。


「ははっ、良いね、ナンバー1くん。今のところ罠も無く、進んでいるしね」


だが反論する者がいた。


「自分はまだ大丈夫っすよ。もうちょっと進みましょうよ!」


ナンバー59のジムインストラクター、飯田だった。


「…お前は大丈夫だろうが、周りを見ろ」


他のサバイバーは息が上がっている者ばかりだ。飯田と一条とカルラを除いて。飯田には周りが全く見えていなかった。飯田は渋々ながら頷いた。


「…分かりましたよ」


リョウタはリュックを地面に置き、木の根元に座り込んだ。それからペットボトルを取り出し、のどを潤す。


水や食料の消費により、昨日よりも荷物が軽くなっているとはいえ、まだ18キロほどの重量がある。そして森の中という悪路。集中力と同時に体力も削られている。極めつけはコンディションの悪さだ。筋肉痛の痛みが身体を蝕んでいる。


(ファーストミッションと真逆だ。昨日が短距離走なら、今日は長距離走だな)


滴り落ちてくる汗を拭っていると、声がかけられた。


「もうバテてんの?オッサン」


カルラが揶揄(からか)うように近づいてきた。


リョウタは驚いた。カルラの呼吸は全く乱れず、汗一つかいてない。


「ええ、まあ。月宮さんは余裕そうですね」


「言った通りだったでしょ。あたしは強いって。鍛え方が違うのよ」


得意げな顔でカルラは返す。リョウタは素朴な疑問を投げかけた。


「なんでそんなに強いんですか?いや、どうして強くなったんですか?」


「……!」


カルラの顔つきと雰囲気が変わる。敵と対面したかのように。


(不味いッ!地雷だったか!?)


慌てて発言を取り消そうとしたリョウタにカルラは言った。


「アンタには関係ないッ!」


そのまま離れていってしまった。


少し仲良くなれたと思っていたのに、元の木阿弥だ。


(あの子の取扱説明書、誰か作ってくれないかな…)


リョウタは溜息をついた。



【7:06:28】


10分の休憩が終わった。


再出発する前に一条が皆に話し始める。


「聞いてくれ。目的地までの距離が分かった。全行程は約25キロだ」


「!?」


リョウタたち一同は目を見開く。


「ははっ、ナンバー1の君がそう言うんだ。信用はするけど、根拠を教えてくれないかな?」


水野の言葉に、一条は無感情に説明する。


「歩数だ。歩数と歩幅から計算した。地図アプリの現在地の推移と照らし合わせてな」


(なんてヤツだ…!!)


リョウタは畏怖の念を持った。


デスゲームという状況下において、今までずっと歩数をカウントしていたなんて!


しかも思いつきではない。一条はセカンドミッションが始まる前から攻略に重要なファクターとなる距離の計測方法を考えていた。罠の発見と距離の計測というマルチタスクを行いながらも、一条に疲労した様子はない。


(これが…、これがナンバー1の実力かっ!俺からは遠すぎる…)


一条は話し続けた。


「ここまで約3キロ歩いてきた。残りは7時間で22キロの道のり。平均にすると時速3キロのペースで間に合う」


「それなら余裕っすよ!大人なら普通、時速4、5キロはあるっす!」


興奮した飯田が大声をあげる。


「何も無ければ、の話でしょ」


水を差したのはカルラ。


「…そうだ。荷物の重量と罠の発見を考えると、出せるのはせいぜい時速4キロだろう。休憩もあるしな」


そう言って一条は話を締めくくった。


リョウタの心に希望の灯がともる。


(一条がいるなら…。このミッション、死者ゼロでクリアできるかもしれない…!)



それから一行は歩き続けた。

途中で何度か休憩をはさんでは歩き続けた。


疲労はあるが心は軽くなっている。

一条の的確な状況判断、何よりもその頼もしさが支柱となって。


更に拍子抜けするほど、全くトラップが無い。


「セカンドミッションは精神力と持久力を試すものではないか」という思いが広がる。


唯一あったトラブルは内輪もめだった。


水野がカルラに近づき、カルラの逆鱗に触れたのだ。カルラは本気で水野を攻撃しようとしたが、リョウタと一条の制止により最終的には思いとどまった。



【1:11:09】


「おいっ、はっは!森を抜けるぞ!」


水野が叫んだ通り、一行はジャングルのような森から解放された。

抜けた先は平原であり、遠くにビルやマンションなどの市街地が見える。


「うおおおっ!目的地っすよ!!」


飯田が雄叫(おたけ)びをあげる。


残りの距離は2キロを切っている。


(あと、ちょっとだ…!)


リョウタに口を開く元気は、もうない。

だがフルマラソンを完走する直前のような喜びが湧き上がってくる。


残りの行程は目視で確認できる。


平原は1キロほど続き、その後数百メートルの砂浜となっている。その先はアスファルトの道路が走っており、市街地の入口に、すなわちゴールに繋がっている。


視界は完全に開けている。森の中のように死角からの罠を気にする必要もない。


一行が歩くスピードは自然と早まっていた。


他のサバイバーもようやく緊張から解放されたようだ。

今まで喋らなかった名前も知らない人々が雑談を始める。


平原を抜け、砂浜に入った。

足を取られるが、森の悪路と比べれば、どうということもない。


その時だった。


爆発音が鳴り響いたのは。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る