ラストサバイバー【人工島「楽園」におけるデスゲーム&サバイバル】

時雨

第1章 転機

第1話 オヤジ狩り狩り

ドスッ!


鈍い音がして拳が腹にめり込む。胃酸が込み上げてくるのを何とか飲み込んだ。


「ぐ、今カネは渡したでしょう?もう許してください」


スーツ姿のサラリーマンは悲痛な顔で男たちにそう言った。

一方の男たちはニヤニヤしている。


「は?たった3,000円で何言ってんだ、このオヤジ!」


今度は膝が脇腹に突き刺さった。


時刻は深夜、場所はコインパーキングの奥。

スーツ姿のサラリーマンの体は瘦せ型。

対して男たちは3人いる。年齢は十代後半で、みなサラリーマンよりガタイもいい。


彼我の戦力差は誰が見ても明らかだった。


「ただの憂さ晴らしさ。恨むなら弱い自分を恨むんだなぁ。オラ!」


アッパーカットが顎に直撃し、後頭部からアスファルトに倒れこんだ。

脳が揺れ、耳鳴りがする。


(不味い。当たり所が…)


死の恐怖がよぎる。もう何も失うものなんてないのに。


その時足音が聞こえてきた。こちらに向かってきてる。

しかし通り過ぎてしまうだけだろう。この場所は道から死角になっているからだ。

何よりもこの状況下で助けに入る酔狂な人間はいない。


足音が止まる。不意に声が聞こえた。


「おい」


フォンと風を切る音のあと、男の一人が倒れこんだ。

混乱した頭でサラリーマンは思う。


(何が、起きてる?)


一瞬、2人の男も何が起きたか理解できなかった。

次の瞬間激高する。街頭の照明で逆光になっている人影に向かって怒鳴った。


「誰だてめーはっ!!」


「オヤジ狩り狩り」


トッ


人影は重力を感じさせない動きで踏み出すと、近くにいた男に向かって跳躍した。

飛び膝蹴りが男の顎にクリーンヒットする。

男の体は宙に浮き、ドドオという音とともに崩れ落ちる。


動きが速すぎて、常人に見えたのは男が倒れ始めたあたりからだった。


2人の喧嘩自慢仲間が一瞬で倒された。

流石に最後の男は焦り、余裕が少しも無くなった。


「な、なんだよ急に。勘弁してくれよ。なぁ」


人影がようやく光に照らされる。


上半身は大きめのグレーのパーカー、下半身はスキニージーンズ。

パーカーのフードを目深に被っており、表情は窺えない。

ただ思ったより遥かに小柄だ。身長は170センチに満たないだろう。


パーカーの闖入者は「フー」と溜息をついた。


「ただの憂さ晴らしさ」


そう言うと、最後の男へと無造作に歩き始めた。


男はじりじりと後退しながらも、右手でポケットをまさぐっている。

ポケットからナイフを取り出し、相手に見えない位置で構えをとった。


後ろにいたサラリーマンからは全てが見えていた。

響く痛みに堪えながら叫ぶ。


「あ!そいつナイフを―――」


丁度叫んだタイミングで繰り出されるナイフ。

白刃がパーカーの腹部へと迫った瞬間、ナイフは手から弾け飛んだ。

ナイフより速く、パーカーの左拳が『鉄槌』で上から下に振り下ろされ、ナイフを持った握り手部分を直撃したのだ。


パーカーの右拳は既に脇下に構えられている。

防御と攻撃は一呼吸のうちに行われた。


「せあっ!」


正拳突きが鳩尾に繰り出される。


ズドオッ!


男は吐瀉物をまき散らしながら地面に沈んだ。

とても我慢できる代物ではない。

サラリーマンが喰らったパンチの数倍の威力があるだろう。


(か、空手?)


唖然とするサラリーマンにパーカーが向かってくる。


相手の正体も目的も行動原理も分からないのだ。

攻撃される可能性は十分ある。圧倒的な武力で。

不安に思いながらサラリーマンは口を開いた。


「あ、ありがとうございます。助けてくれて」


「別に助けたわけじゃないよ、オッサン」


1メートル前でその人物は立ち止まり、フードをおろした。


その光景をサラリーマン、城戸リョウタは一生忘れないだろう。

中から出てきたのは女。それも若く美しい女だった。


肌は白く、銀色の髪は肩あたりまでのミディアムショート、気の強そうな瞳の色はグリーン。しかし童顔で日本人の柔和さも持ち合わせている。


(外国人じゃなくてハーフ?しかもまだ高校生くらいか?)


「いつまで見てんの?」


惚けて思った以上に見てしまったようだ。リョウタは慌てて言った。


「あ、すみません。あの、本当に助かりました」


「言ったでしょ、助けたわけじゃないって。礼は要らない。あたしは自分の目的のためにやっただけだから。そこ勘違いしないで、オッサン」


「オッサン…。あの、私まだ30なんですけど…」


「立派なオッサンじゃない。だからこんな連中にオヤジ狩りされんのよ。しかも弱いし」


「見てたんですか!?」


「ええ、情けなーくお金を渡すところからね」


クックッと思い出し笑いし始める名も知れぬ女に、リョウタに恥ずかしさと怒りが込み上がる。


「だったらもう少し早く助けてくれても!」


それを聞いて女は冷め切った目を向けた。


「何言ってんの?全てはアンタが弱いのが悪い。違う?結局、弱肉強食ってこと」


言葉に詰まる。何も言い返せない。

このクソガキ!と思うだけで精一杯だ。


「じゃあね。クソザコオヤジさん」


女はリョウタを一顧だにせず、夜の街に歩き出した。


リョウタはその姿を見ながら複雑な感情に襲われた。

あの女がムカつくヤツなのは間違いない。

でもそれより腹が立つのは、何も出来ず、そんな女に助けられた自分自身だった。

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