第144話 初舞台

 直史はレギュラーシーズン中は、ほぼ完全に先発ローテに入っていた。

 基本的にローテの投手は中六日、今年の直史のように無茶をしても中四日である。

 まだプロ二年目の直史はそのため、パの球団のホームでは、投げたことがない球場が多くある。

 交流戦でもそれなりに投げているのだが、宮城スタジアムと札幌ドームでは投げたことがない。

 大阪ドームは夏の甲子園期間中などに、ライガースを相手に投げているが。

 そして実は福岡ドームでもまだ投げたことがなかった。

 オープン戦でドームの中にまでは入ったのだが、登板はなかったのだ。


 第一戦で投げた直史は、粘られたとは言っても100球も投げていない。

 第二戦とその翌日が移動日で、直史もチームに帯同している。

 中二日で先発、という無茶はしないが、もしも試合の終盤に一点差でリードなどしていたら。

 クライマックスシリーズでライガースが味わった絶望を、今度はコンコルズが味わうことになるのかもしれない。


 どうせなら地元優勝が、盛り上がっていいなと思う直史である。

 去年は最終戦までもつれたため、埼玉ドームで優勝を決めることになった。

 神宮は直史にとっては、もう甲子園より馴染み深い場所になっている。

 出来ればあそこで優勝をとも思うが、別にリーグ優勝は神宮でも決めているし、そこまでこだわることでもない。

 さっさと優勝を決めて、ポスティングを表明して、MLBのチームとの交渉に入らなければいけない。

 もっとも事前の交渉として、ほぼ決まってはいるのだが。


 アナハイム・ガーディアンズ。

 ロスアンゼルスの近郊にある都市で、銭が出て行くテーマパークの本拠地があったりもする。

 治安もいいし住民の幸福指数も高いというわけで、直史はそこでいいだろうと思っていた。

 レックスに入る前の茶番に、付き合ってもらったという縁もある。

 今年はポストシーズンに出るほどの成績ではなかったが、20勝してくれる先発が一人増えれば、そこまで勝ち進むのは不可能ではないだろうというチームだ。

 もっともMLBのチームは一部の名門を除いて、一気にチーム力がダウンしてしまう場合もあるのだが。


 先のことを考えすぎである。

 気持ちよく日本を出るために、ここで日本一になっておこう。

 なんだかんだとレックスは連覇のないチームであるし、いい思い出になるだろう。

 ただこのままだと日本シリーズMVPは、バッティングでの貢献が目立つ樋口になりそうだが。


 インセンティブに日本シリーズMVPが入っているので、出来れば取っておきたかった。

 だが樋口も同じ条件のインセンティブがあるらしいし、後で高い飯でも奢ってもらえばいいだろう。

「そう思っていた頃が俺にもありました」

 ブルペンで肩を温める、佐藤直史(28)である。




 二連敗してホームに戻ってきたコンコルズだが、パではこの20年以上、有力チームとしての地位を確立している。

 強ければ地元で人気が出る、というのを体現しているのはまさにコンコルズだろう。

 九州に本拠地のあるコンコルズがそんなに強い理由は、海外とのチーム、つまり韓国や台湾との交流戦も行ったりするからだ。

 日本のチームの方がリーグとしてはレベルが高いのだが、それでも東アジアのトップ勢ならば上回るところもある。

 異質な強さを吸収するのが、コンコルズの強さの一つと言える。

 あとは単純に育成に金をかけていることもあるが。


 日本シリーズ第三戦は、レックスの先発は佐竹である。

 クライマックスシリーズの先発では唯一の負け星がついているが、豊田の負傷によるものなので、それは仕方がない。

 だが結局勝ち星がつかなかったという佐竹は、ここで勝つのだと気合を入れていた。


 やはりピッチャーというのは、シーズンの中で普通にローテを回すよりも、ポストシーズンの中で一試合に集中する方が燃える。

 自分が抑えることによって、そのままチームの勝利にダイレクトに貢献するからだ。

 直史がブルペンにいるのは、あくまでも福岡ドームの雰囲気に慣れるため。

 終盤のリリーフ陣は豊田も戻ってきていて、出番はないと思っていたのだ。


 効果的に使うならば、やはり先発である。

 絶対に点を取られないピッチャーというのは、無敵の駒としてどう扱うかが、首脳陣の役目となる。

 コンコルズも連敗の後のホームゲームだけに、気合は入っている。

 そして直史相手にエースクラスを使わなかったため、ここでは絶対に勝つべしと気合だけでなくしっかりとエースクラスを出してきている。

 もっともそれでも、ピッチャーとしての実力は佐竹とほぼ同等。

 つまりピッチャーの能力が同じなら、あとはキャッチャー次第である。




 直史は基本的に、今のNPBで一番のキャッチャーは、樋口だろうなと思っている。

 リードなどは竹中も相当のものだが、肩の強さでは明らかに優っている。

 もっともそれも全て、スローイング動作の効率化であって、高校時代もピッチャーをやっていた樋口は、ゾーンを外すボールが投げられなくて苦労したそうだが。


 コンコルズの正捕手も、かつて名捕手と呼ばれた二ノ宮も引退し、今は高卒五年目の北原が一番手となっている。

 まだポジション争いをする相手がいて、それによってより技術を磨いている。

 コンコルズも金をかけても、なかなかキャッチャーの育成だけは上手くいかない。

 それだけ育てるのが難しいポジションなのだ。


 ピッチャーほどではないがインサイドワークなども含めて守備力が重要となる。

 そのためある程度は打てなくても仕方ないと思われる。

 樋口のような打撃タイトルを取るキャッチャーは珍しいし、樋口も相手のピッチャーを読んで、バッティングを行っている。

 よって圧倒的なパワーで何も考えずに投げられると、上杉を相手にした時のように、凡退してしまう。


 舞台を福岡ドームに移したため、DHが使える。

 このためピッチャーは限界まで引っ張れるが、攻略しなければいけないバッターも一人多くなる。

 その中ではまだしもキャッチャーは打てないほうなのだが、打てるのに八番などに入っているキャッチャーもいる。

 北原はかなり打撃も優れていて、それでいて普段はキャッチャーの仕事に専念するため、下位打線に入っている。


 DH制のことも考えて、樋口はリードを普段より慎重にする。

 出来る限り佐竹か金原のどちらかで、三勝目を取りたいのだ。

 これに失敗すると第五戦では、先発四天王よりはやや劣る古沢が投げることになるだろう。

 もっとも四枚目となると、コンコルズの方もピッチャーの能力はさすがに落ちてくるが。




 試合の展開はややレックスの方が優勢ながら、点差はついていない。

 互角のままに試合は進んで、これがいつものセ・リーグの試合なら、佐竹のところで代打という場面もあった。

 だがDHはレックスも当然ながら使っているため、佐竹は投げることに集中できる。

 この状況ではピッチャーの能力を最大限に活かすため、キャッチャーの思考量も多くなる。

 樋口の割り振れる思考リソースは多いが、さすがに有限である。

 キャッチャーかバッティングか、ある程度はどちらかに偏らざるをえない。


 そんな樋口が監督に進言して、そして今日は見学だなとブルペンでぐ~たらしていた直史に声がかかったわけである。

 クローザー。

 経験はそれなりに豊富だ。

 クライマックスシリーズでもやったし、国際大会では12イニングパーフェクトという記録を作ったのが高校二年生の時の話だ。

 もっとも直史としては、試合全体を通して組み立てていくタイプのため、クローザーが向いているとは思っていない。

 ただ、それでも他の者よりは出来る、と思われたわけだ。


 打球を受けた影響もあって、豊田の調子が上がっていない。

 なので利根、鴨池の二人が後ろを固めることになる。

 佐竹なら七回までは投げられそうな気もするが、コンコルズは終盤のピッチャーが強い。あるいはレックスよりも。

 なのでリードしたら細かく継投し、そのリードを保つことが、勝利への確実な道かと思われた。

 第一戦も第二戦も、終盤まで一度もリードを許していない。

 それが勝つために必要なことかな、と思われている。


 そして佐竹は、六回までを一失点で投げた。

 ややコントロールが乱れたところで、利根に交代。

 本来ならクローザーの鴨池を八回に持ってきて、回またぎで投げさせるのかなというところで直史のコール。

 観客席からは歓声よりも悲鳴と、そして絶叫が多く聞こえた。




 リリーフ、特に勝ちパターンのリリーフにとって、必要な素質というものがある。

 ただそれもレギュラーシーズンとポストシーズンでは、重要度が変わってくる。

 ペナントレース中のリリーフは、おおよそ毎試合必要になる。

 平均的に先発は六回まで、七回以降はリリーフが投げる。

 勝っている試合と負けている試合、あるいは同点の試合では投げるピッチャーが違う。

 レックスのように圧倒的に勝っている場合が多いと、勝ちパターンのピッチャーが増えてくる。


 この場合に必要なのは、まず回復力と耐久力だ。

 いくらいいピッチャーでも、すぐに壊れてしまったり、疲労が抜けないと問題がある。

 この二点がリリーフとしての基礎的な能力となる。

 そして次が安定感だ。


 リリーフは勝っている状態で投げるので、当然ながら点を取られてはいけない。

 また点差がある程度あるなら勝ちパターン以外のピッチャーを使っていくが、そこからピンチを招くこともある。

 この時に火消しをする能力も求められる。

 これは三振奪取力と、四球を出さないコントロールである。


 ペナントレース中はどちらかというと投げ続けることが、そしてポストシーズンになると確実に抑えることが、重要となってくる。

 K/9 BB/9 K/BB といったあたりの数値が重要になる。

 ランナーがいれば内野ゴロや外野フライで打ちとっても、タッチアップなどで点を取られることもある。

 なので野手の守備機会がない、奪三振でアウトを取ることが好ましい。


 直史は今年、武史が離脱してくれたおかげで、奪三振のタイトルも取っている。

 ペナントレース中の平均奪三振率が13.05と、充分に先発投手としてはおろか、リリーフ投手を含めても怪物レベルである。

 だが上杉と武史は、これよりもさらに多いのであるが。

 そんなわけで八回までリードしていたレックスは、直史をクローザーに投下したのだ。




 初対決はピッチャー有利。

 だが直史は第一戦で、ある程度対決をこなしている。

 しかし直史の変化球は、一打席だけで体験できる量ではない。

 ランナーが既にいる状態であれば、また打ち取る方法も考えなくてはいけなかったろう。

 だがイニングの初めからであれば、普通に内野ゴロを打たせてアウトにすればいい。


 バッターは二番からの打順で、だからこそベンチは直史を投入したとも言える。

 3-1の二点差というのは、ワンチャンスで逆転出来るのだ。

 そして直史はピンチになってから力を発揮するタイプではなく、ピンチすら演出させないタイプだ。

 だが珍しく、この場面では先頭打者はまず三振。

 そして三番柿谷に対しても、ゾーンにスピードのあるボールを投げ込んでいく。


 直史は緩急を使う。

 そういうデータは実際にあり、それを頭の隅に置いて、バッターも待っているだろう。

 柿谷はかなり感覚型のバッターと言われているが、やたらとバッターボックスの中で上下にリズムを取ることは、実のところかなりピッチャーのリリースにタイミングを合わせていると言える。


 その柿谷に対し、この場面での直史は、かなり広いコンビネーションが使える。

 なにしろホームランを打たれても、まだリードしているのだ。

 内角高めにストレートを投げて、それを打ち損じさせてカウントを稼ぐ。

 そしてまた危険な内角に投げて、ストライクを取る。


 追い込んでからどう勝負してくるのか。

 ストレートの後に投げるのは、やはり一番得意なカーブか。

 あるいはストレートの後にスルーを投げられたら、その変化についていけないのではないか。

 色々と考えて、そして柿谷はそれを捨てる。

 投げられた球に反応して打つしかない。

 直史は無駄にボール球は投げないのだ。


 樋口のサインに対して、直史は頷く。

 小さなテイクバックから、充分に加速してリリース。

 そのボールは、高めのストレート。

 打てると判断した柿谷のスイング。

 だがボールはわずかにバットをチップしたものの、そのまま樋口のミットに収まった。

 球速は151km/h。

 直史の球速としてはおかしくはない。

 だが明らかに、球が伸びた。


 最初のインハイのストレートも、同じ151km/hであった。

 だが明らかにボールの質が違った。

 首を傾げる柿谷であるが、これでツーアウト。

 あと一人となる。




 この日の直史のピッチングは、珍しいものであった。

 クローザーだからという理由でもないだろうが、二者連続三振。

 そしてラストバッターになるかもしれない四番を迎える。


 今年30本を打っている助っ人外国人であるが、直史の変化球には全くタイミングが合っていない。

 そんな四番打者に対して、直史はスプリットから入る。

 内野ゴロ狙いであったのだが、ファールグラウンドへと切れていく。

 続くスライダーは空振り。

 ツーストライクと追い込んだ。


 最後に投げるのは、はやりこれもストレート。

 そして同じように、バットの上にかすって、そのままミットの中に入った。

 スリーアウト。

 三者三振で、直史はこの試合を終わらせたのであった。


 三連勝。

 日本シリーズでは、大介が一年目のルーキーの時に、日本シリーズを四連勝で終わらせている。

 だがそれ以降は四連勝のスウィープで終わったことは、久しくなかった。

 ここまでの三戦で、レックスとコンコルズの得失点は8-1とコンコルズの投手陣はそれなりに奮戦している。

 問題なのは打線であって、一点しか取れていないというのは、あまりにもひどすぎる。

 とは言っても直史と武史が、どちらも自分の担当イニングを、無失点に抑えているのが大きい。

 次に投げるのは金原で、これもまた打ち崩すのは難しいピッチャーである。


 いい感じだな、と満足していたのはセイバーだ。

 この時期アメリカでは、まだワールドシリーズは開始されていない。

 だが自分の利益と直接つながっているレックスは、優勝に王手をかけている。


 この第四戦で二点までに抑えられてしまえば、コンコルズはNPBにおける、最少得点を記録してしまう。

 だがレックスの方も、圧倒的に得点は少ない。

 史上稀に見る投手戦であり、レックスの投手力と守備力が高すぎる。


 野球はホームランが出まくって、お互いに得点するシーソーゲームの方が、目に見えて派手である。

 しかし一点を必死に取りに行くこの日本シリーズは、またそれとは違った魅力があった。

 ただどちらも打撃力はそれなりにあるはずだったのに、追い詰められたコンコルズはもちろん、追い詰めたレックスの方も、間違いなく得点が少ない。

 三試合で八得点というのは、下手をすれば三連敗していてもおかしくない。

 だがそれで三連勝しているのが、今年のレックスなのだ。


 直史に引っ張られるように、去年も今年もピッチャーの成績は高い。

 それぞれのチームのピッチャーによる、相手打線封じ。

 コンコルズにしても試合終盤のリリーフは、もう一点差ぐらいで負けていても、勝ちパターンのピッチャーを投入するしかない。

 日本シリーズがあまりにもあっさりと、終わろうとしていた。

 ストーブリーグの盛り上がりを、既に期待している者たちが多かった。

 まだ大きな波乱が残されているとも知らずに。

 それは波乱というにはあまりにも、センセーショナルな出来事になるのだが。

 企画した人物も、内容を知る人物も、まだ多くはない。

 びっくり場子を開けるのは、もう少しだけ先のことである。



×××



 ※ 群雄伝先行公開版 投下しています。

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