第112話 不死鳥
今年のフェニックスは、ひょっとして強いのではないだろうか。
確かに順位的に三位につけているのだから、弱くはないのだろう。
そして開幕三連戦をレックス相手に勝ち越し、この三連戦でも先に二連勝している。
佐竹、吉村と、リーグ内でも好投手として知られる二人。
三タテを食らわせれば、一気に首位を走るレックスを落とせるのではないか。
「そんなことを思っていたときもありました……」
遠い目をして、フェニックスの轟監督は呟く。
前の試合では西郷にホームランを打たれた直史。
この三連戦から正捕手に樋口が復帰しているのに、チームは二連敗してしまっていた。
五回三失点の吉村はともかく、佐竹は六回三失点のクオリティスタートなのに負け星。
樋口はリードなどの点は戻したが、バッティングでの快音が聞かれなかったのだ。
ただ、それでも他の打者のところで、一点以上は取っている。
ならばこちらも一点もやらなければ、それで勝てるというものだ。
そう思ってちょっとはりきってしまった直史は、九回を終えてノーヒットピッチング。
内野安打扱いされても仕方ないかな、というエラーが一つあっただけで、2-0と勝利していた。
直史はこれで四月度の成績が、五戦五勝三完封。
ノーヒットノーラン一回、パーフェクトゲーム一回、マダックス三回。
チームとしても17勝8敗で、ペナントレースはトップを走っている。
おそらく当たり前のように、月間MVPには選ばれるのだろう。
野手の方では、ものすごい勢いで打点を増やしている、西郷が獲得しそうである。
二軍で一試合はこなしたとはいえ、やはり一軍でのプレイは勝手が違うのか。
樋口の不調に顔を曇らせる布施であるが、当の樋口は特に動揺したところもない。
ただ今年のクライマックスシリーズは、ライガースよりもフェニックスの方が難しいかな、などとは言っていた。
神宮にタイタンズを迎えて行われる二連戦。
布施は試合前のミーティングで、その言葉の真意を問う。
「フェニックスとの対戦は、元々苦手でしたから」
樋口が言うのは、フェニックスのキャッチャー竹中との読み合いになるからだ。
そちらに力を入れすぎると、守備の方が疎かになる。
「それと福島もカムバックしてますしね」
大阪光陰から広島へプロ入りした福島は、新人の一年目から、リリーフエースとしてセットアッパーを務めていた。
多少の成績の上下はあったものの、重要な中継ぎとして、カップスのリリーフ陣を支えていた。
だがFA権の発生した時点でフェニックスに移籍。
五年契約の一年目は、それなりにフェニックスで投げていたのだが、二年目にはなんとトミー・ジョン手術。
リハビリを含めておよそ二年ぶりに、一軍のマウンドに戻ってきたのだ。
竹中と福島は、大阪光陰でバッテリーを組んでいた。
リリーフから先発転向もあるかと考えていたが、やはりリリーフで投げている。
ただし勝ちパターンの時のセットアッパーであり、一イニングに限定。
勝ちパターンであっても三連投はさせないという、最近のリリーフの使い方を固守している。
この数年のフェニックスは、福島のような例とは違うが、他球団を戦力外になった選手を、安く育成などで抱えている。
そして再生に成功しているのだ。
正確には再生ではなく、いまいち危機感が足りないまま戦力外になった選手の中で有望な者を確保し、それを徹底的に鍛えている。
フェニックスはこれまでに、そんな鍛え方での育成はしてこなかったのだが。
休日もまた単純に休むのではなく、技術的な野球の講義。
そしてトレーナーとの話し合いや、各種数値の測定により、どれだけ成長しているかを記録する。
その結果があまりにも出なければ、今度こそクビである。
だがこの数年のフェニックスが、とりあえず最下位からはどうにか脱出できたのは、この虎の穴から出てきた選手の活躍によるところが大きい。
もっともそれは厳しい練習に耐えられなくなった選手は切り捨て、そして戦力となった選手も、長くは続かない場合があるのだが。
このフェニックスの再生工場は、最後のチャンスを与えているようで、そこそこの結果も出している。
だが実際のところ長期的に見れば、選手たちにとっては残酷だ。
プロで通用しなかった者は、もう一日でも早く、新しい生活を始めなければいけない。
それをあえて最低に近い育成で縛り、壊れることすら厭わず鍛え続けて、ほんのわずかな選手が戦力となる。
他の球団もやろうと思えば出来るし、タイタンズがかつてはやったことだが、そのタイタンズは失敗していた。
練習の徹底が足りなかったからである。
壊れるならばそれで仕方がない。
プロは結果を出さなければ、年俸につながらないのだ。
だが竹中などは、このやり方に疑問を抱いている。
元々竹中は、身体能力がそこまで高いわけではない。
ただセンスと頭脳で、キャッチャーというポジションをこなしてきた。
ルール改正がなくてホームでの交錯が多い時代であれば、プロ入りは無理であったろうと思われる選手だ。
打撃成績もアベレージを残しており、長打はそれほどない。
竹中に関しては、とにかくデータ分析が課せられた。
ベンチからもデータによる指示は出されるが、それはあくまで統計的な分析による。
短期決戦で統計に頼るのは危険だと、大阪光陰で竹中は習っている。
リードというのは統計からもたらされた配球を元に、そこから実際にはどう投げるかというものだ。
常にデータに基づく最善のピッチングなどをしていたら、そのデータを読んでしまえばそこだけを待てばいい。
いくら苦手なコースと言っても、そこだけを攻めてくるなら、確実に打てるのがプロだ。
配球をどう活かすかが、優れたキャッチャーのリードと言える。
NPBでは特に、MLBよりもキャッチャーの判断で投げる球が決められる。
実際にボールを投げるのはピッチャーなので、最後の決定権はピッチャーにあるのだが。
そんなフェニックスの話題は少し騒がれているが、まずは目の前のタイタンズとの二連戦。
それが終わればスターズとの三連戦となるが、その第一戦が終わったところで、四月の日程は終了となる。
タイタンズとの初戦は、レックスのピッチャーは古沢。
今年は少し、負け星が先行している。
だがこの試合は打線が爆発し、序盤で五点ものリードをもらう。
そこから七回までを投げて一失点。
あとはリリーフの役目である。
追加点でさらに点差は広がり、レックスは勝ちパターンのときのリリーフを休めることが出来る。
結果的にスコアは8-2と圧勝。
古沢はようやくこれで二勝目である。
負けた試合は引きずらず、第二戦に力を向けようとするタイタンズであったが、ローテの通りであれば次のピッチャーは武史。
そして予告先発は、その予想を裏切らなかった。
タイタンズにとってはこれまた、ロースコアが期待される試合である。
同時代に上杉や直史、真田がいるせいで少し目立たない傾向にあるが、武史もまた試合の序盤でまず崩れないピッチャーだ。
毎年20勝を続けるというのは、半端な覚悟で出来るものではない。
これだけのパワーがあれば、MLBでも通用するだろうとは言われている。
そして28人に投げて一安打完封。
あと一歩でパーフェクトであった。
タイタンズはやはり、投打の要であった、本多と井口がいなくなったのが痛い。
ただし選手の大きな入れ替えがあり、ここから再建期に向かうのではと思われている。
タイタンズは球界の盟主と言われて、ここまで低迷が続いたことは過去にない。
OBや後援会などからは、かなりの圧力がかかっているのだろう。
だが気合だけでどうにかなるほど、野球は甘くない。
その気合が空回りしていれば、余計にそう言える。
だからタイタンズには行きたくなかったんだよな、と思う樋口。
彼はこの試合、ツーランホームランを打って、一人で試合を決めていた。
四月に残されたのは、残り第一戦。
スターズとの三連戦の初戦である。
先発は金原。
もしもこの試合に金原が勝てば、レックスは四月だけで五勝したピッチャーが、三人もいることになる。
それはまあ、ペナントレースの先頭を走っていても当然だな、という話になる。
考えてみればレックスの現在の主力選手は、特にピッチャーに関してはかなりの部分が、鉄也のスカウトによるものである。
甲子園経験のなかった佐竹に、甲子園で投げたが再起不能と言われた金原。
佐藤兄弟に吉村、青砥、星などもそうだ。
大阪光陰出身の豊田も、中学生の時から鉄也が目をつけていたのだ。
肘の故障で野球をやめようとしていた金原を、ちゃんと治療とリハビリをさせた。
プロ入り後の開幕戦までの時間で、充分にリハビリまでも行えたのだ。
佐藤兄弟については、鉄也案件ではなかった。
だがそれでも窓口は、息子との係わり合いからも、鉄也ということになっている。
金原に対するのは、兄に代わってスターズのローテをまわす先発として、FA移籍してきた上杉正也。
今年はここまで最下位のスターズであったが、やや調子を取り戻してはいる。
正也の力投に、上杉の面影を見たのか。
もちろん純粋に戦力的に、正也は兄には及ばない。
だがそれでも、ジャガースで長くエース級の活躍はしてきたのだ。
兄弟による200勝投手の誕生。
佐藤兄弟は無理であろうが、正也のこれまでの成績を見ると、不可能ではないとも思える。
もちろんそれにはチームによる、援護とリリーフによる抑えが必要になる。
これまでほぼ毎年15勝前後を勝ってきた正也。
それが防御率やWHIPをそのままに、一気に勝ち星だけを落としたら、それはもう正也の責任ではない。
三連戦の初戦、レックスとスターズの対決は接戦となった。
最小点差のまま、両チームの先発はマウンドをリリーフに託す。
このリリーフの差が、二つのチームの差と言えようか。
レックスは勝ちパターンの時の、豊田、利根、鴨池の勝利の方程式。
だが今年はこれが、二度目のリリーフ失敗。
敗北は金原にはつかなかった。
だがチームとしては、この最初の試合を落としてしまったのだ。
三連戦はまだ二戦残っているが、とりあえずこれで四月度の試合は終わった。
月間MVPのセ・リーグ投手部門は、当然ながら直史であろうと思われた。
だが、意外に評価値が近しいピッチャーがいる。
ある部分では上回っているそれは、武史であった。
直史は防御率0.20 WHIP0.22 K/9 11.05 と人外の数字を出している。
五戦五勝で完投四完封三と、何も文句のないような数字だ。
ただ武史も防御率0.60 WHIP0.29 K/9 16.2 となっている。
簡単に言えば、三振を取る能力が、直史よりもはるかに高い。
ただし直史は44イニングを投げて四死球は0に対して、武史は五個ある。
そこから各種数値は直史が上回ることになる。
また完投の数は、武史が五つと上回っていた。完封の数は同じであったが。
どちらを選ぶべきか、と議論にはならなかった。
武史はノーヒットノーランをしていたが、直史はそれに加えてパーフェクトをしていたからである。
また球数についても評価の俎上に上がった。
直史の一試合あたりの九回における球数はおよそ100球。
武史は123球を平均で投げていたので、よりクオリティの高いピッチングを、直史はやっていたということである。
ただ武史は、今年まだホームランを打たれていない。
どちらが相応しいかは、言うまでもない。
だが改めて、武史もまた化け物レベルのピッチングをしているのだと、世間には分かった。
レックスは守備力が高いため、直史のピッチングの方が合っている。
だがこれがより、内野守備に問題があるチームであったら、三振を多く取っていく武史のスタイルの方が、評価はされただろう。
もっとも武史は、自分が兄に優っているなどとはまったく思わない。
直史が三振を奪わないのは、奪う能力がないからではなく、奪う必要がないからだ。
その気になれば武史に匹敵するぐらいには、三振も奪っていける。
だがそのために球数が多くなっては、ピッチングスタイルの原則に反することになってしまう。
直史は出来るだけ故障することなく、そしてスタミナを失うことなく、シーズンを戦うことを考えている。
完全に一人で投げきるつもりになるのは、ポストシーズンに入ってから、どうしても投げなくてはいけなくなってからだ。
事実去年の日本シリーズは、完全に独り舞台になっていた。
チームスポーツの中では、かなり異常なことである。
去年の直史は投手部門の月間MVPを、五回取っている。
年間に全部で六回なので、この五回というのがどれだけ異常かは、もはや言うまでもない。
そして今年の四月度も、直史が取った。
上杉という超人がいるため、通算ではまだまだ取得は追いつかない。
また武史も何度か取っている。
しかし今年は、上杉がいないのだ。
風の噂によると、アメリカでの手術は成功し、そのまま向こうでリハビリを行っているらしい。
果たして復活できるのか、あれだけの大きな怪我であれば、元通りに投げるのは難しいはずだ。
リーグの中では真田が、佐藤兄弟を追いかける位置にいる。
しかし打線の援護は去年に比べて大きく減り、また真田はノーヒットノーランを狙って出来るような、そんな非常識なピッチャーでもない。
あとはFAで移ってきた島は、タイタンズの中で苦労している。
防御率は高く、またクオリティスタートに成功しても、タイタンズは打線とリリーフがまだ安定していないのだ。
レックスが先頭を走り、ライガースがそれを追いかける。
そこまでは開幕前から言われていたことであった。
だが三位にフェニックスが食い込んでくるとは。
実はそこそこ予想していた評論家などもいたのだが。
とにかく今年は、樋口が長期離脱でもしない限り、レックスが大本命。
投手王国を形成するための正捕手は、正直なところMVPでもおかしくないと直史は思っている。
離脱してから少し打率は落としたが、ここからまだ首位打者は狙っていける。
また打点にしても、ここからが追いかけていく場面であろう。
やはりキャッチャーが強くないと、ピッチャーを活かすのは難しい。
そう考えているレックス首脳陣は、しかしながら岸和田がこのままでいいのかとも思う。
控えのキャッチャーがしっかりしていないと、正捕手だけではいざという時に困る。
だがそれまでに岸和田をベンチで塩漬けにするのも、もったいないとは思うのだ。
コンバートして打撃でも期待しようと思っても、現在のレックスはどのポジションもしっかりと守る選手がいる。
強いて言えばセカンドで、セカンドもまた内野の要という重要なポジションだ。
そこを岸和田に守れというのは、キャッチャーが専門の選手には、かなり難しいだろう。
強い控えがほしいチームと、出場機会がほしい岸和田。
大卒キャッチャーである岸和田は、FA権を得るのにわずかに時間は短いが、それでも30歳まではレックスにいることになる。
樋口がまた怪我でもしてくれないかとは思いつつ、そんな己の浅ましさにもため息をつくのであった。
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