第95話 二度目のWBCへ

 二月中旬、WBCの最終ロースターが決定する。

 28人の中に、レックスの選手が五人いる。

 直史、武史、金原、樋口、そして緒方である。

 去年まではどんな国際大会に出るにせよ、ショートは大介で間違いなかった。

 その大介がいなくなったことで、ショートのポジションは争奪戦となった。

 現時点でスタメンとしては、ジャガースの悟が最有力である。

 去年のトリプルスリーは伊達ではないというところを見せてほしい。

 

 先発はいいがリリーフ陣が少ないのではと思ったら、代表の監督である元レックス監督角山は、直史をクローザーに使うらしい。

 もっともピッチャーが保護されているWBCの球数制限においては、クローザーが一人では足りない。

 よってスターズから峠が選出されているし、クローザーも出来るセットアッパーもいる。

「なんと言うか、前に比べると俺たちが年上の世代になってきてるのか」

 直史が言うように、前に出場したWBCの時は、直史や樋口などは一番下の年代であった。

 だがこの大会では最年長とまでは言わないが、かなりの年長の部類に入ってしまっている。


 ベテラン選手は回復に時間がかかることを考え、若手から中堅をそろえたのだろう。

 だが経歴的には充分に実績を残した選手が多い。


 直史が大学時代に出場したメンバーと比べると、今回も選ばれているのは数人しかいない。

 時間の流れるのは早い。

 直史、樋口、山下、芥、峠の五人しかいない。

 ただ前回から引き続いて選ばれた選手はそこそこいる。

「大介、織田さん、井口が海外行ってるからか。本多さんも前回は選ばれてるんだよな」

「あとは勝也さんがいないのが一番大きい」

「弟と島はいないんだな」

「FAでトレードしたばかりだから、そのあたりも考慮されたんじゃないか?」

「それを言えばプロ入り二年目のオールドルーキーを選んでいいのか?」

「何を今さら」


 そんな会話がレックスバッテリーの間でなされるが、かなり偏った選び方はされている。

 レックスからの選出が多いが、直史と樋口、そして武史の他に西郷、細田、土方と早稲谷出身の選手が六人も存在する。

 ちなみに白富東出身であると、直史と武史に悟、悠木が当てはまる。

 また大阪光陰出身であると、初柴、竹中、蓮池、毒島、緒方、毛利があてはまる。

 いかにこの時代、一部のチームのトップレベルの才能が集まっていたかといういい証明になるだろう。

 あるいは競い合ったからこそ、トップレベルに成長したとも言えるかもしれない。


 先発として考えられているのは、福永、津末、細田、武史、金原、阿部、蓮池といったあたりか。

 もっともこのあたりはリリーフも出来るピッチャーがそこそこいる。

 純粋にリリーフなのは、若松、毒島、峠といったところだ。

 先発陣の中から二人で七回までを投げる。

 そして八回を若松と毒島、そしてクローザーが直史と峠といったあたりか。

 

 純粋に先発しか出来ないピッチャーは、おそらく武史ぐらいだろう。

 ただ細田や阿部も基本的には先発ばかりしているキャリアだ。

 金原は意外と、キャリアの初期にはリリーフで入っていたりする。

 そして直史は、本当になんでも出来る。


 高校時代からクローザーのようにリリーフもしたし、ワールドカップでは実際にクローザーで最優秀救援投手となった。

 大学時代も基本は先発だが、他のピッチャーの後にクローザーをしていたこともある。

 プロ一年目はほとんど先発であったが、そもそも最初の登板が、いきなりのロングリリーフであった。

 また連投をしていることから、回復力も優れていると見ていい。それとも疲れない投げ方を知っているのか。




 クローザー。

 それを告げられた時も、直史は無表情であった。

 だが他の選手たちは想像する。特にセ・リーグの選手や日本シリーズで対戦したジャガースの二人などは。

 九回、一点負けている状況で、佐藤直史が登場する。

 思わず「うげえ」という表情をしてしまった。


 この場の中で初柴だけが、去年は直史から打点を奪った。

 高校時代にもチームとして勝っていて、苦手意識は一番小さいと言っていいだろう。

 だがそれでも直史を相手に、九回の一イニングで点が取れるか。

 単純に統計だけではなく、そのピッチングのコンビネーションを考えても、不可能であると言えよう。


 このチームで、壮行試合として大学選抜と戦う。

 前は逆の立場だったなあ、遠い目をする直史である。


 あの時は日本代表を、完全に抑えたのが、直史と樋口のバッテリーであった。

 今の大学にあれだけの選手などいない、と言いたいところであるが、化け物はいつの時代もそれなりにいるものだ。

 刷新学院出身で、現在は慶応大学に進んでいる小川。

 さすがに直史ほどの化け物ではないが、160km/hオーバーのストレートを武器に、一年生の春からエースをしている。

 これに直史にとっては、高校でも大学でも後輩となる、早稲谷の八代潮がバッテリーを組んで、日本代表相手にかなりのいいピッチングをしてきた。


 大阪光陰はまだ、全国から集めた野球エリートの集団だけに、大学やプロで活躍する選手が多いのは分かるのだ。

 しかし白富東にはどうして、こういった選手が時々出てくるのか。

「小川はなあ、高卒の時点で充分に通用するピッチャーだと思ってたけど」

 本日はスタメンで、武史のボールを受けている樋口が説明する。

 その頃は直史は勉強で忙しく、世間一般の世情から離れていたのだ。

「とにかく進学希望だったらしいな」

「それで慶応か。早稲谷に行っても良かったろうに」


 大学のリーグ戦においても、さすがに武史には負けるものの、直史の一シーズンあたりの奪三振に近い数字を出していたりする。

 実際に日本代表の打線が、ストレートに強い西郷まで、かなり封じられているのだ。

 試合としてはどちらのチームも、あくまで壮行試合なのでそこそこの場面でピッチャーは交代となる。

「あれ? 俺の時って最後まで投げさせられなかったか?」

「お前があんなことするから、途中で代わるようになったんだよ」

「なるほど」

 なるほどで済ます問題なのだろうか。


 ピッチャーが代われば、さすがに試合も動いた。

 だがプロの日本代表相手に、失点を許さなかった小川は、やはり評価を高めただろう。

 球種が少ないとは言われているが、それでもプロに通じている。

 これはまたドラフトの争奪戦が、過熱しそうだなと思われるものであった。


 ちなみに当たり前と言うか当たり前のようにと言うか、直史は自分の責任のイニングをランナーを出さずに終えた。

 大学生たちの心に、トラウマが刻まれていないことを祈る次第である。




 WBCを連覇している日本は、予選などはなくそのまま本戦に出られる。

 その本戦は、今年もそれほど大きな変更点はない。

 20の国を四つに分けてリーグ戦を行い、その一位と二位がトーナメントに出場。

 そこからは完全に一発勝負の、甲子園に慣れた日本が得意とする短期決戦だ。


 優勝候補の筆頭は、本来は日本であった。

 だが上杉、大介、本多、井口がいなくなって、お気持ちで上杉正也と島も出場選手に選ばれていない。

 明らかに選手層が薄くなっているが、それでも優勝候補の筆頭だ。

 他には当然ながらメジャーリーガーを出さないのにアメリカ。

 そしてちゃんと選手を出してくる韓国と台湾。

 またカナダ、メキシコ、キューバ、ドミニカ、プエルトリコなどが有力だ。


 日本と同じグループに入るのは、中国、イスラエル、ベネズエラ、南アフリカである。

「なんだか楽そうな相手だな」

「まあそうだな」

 直史の出場した前々回の大会では、キューバ、オーストラリア、イタリア、中国とグループを組んだ。

 それに比べるとベネズエラには少し注意が必要だが、中国もイスラエルもベネズエラも日本から見たら格下だ。


 一応この中では、中国がかなり昔よりは強くなっている。

 だがそれでもしょせんは中国と言おうか、ベネズエラと比べてもまだレベルは低い。

「中国が強いスポーツは、基本的には個人競技なんだよな」

 樋口が言うとおり、中国は団体競技より、個人競技が強い傾向にある。

 その理由としては個人競技の方が、一人の選手につぎ込めるリソースが大きくなるからだ。

 団体競技は全体のレベルアップが必要。

 それよりは国の金を、優れた才能に集中した方がいい。


 野球もそうだがサッカーなども、選手層が必要なスポーツだ。

 だから中国はそのあたりはなかなか強い選手も出ない。

 武史に言わせるとバスケットボールならスター選手はいたらしいが。


 三月の上旬から、台湾、日本、アメリカの二ヶ所の計四ヶ所で、リーグ戦は開始される。

 日本がホームになれるのはありがたいことである。

 また準々決勝も一試合、日本で行われる。

 そんなことならもういっそのこと、全て決勝までやってしまえばいいのではないか。

 そうも思えるが季節的なことと地理的なことから、アメリカでやらざるをえないのが現状だ。


 


 日本代表は開催前に、一度また所属球団に戻ることとなった。

 東京から沖縄へ、またしても移動である。

 ほとんどの選手が同じように移動するが、特に同じチームであれば、同じ飛行機の便に乗る。

 ただ樋口は一日遅れで戻ると言った。

 嫁成分を補給しにいったらしい。

 あそこはもう子供が三人もいるから、直史の場合は瑞希がまた見物に来るだろう。

 単純な物見遊山ではなく、ノンフィクション作家として。


 キャンプに戻る飛行機の中で、直史は色々と尋ねられることがあった。

 今回のWBCに選ばれた選手は、かなりの数が初めての選出である。

 その中で直史は、前回には選ばれず、前々回にアマチュアから選ばれているという珍しい例だ。

 思えば多くの選手が、プロの世界から去っている。

 もしくは海を渡っていて、ひょっとしたら前々回のスタメンはもう、一人もいないのかなと記憶を探る直史だ。


 日本代表に、上杉も大介もいない。

 直史にとっては不思議な感覚なのだ。

 現在の日本代表の、おおよそのスタメンは決まっている。


1 (遊) 水上 (埼玉)

2 (二) 芥  (神奈川)

3 (右) 実城 (東北)

4 (D) 西郷 (大阪)

5 (一) 後藤 (北海道)

6 (捕) 樋口 (大京)

7 (中) 柿谷 (福岡)

8 (左) 谷  (神戸)

9 (三) 初柴 (広島)


 スタメンは見事にチームが分かれているが、実城は昔はファースト守っていて、外野を守れるようになってから、バッターとしても開花した。

 芥も本来ならばショートなのだが、ベテランとして内野を統括してほしいと言われたのだ。

 確かに最近の芥は、セカンドを守ることもあるのだ。

 こうして見ると野手はほとんどが、20代後半の選手で固められている。

 その分ピッチャーにはそれなりに、まだ20代前半の選手もいるが。

 ちなみに前々回のオーダーはこんなところだ。


1 (中) 織田 (千葉)

2 (二) 咲坂 (埼玉)

3 (遊) 白石 (大阪)

4 (三) 南波 (福岡)

5 (D) 尾崎 (神戸)

6 (左) 井口 (巨神)

7 (一) 冬川 (中京)

8 (右) 渡辺 (広島)

9 (捕) 山下 (北海道)


 このスタメンから今回も選ばれたのは、キャッチャーの山下だけである。

 MLBに行ったのが三人、他は引退した者もいれば、衰えてきた者もいる。

 だがそれなりにそのチームの中では、まだ主力として活躍している者もいる。

 ピッチャーの面子を見ても、前々回からまだいるのは、直史以外には峠ぐらいだ。

 時代の流れと言うか、どんな名選手でもいつかは衰えるのだな、と思う直史である。




 沖縄に戻ると、もう紅白戦が始まっていた。

 WBCの間にオープン戦を戦っていくわけだが、即ちレックスは主力のかなりがいない。

 オープン戦はしょせんオープン戦であるが、ここで負けて負け癖がつくと困る。

 だが去年は二軍監督であった布施は、若手の力を試してみるつもりらしい。

 それを考えると物事には表と裏の面がある。

 新戦力を使って負けても、それは本来のスタメンがいないから、といくらでも言い訳が出来る。

 言い訳が出来るうちに試しておこうというのは、なるほど上手い手なのかもしれない。


 直史もまた、紅白戦で二イニングほど投げた。

 布施が直史を見るのは、昨年の新人合同自主トレ以来である。

 もちろん寮にいたころは、二軍グラウンドでキャッチボールなどをしているのは見ていた。

 だがその時に布施が見なければいけなかったのは、二軍の選手たちだ。

 やはり布施の目から見ても、直史のピッチングにメカニック的な欠点はもうないと思える。


 キャッチボールをかなり長く行い、それから遠投をする。

 そこからは投げ込みをするのだが、体の各所をチェックするように、ビデオでしっかりと撮影する。

 球が来ているかどうかではなく、まずはフォームのチェックなのだ。

 この綿密なチェックがあるからこそ、直史のコントロールが乱れることがない。

 ピッチングコーチと樋口と一緒に、ひたすら確認してまた投げ込んでみる。


 ふと、来年からはこれを一人で行わないといけないのか、と思った。

 高校時代はジンが、大学時代は樋口がいて、クラブチームの時はSBCの職員とやっていたことだ。

 アメリカに行けば、おそらくまたトレーナーと一緒にすることにはなるのだろう。

 聞く限りはMLBにおいても、直史のような調整をしている人間はいない。


 直史と樋口がこれをやっていると、同じように真似をしたがる者もいる。

 何人かはもちろん有効なのだが、武史などはあまり合っている調整法ではない。

 これをやっているからこそ、直史にはスランプらしいスランプがない。

 調子に波がないというのは、プロのピッチャー以上にアマチュアのレベルでは必要だったのだ。


 布施はプロの世界に50年以上いる。

 もちろん現場だけではなく、スカウトとして才能を探していたころもある。

 その中でも圧倒的過ぎて他にいないというのは、上杉であった。

 そして圧倒するというよりは、もっとずっと完成度が高いのが、直史のピッチングである。


 高校時代のピッチングを見ていて、案外プロでは通用しないかもしれないな、とは思った。

 だが大学時代のピッチングを見ると、その認識を改めざるをえなかった。

 一時期完全に一線から退いていたのに、それでもプロの世界に入って、一年目から結果を残す。

 こんなピッチャーもいるのだな、とはよく思う。

 それに比べれば樋口などは、その倫理観の歪みを除けば、それなりに常識的だ。




 そして数日間を沖縄で過ごし、また東京に戻る代表選手。

 その後姿を見る選手の中には、いずれは自分も、と思っている者もいるだろう。

 だが直史が日本代表として出場するのは、これが最後になる。

 アメリカに来年は渡るわけだが、これまでに失敗した日本の選手の中には、どうして通用しなかったのだろうという選手もいる。

 直史がその中の一人になるとは、国際大会の結果を見ても思えないものだが。


 今年のレックスの不安要因は、まさにこのWBCだ。

 布施は選手たちに、四月は五割でいいと言っていたが、現実には前半五割という可能性すらある。

 とにかく布施にとって大事なのは、今年は去年のように、一人の選手に負荷が集中しないようにすること。

 野球人生の晩年の仕事として、これほどやりがいのあることも少ないだろう。

 生きているうちによく見れた、と思える選手たちの活躍。

 そしてまたさらに、小此木のように新しく育ってくる者もいる。


 日の丸を背負った時の直史は強い。

 言うまでもなくワールドカップ、日米大学野球、そしてWBCとその結果は壮絶なものである。

 このWBCでクローザーというのは、日本代表としては最後の仕事になるはずだ。

(普通にやって、普通に勝とう)

 直史はやはり全く動じず、戦力を減じた日本代表の中で、自分のポジションを確認しているのであった。

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