黒髪の騎士

「お目覚めになったと聞いて安心しました、傷の加減はいかがですか?」


 逃げていった侍女が戻ってきて、彼女が連れてきたのは体格の良い青年だった。短髪の黒髪、緑の瞳。顔も態度もいいが何より筋肉がいい。実用的な筋肉の付き方である。羨ましい。


「問題ない。助けてくれたこと、感謝する」


 取り敢えず身代金目当てではなさそうなので、素直に礼を述べる。


「あ、無理はしないでくださいね!? あれほどの大怪我をしていながら三日で起き上がるほうが異常なので……」


 心底ドン引いた顔をされてしまう。確かに、内臓がはみ出しかけていたような覚えがある。三日で目覚められたなら上々だ。


「ところで、私の槍と馬は…………」

「出過ぎた真似ではありますが、鎧と槍はこちらで整備に出しました。良い品でしたから、血で錆びさせてしまうのが勿体無く。馬も当方で預かっています」

「出過ぎた真似なものか、こちらこそ感謝してもし足りない。あれは私の魂も同然だ」


 愛馬セクントゥスは私が流浪を始めたときからの友だった。これほど丁重な手当てをしてくれる人々なら安心して任せられる。

 一安心していると、彼は言い出しづらそうにしながら、一つ尋ねてきた。


「あの槍、あの鎧、さぞ名のある家の御方とお見受けしますが、何故………貴女のようなか弱い女性・・・・・が、騎士の真似事を?」


 来た。絶対訊かれると思った。

 私がか弱いかどうかはさておいて、女子の身で戦っているのは事実だ。これまでも、何度も同じ質問をされてきた。

 答えはいつも一つである。


「私の誇りのためだ。何か問題が?」


 女は戦うなとか、女は騎士になれないとか、無理を言う。騎士が人々を守らないから、私が代わりに戦っているのだ。平和な世だったら喜び勇んでドレスとガラスの靴を履いてやるのに。


 そんな、ちょっと不貞腐れの入った気持ちで返すと、彼は驚いたような顔で片膝をついた。


「その返し、まさか貴女が白鷲の騎士…………!」


 それは知らない。

 いや、でも、何ヶ月か前に助けた街で、吟遊詩人が私を見てそんなことを口走っていたような気がする。

 いいな、二つ名。格好良くて。内容は気に入らないけど。


「各地を回りながら魔獣を倒し民を救う真の騎士、お噂はかねがね。私は東の騎士ライラック・ライン、皇帝に忠誠を誓った者です。真似事などと失礼なことを申しました」


 ライン、と言えば東部地域を本拠にする有力貴族の筆頭。確かこの内乱にあっては中立を宣言し、難民の受け入れを進めていた筈だ。

 当主は壮年の騎士だと聞いているので、恐らく目の前にいるのは息子か凄く年の離れた弟あたりだろう。


「ライン家は中立ではないのか」

「父はそうですが、私は違います。あの大罪人は首を刎ねられなければならない」


 あの大罪人、というのは恐らくツェルンのことだろう。皇帝を殺した当事者、北方の有力貴族出身の政治家だ。十年余り逃げおおせているのだから驚きである。

 いや、北方貴族が結束して反乱軍となり、皇帝派と争っている以上、奴が旗頭になっていてもおかしくはない。


「そう思って屋敷を出たところ、領地も抜けない内に貴女が倒れているのが見えたもので」


 どうやら私は冒険の出鼻を挫いてしまったらしい。申し訳ないことをした。


「重ねて礼を言う、ライン卿。私は西の騎士エルリンテン。民のために尽くす者だ」


 私は、さして好きでもない自分の家名だけを名乗った。名前なんて、とうに忘れてしまったから。

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