希望の騎士
どれほど長く気を失っていたのか。
慌てて起き上がると、そこが草の上でなく、清潔なシーツの上であることに気がつく。
つけていた筈の鎧がなく、知らない寝間着に替えられている。槍はどこに、と思って身体を捻ると、脇腹が鋭く痛んで思わず声を漏らしてしまう。
激痛が、寝起きの頭を冴え渡らせる。
思い出した。
私は、確か魔獣退治の途中で野盗に襲われて、何とか撃退したものの予想以上に傷が深く、すぐに気を失ってしまったのだ。
(じゃあ、誰かが私を見つけてくれたということか……?)
傷は痛むが、化膿している様子はない。恐らく、きちんと手当てがされている。
(いや、分からない。身代金狙いの可能性もある)
自慢ではないが、私の装備はそれなりに高級品だ。どんな馬鹿でも、一目で持ち主が金持ちだと分かる。助けた恩を盾にして、強請るつもりなのかも知れない。
いざとなれば騎士の誇りにかけて、刺し違えてでも抗ってやろうと決意を固めていると、桶を持った侍女らしき人物がそろりそろりと部屋に入ってきた。
そして、私が起き上がっているのを見た途端、死人でも目にしたような顔をして、桶を落として出ていった。
(失礼な奴だな…………!)
桶には水と布が入っていたらしい。扉の前で水溜りを広げるそれを眺めている内に、周囲を確認する余裕が出てきた。
部屋は、内装こそ質素なものだが、造りは頑丈に見える。侍女がいたことを鑑みても、そこらのチョイ悪農民風情が身代金目当てに私を拾った可能性は低い。というか、もう寝台のクオリティからいって、貴族の屋敷だ、ここ。
となると可能性は二つ。
(皇帝派の貴族か、反乱軍派貴族の二択だ…………!)
フラフラ気の向くままに各地を回っていたので、最後に意識のあった土地がどっちの領地かなんて知らない。それにどうせ知ってても明日には変わっている。
皇帝派ならまあいいが、反乱軍派だとちょっと困る。命を助けた代わりに手を貸せとか言われたら結構困る。
皇帝派、といっても、この国に皇帝はもう存在しない。十年以上前、栄耀の最中にあって、あっさり殺されてしまったからだ。
それ以来この国、いや、この地域では、欲望と忠誠のせいで血が流れない夜はない。毎日のように貴族同士でいがみ合い、騎士同士で殺し合っている。
今まで騎士が倒していた魔獣は天敵を失って、今や堂々と農村を襲う。
皇帝が皆に慕われてさえいなければこうはならなかっただろう。憎まれ、忌み嫌われていれば、反乱軍は英雄になった筈だ。かの皇帝への忠誠心が、遺された人々の復讐欲を掻き立てるのだ。
皇帝があれほど愛した美しい国はなくなった。
そうしたのは、皮肉なことに、皇帝を慕う民たち以外の誰でもなかった。
そして私は、私が愛した国の為に、槍を取ったのである。
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