11 休息
クラージュとジャックは、いまだにその超人的な体力とアシスト機器との親和性を持って戦い続けている。どちらが優勢かなどは意外にもわからない。実力が伯仲し合ってまさに一進一退の攻防が繰り広げられている。取り入る隙が、どこにも見当たらなかった。予想外の事態に困惑するだけでは何もできない。だが、何をすれば……!
今だ。
突然、第六感の暴走に基づいて脳が断言したかと思うと、思考のさらに一歩前を体が動いていた。ジャックがクラージュに殴りかかろうとしていて、それをクラージュが受け流しながら反撃をして、その反撃にジャックはひるまず反撃を加えていた。この瞬間に、私の体はすでに宙に浮いている。かなりの高所からの落下。ただ地面に落ちては命すら危うい。だが直感的な安心感が、全身の筋肉を迷わず包み込み、迷いのない洗練された動きを作り上げている。この、諸手にはナイフ。クラージュが、笑っていた。
私の、今まで止まっていた時間が動き出すと、突き放されたジャックが私の予定落下地点へよろめいた。クラージュはアシスト機器もろとも地面を穿ち、その衝撃で地に刺さっていたブレードを手に取る。腕が、足が、自分の意思で動かせる。落下の加速度を生かし、ただ背中に深々とナイフを突き刺すのみ。
これで、終わったのだ。クラージュは、ブレードを深々と胸に、私のナイフは、ジャックの背に。たまらず、彼が膝から崩れ落ち、それに呼応して私の体からも力が抜けていく。
「ほら」
見上げると、何とも頼もしいクラージュが。差し伸べられていた手を握り、やっとのことで立ち上がる。
〈嘘だろ……。やったじゃないかクイーン! まさかそんな、セトとジャック、二人を撃破するだなんて!〉
「いや、ジャックに関しては、ほとんどクラージュのおかげだ。それに、セトのクローンは」
〈それが、発射はされたけれど、たぶん、着弾地点が大幅にずれてる。セトの最終調整が間に合わなかったのかも〉
〈じゃ、一件落着ってことだね〉
「ところで、クラージュはなぜ?」
気になっていたことを質問するのにすら、自分の体が悲鳴を上げていることに驚いた。最初の言葉は声帯がこすれただけ。もう一度、咳払いをしてやっとのことで質問することができた。
「皆が皆、得体の知れない、デカい混沌みたいなやつと戦うってのが、怖くて仕方なかったんだ。みんな狂ったんじゃなかろうかとな。じゃあ抜け出したとき、どうせなら自分の力を試してみようかと。で、途轍もない生体反応があると思ったら、ジャックにクイーンがいたって訳だ」
だが、とクラージュが続けた。
「ほんとにこれで終わったのか? 火星――いや俺たちの星は、またじっとりとした争いだけが回り続けるのか?」
〈クラージュ〉
「サージュ? なんだこれは」
クラージュがスカウトを持ち上げる。傾かせたり車輪を確認したりと興味をそそられている様子だ。
〈僕の作った、ラジコンみたいなものだよ。そのことじゃなく、セトもクイーンがやってくれたし、彼の切り札であるジャックだって、共闘してやっつけただろう。もう奴がこれ以上できることなんて、限られているからね〉
「そうか、なら、帰って、戦いの中の、
〈帰る。そ、そうだね〉
「私は残る」
「は? 残るって、何言ってるんだ!」
私が帰っても、何が変わる訳でもない。それにこの体たらくだ。生きる有機化学兵器と成り果てた自分が、おずおずと基地に戻れはしない。もとよりすべてを捨てた身だ。
「私は、ジャックと共に残る」
「何馬鹿なこと」
〈クラージュ、実は〉
〈そうだよ!〉
ミューの黄色い声が耳小骨を微細に震わせる。
〈もう一度考えて! 私、私なら、特効薬を開発できるかもしれない。ほら、たぶんそれも、私の理論を改変して、作られた……、ものだから〉
〈ミュー、気持ちはわかるよ。でも〉
〈待って、やだ、いかないで! どうしてみんな、私から離れていくの! クイーン、どうして可能性を捨てるの! ねえ〉
まぎれもない。ミューが泣いている。今まで感情を否定し続けてきた彼女が、その殻を破った。すすり泣く様が、音声だけでも容易に想像できる。しかしそれだけ。いかに私の鼓膜を震わせようと、脳内まで改変することなど不可能だった。そして誰もがその空気に気圧され、口をつぐんでいた。
〈ミュー〉
サージュが、
〈いいかい、クイーンは、これで役目を終えたんだ。もう、休ませてあげよう。ね〉
それがすべてだった。生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えは「42」などではない。死という名の休息だ。
私は、再び死ぬことでまことのジャックと化したケビンの体を愛おしく触る。次に自分の満身創痍の四肢・胴体に鞭をうって一歩一歩踏み出した。ケビンをあの日、銃で殺したあの場所へ。
「サージュ、クラージュ、アンダーテイカーの友。ミューに悲しみや苦しみ以外の感情を教えろ。未来に投資するんだ」
先頭が一人いなくなってもかまわない。私たちは、生者の行進なのだから。いなくなってもまた一人、後ろの奴が前に出る。それでいい。
もはや何も聞こえることはない。無線は切った。背後からは、切り離されたひとつの
今や地面はますます濡れていた。海水が流れていったからではない。世代交代の感銘、仲間に対する誇り、災禍を跳ね返せたという安堵、弟への愛おしさ。無数の感情が個々の雫となって、頬から地に吸われているからであった。
「ありがとう。ジャック」
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