10 二つの戦い


□争いの、痛ましい叫びが遠ざかる中、ようやくスカウトが見えてくる。隣には、セトの死体。

〈こっちだ! 手前のコンソールに端子があるはずなんだけど、おそらくその画面を操作しないと開かない仕様だろう。できるかい?〉

 できるかできないかの問題ではない。やるか、やらないで大勢を見殺しにするかだ。塵の積もった画面を手で払い、起動ボタンを押す。

〈あ、起動コードは、889UドットHYだ〉

 サージュの思い出したかのような言い草には少なからず苛立ちを覚えるが、あちら側にも十分すぎるほど緊張が渦巻いているということだろう。入力を終えると、アイコンが所狭しと並べられていて、手の付けようがない。

〈いったいどうすれば。画面が複雑すぎる〉

〈スカウトを持ち上げて、カメラに映して〉

 ミューの指示に従い、足元に移動してきたスカウトを抱く。

〈右下の、右から二番目、人のマークのアイコン……、そう、それ。空白の[name]欄には、J.Ormandyと入れて〉

 的確な指示、恐れや戸惑いなど負の感情すら感じることのないミューは、まさにこの状況に必要不可欠だ。より人間らしいサージュは、いたずらに内なる本能的な感覚を呼び覚ましてしまう。

〈まかせて、これは、私が組んだアルゴリズム。今からいう数字を、順番に入れていって〉


■「あんたと拳を交えるのを、どれだけ待ち遠しく思っていたか」

 クラージュの乱入にさしも驚きはせず、それどころかジャックは、新たな威武を愉しんでいるようだった。じりと二人の足が構えられ、今一度心と体を戦いに投じる。ジャックはコンバットナイフ、クラージュはブレード。その二つが、合図も無しに火花を散らせた。

 リーチを生かしたクラージュの斬撃は、中段を切るようにして、ジャックの喉すれすれを通過した。ブレードが端に触れ切ったところでジャックがナイフを立てるが、肘で防護される。刺さることのないナイフを戻し、再度突き立てようとするがブレードに阻まれ、刺突の反撃にあう。さらにそれをかわして、クラージュの肩部に刃を立てる。くぐもった声は、一瞬場を凍り付かせたがすぐさま身をひるがえす。二人の立ち位置は、最初とは逆になっていた。

 距離が開いたことを鑑みて、クラージュが投げナイフを三本、目にもとまらぬ速さで投げるが、彼に突進するジャックはそれらを刃ではじき返し、あるいは掴みなおすなどといった離れ業でしのぐ。再び対面した二人は、

 今や刃と刃でしのぎを削る膠着状態にある。打開したのはクラージュ。強化骨格のアシスト機器を最大出力にして、そのまま上空を四、五メートルは跳躍した。それに追いついたジャックが地上で迎え撃つ。ブレードでの刺突は外れ、水にぬかるんだ地へ突き刺さる。


□画面がロードされると、正六角形の頂点と中央、計七つの点が表示される。呼ばれ、意識を戻すが、私にできるのだろうか? 私は、翳りの英雄ザ・シャドウ。何をしようが彼に敵うことはないし、そもそも影に生きるということが、私自身をさらに異質なものと定義づけてきた。

 それゆえに、言われるがまま、画面のタップを繰り返すしかできない。

〈クイーン、いい? 19・29・41・47・53・67・73……〉

 それでもやらなければ。個人の心の丈で、罪のない人々を何千何万も殺せはしない。何も、私が一人でこの世界を背負うことはないのだ。もう一度、これは「行進」であると自分に言い聞かせる。

 そうだ、ここには私しかいない。影は影でも、英雄は英雄。先頭に立ち、人々を先導する。それができないなら、行進自体が動き出せばいい。それを生かすも殺すも自分が握る。最初から、やるしか、道はなかったのだ。

 耳で聞いたものを、運動神経へ通して指で出力する。完璧さが求められるが、そこには迅速な行動も求められる。これまでの戦闘技術や駆け引きなどを思い出せ。いつも、無心が最高の一手を生んでいた。

〈……・101・105・131……〉

〈超立方体と、素数の組み合わせ! 本当に、さすがというべきか……〉




■ここでナイフを構えられてもクラージュは身じろぎせず、しなやかにかわし、剣を軸に体ごと浮かせて回し蹴りをした。たまらず引いたジャックだったが、そのまま隙を見て懐に侵入、体重のかかるブレードの身をすさまじい力で、突き、刃をそのまま折ってしまった。

 バランスを崩して倒れこむクラージュへ、不思議とジャックは追撃をしない。それどころかナイフと地面へと捨ててしまう。まるで、もう武器には頼らず、体のみを用いて戦おうと誘いかけているようだ。その異様なほどの矜持と確固たる信条が、まさに全てを照らす真の英雄ザ・サンとして、クラージュに立ちはだかる。

 先攻のクラージュは左足でジャックの頭を狙うが、屈んでかわされる。もう一度、今度は反動を利用して反対方向に蹴るも、背をそらしていて当たらない。その隙を縫ってクラージュの懐に入り込もうとするが、今度は小さく足を動かし守りに入る。それを二度防ぎ、三度目は脇腹へ入れられる。ジャックが、しかし、この程度でへこたれることもなく、いきなり立ち上がったかと思うとアシスト機器の推進力を用いて二度、回し蹴りをする。宙に浮きながらの軽やかな攻撃だが、骨を砕く威力も持ち合わせていることだろう。その分反動が大きく、態勢を持ち直している間にクラージュが攻める。踵を落とすが叶わず、ジャックは持ち直す。中段の蹴りを両手で防ぎ、その後怒涛の殴打を受け流していく。中でも何発かは防ぎ切れておらず、最後の肘打ちをよけきることができなかった。ジャックが、多少のよろめきを見せる。


□この行為は、すべての他人のため、自分のため、ジャックの死のため。全てが巡り、各々が光り、光の英雄に起因する!

〈ロック解除! クイーン、やったよ!〉

 スカウトが胴体の側面からチューブを伸ばし、端子につなげる。画面に変わりはないが、水門の周りに光る照明がその色を変えていた。

 確かに、やり遂げたのだ。実感はないものの、さすがにサージュやミューの声を聴けば確信が生まれる。

〈あとは僕たちに任せて! 君は、最後の任務に取り掛かるんだろう〉

 サージュの声色がどこか悲しみを帯びたものだったのを、何も思わずに聞き逃すことはできなかった。彼は、ここに来て私の未来を悟ったのだろうか。何にせよ、ようやく決着が付く。心はすでに、戦いを終わらせることに集中していた。


■ここぞとばかりに猛攻を仕掛けようとするクラージュであったが、あえなく最初の一撃を取られ、腕をねじり上げられる。そのままの状態で二発、胸のあたりを殴られてから、開いている手で攻撃を防ぎ、ねじられている腕もろとも肘で打つ。姿勢を低くしてから、クラージュはジャックの足を殴る。反対も、そして徐々に上がっていき、右脇腹に拳を沈めたところでがっちりとその体を掴んだ。勢いそのまま、持ち上げて後ろに投げる。またもや上がる水しぶきに自らも多少苦戦しつつ、起き上がり予測地点めがけて渾身の一撃を加えた。

 いない。後ろから気配を感じるが、それすらも見切られていた。右から膝を入れられ、よろめいたところをもう一度、遠心力で力をつけた蹴りを入れられる。思わず後ずさった。瞬間、息ができない苦しさと鈍い痛みで思考が途切れそうだったが、何とか持ち直す。その間、こちらに突進してくるジャックも、かなりダメージを受けていることが目に見えた。二人の決闘の終着は近い。全てを賭けた暴力、生き様の応酬がますます激しさを増した。圧倒的な推進力と速度を持って一撃粉砕を狙うクラージュと、数手先を読む精巧さ、また勇猛さを兼ね備えたジャック。地に刺さったままのブレードに目を付けたのは、ほかならぬクラージュだった。

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