《修行中の半亜人》:和解

 「ごめん……なさい」

「ううん」


リンの平坦な口調と謝罪を聞きティルは心を落ち着かせ、切り株の上に再び腰を落ち着かせる。


「急に怒鳴ってごめん。なんか、最近色々とあって心の整理がつかなくて」


言っている途中から、リンには不思議と心を開いている自分がいることにティルは気づく。

世界に関心を示さないようなリンの口調や態度のせいなのかもしれない。


「ティル、怒ってる。私、怒られる」


最後を疑問形にし、リンが恐る恐るティルの瞳を覗き込む。

そこにあった深い悲しみを宿した黒青色の眼にリンは、思わず身を引きかけた。


「もう、怒ってないよ」


乾いた笑顔を浮かべたティル。

それはまるで、全てを悟り、逃れようと懸命にもがいた結果。どうしようもないということを知ってしまった、という表情だった。

同じぐらいの年の人、しかも女の子に怒鳴り散らした自分自身の醜態を思い出すだけでも耳が真っ赤に染まる。


すると、そんなティルの察したのか、優しい手つきでリンがその手を取り、それに自分の手を重ねる。

二人の体温が交わり、リンの顔に羞恥の色が浮かぶ。


「僕は大切な事を忘れているような気がするんだ。ずっと昔、僕は誰かにお願いされて、僕はそれに頷いたはずなんだけど、それが誰でどういう願いだったのかが思い出せなくて。でも、分かることが一つある」


それは、とティルが続ける。


「僕は人を助けられる人にならないといけないんだ。大切なことなのに、いつも忘れて、後悔してる。まるで夢を見ているかのように、靄がかかってどうしても思い出せなくなるんだ。でも、今回は違う。リンが思い出させてくれた」


だから、


「君がどういう状況にいるのか詳しくは分からない。でも、リンが自分から話してくれるまで僕からは聞かない。リンが話せる時まで、待つから」


そして、


「僕が君を守る。もしかしたら、余計なお世話かもしれないし、リンは守られるほど弱くはないかもしれない。それでも、やっぱり僕は君を守らなくちゃいけない気がするんだ。まだ、出会ってから時間が経っていないのに不思議だよね」


すると、リンが重ねられているティルの指を取り、それを握り込む。

まるで離したくないといわんばかりの力加減にティルは驚くが、手を引くわけにもいかず戸惑っていると、リンが口を開く。


「ティルは半亜人」

「うん、僕はクオーターだよ」


リンが発した半亜人という言葉から軽蔑は感じられず、むしろ好意を感じられる。


「半亜人の『大英雄』。ティルは聞いたことある?」

「『大英雄』デミクロニクルのことなら知ってるよ。神々の時代に世界を統べて、人々を希望へと導いた偉大な人だ。何度も修道院の人から話を聞いたぐらい憧れてる人だけど、本当は空想上の人なんだよね」

「違う、本物。私が夢で会った人はデミクロニクルって言ってた。あと、ティルへの伝言も頼まれた」

「そんな訳がない。彼が生きていたとしたら、もう数万年以上は経過しているはず。しかも、彼が存在した証拠はまだ見つかってないんだ。励ましてくれるのは嬉しいけど……」

「『英雄』になれ、って言ってた」

「え……」


ティルの理解が追いつかない。


「私にデミクロニクルが言った。ティルは『英雄』になるべきだって」

「か、仮にそれが本当だとしても…僕みたいなクオーターが『英雄』になれるなんて、夢のまた夢、現実的じゃない。例え、僕が『英雄』になったとしても、人々から認められない『英雄』はいても意味がない」


少女の幻想に対して卑屈になり過ぎているのはティルも自覚している。

しかし、卑屈にならざるを得ない程、ティルは虐げられてきた。


「デミクロニクルだって同じ、半亜人だよ」


その一言にティルはハッと目が覚める思いになる。


「同じ。ティルとデミクロニクルは同じ。だから、ティルは『英雄』じゃない、『大英雄』になれる。だから、私はここに来た。行け、って言われたから来たんだよ」


眩いばかりの笑顔と、ティルが将来『英雄』になることを信じて疑わない瞳。

夢物語を語っているはずのリン、だがその言葉には重みがあり、力があり、何よりティルの心を揺さぶるには十分だった。


「私もティルを守る。『英雄』になったら、私だけじゃなくて皆を守れる。そしたらティルは喜べる」


この心を満たしてゆく感覚、そしてティルを包み込む感情の正体に気づくのはまだ先の事になるだろう。


しかし、朝日に優しく包まれ、手を重ね合う半亜人と少女は、これから歩む未来を確かめあっているかのようであった。

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