《駆け出しの半亜人》:冒険の成果
「はぁ〜、たった三体だけか……運良く、亜種からコレがドロップしなかったら夕飯抜きだった」
体力、気力、魔力。全てを失い、地面に倒れたティルは午後の時間を回復に使ってしまい、帰り際に【トルトル】を一体討伐しただけにとどまった。
しかし、思わぬ収穫もあった。
ベルトに挟んでいる【メヒモス】の触覚をティルはじっくり観察する。
昆虫の触覚に似ているが、サイズは腕ほどの長さだ。
理由は不確かだが、モンスターから魔晶石以外を剥ぎ取ったとしても、剥ぎ取った部位はたちまち砂となってしまう。そのため、一定確率で魔晶石と共に手に入るドロップアイテムは貴重品であるため高値で売れるのだ。
モンスターの素材はありとあらゆる加工が可能となっており、相場が日々変動する魔晶石より確実にお金を稼げる。
高レベルのモンスターからドロップする高額換金アイテムを入手した日には、一生遊んで暮らせるほどの大金が手に入るのだ。
「こんな気持ち悪いものを何に使うんだろう」
昆虫の触覚を大きくしただけで、特に変わりはない。
最も手近なものでポーションなどの加工品があるが、あれは薬草を使って作られているものだ。
いや、本当にそうなのだろうか……
組合へ帰る道のり、赤色のポーションが何で作られているのか頭を捻っていると、周りが妙にざわめいているのに気がつく。
マグノ・ヴィアを走る荷馬車の馬の鼻息が荒く、街を警備している衛兵が殺気立っているのを感じたティルは不安な思いに駆られる。
道行く人々から、
「失敗……」「……死者」「…激怒…」
といった不穏な言葉が耳に飛び込んできた。
ティルは何か知っているであろうシエラの元へ急ごうとするが、広場が見えた所で何が起きたのかを知ることができた。。
普段、広場は冒険者、聖職者、役員、観光客などで溢れており、ベンチで昼食を楽しむ人や噴水の周りで何事かを議論している人など平和な光景だ。
だが、目の前に広がっているのは平和とは程遠いものであった。
広場は包帯を巻かれ、横たわっている冒険者で埋め尽くされている。
腕、脚、胴、頭。
血の滲んでいる包帯に手を当てている者、痛みに呻き声を上げている者、助けを求めて手を彷徨わせている者。
この世の地獄を幾つも経験したティルにとっても目を背けたくなるような光景が広がっている。
すると、見覚えのある青年が傷を受けて苦しんでいる冒険者たちを治療しているのに気が付く。そして、青年が腕に巻いている紋章に目がいく。
「死神……《ルベリオロス》の遠征討伐が失敗したんだ」
中規模な遠征とはいえ、《ルベリオロス》が主導していた遠征が失敗するのはティルが要塞都市を訪れて以来、聞いたことがない。
何かイレギュラーが起こったに違いない。
「あの、何が起きたんですか」
ティルと同じように惨劇を傍観していたドワーフに声をかける。
一瞬、嫌な顔をされたものの、《ルベリオロス》に虐げられている同族意識からか、ドワーフは髭を触りながら何が起きたのかを話し始めた。
「【荒地の王】を討伐しに行ったのは知っとるか。討伐隊の頭は《ルベリオロス》のルーテルっちゅうエルフや。気に食わない野郎だが、何度も討伐に参加してるベテランだ。だがな……」
そういうとドワーフは顔を近づけ、声を潜める。
「俺も又聞きなんで詳しいことは知らんが……出たらしいんや。亜種が」
またも、亜種。
強力な個体の亜種は一般のと比較しても次元の違う強さを秘めているとシエラが以前語っていたのを思い出す。
「亜種……ですか」
「ふん、あんまり驚かんのかい。まぁ、ええ。亜種言うても《ルベリオロス》に対処不可能な種類は燃える砂漠地帯に出るんちゅうのは聞いたことがない。要するに、奴らが持て余すような新種の亜種が出たってこやねん」
すると、ドワーフの冒険者は迷惑そうな顔をし、手入れがあまり行き届いていない髪をガリガリと掻く。
「俺らみたいに砂漠で狩っていた冒険者は亜種が討伐されるまで宮殿に行くことになるな。特定のエリアに縛られない亜種もいるけん、万が一でも遭遇したらと考えるとな〜」
そういうと、ドワーフは片手を上げ去っていった。
ティルは頭を下げて謝意を示すとシエラの待つ組合へと急ぐ。
流石に負傷者の合間を縫って進むのは憚られるので、円形広場の外周を壁伝いに進んでいく。
目を逸らそうにも興味の方が勝ってしまい視線を揺らしていると、司祭服を羽織った男と純白の鎧を纏った女聖騎士が負傷者の治療に当たっていた。
二人は様々な有名人がいる要塞都市の中でも特に名を馳せており、ティルが知っているという意味でも有名な二人だ。
司祭服を着ているのは教皇庁本部から要塞都市へ派遣されている助祭カルロス・モデラ。信徒以外からも敬愛され、常日頃から尊敬の的とされている男だ。
今も柔和な笑みを浮かべつつ高位な治癒魔法を惜しむ事なく施している。
そして、その隣に助祭を警護するように立っているのが、都市最強の一人と謳われる聖騎士団長ファーレイ・ミニュ・テスレイ。ファーレイにまつわる数えきれないほどの逸話はどれもが真実だそうだ。
ファーレイのことを初めて見たティルは、己の血が湧き上がるようなとどめがたい強い感情を抱いていた。
靭やかな肉体、濃密な魔力、そして強者特有の覇気。
高みに至った人物。
それを目の当たりにした今、ティルは興奮すると同時に明確に知った。
―――自分には遠すぎる。
無論、最初からティル自信が高みへと到れる強さがないことを百も承知している。しかし、知っているのと知らされるのでは明白な差があり、例え地を舐め泥を啜るかのごとく特訓や討伐に明け暮れたとしても、決して到達できないと理解できる程にファーレイの存在感は際立っていた。
「あ、ありがとうございます」
一人の冒険者が助祭カルロスに縋り、感謝を述べるのが聞こえる。
血糊の付いた手で司祭服に触れられたものの、カルロスは何ら気にすること無く冒険者の手を握りしめて言った。
「神の御加護があらんことを」
良い人だ。
教皇庁が崇める神を良く知らないティルでも、きっと良い神様なんだろうなと思えるほどにカルロスの行いは善だった。
すると、カルロスが首を少し動かし、その視界の範疇にティルを捉える。
偶然だろうか、ほんの数秒間の間、目が合ったような錯覚にティルは陥った。
確認しようと思い、カルロスの方を凝視したときには既に他の冒険者の治療へとあたっていた。
「なんだろう」
しかし、そのまま冒険者を治療しているカルロスを見て勘違いであることを確信したティルは組合へ重い足取りで向かった。
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