捜索(過去バナ)
「では、これからダークナイト・グランドの捜索を開始する!」
ガリアさんが正面に立ち、大声で話している。
到着してから、一晩が経った。
その前が狭い馬車の中で寝ていたので、客室で布団で寝られてすっきりと起きられた。
これから戦いに出かけるという事以外は、快調だ。
昨日はミコさんから小さいながらも、歓待の宴を催してもらった。
エルフの食事はメインが菜食らしく、皿の上のほとんどが緑色だったのは少し物足りなかったけど。
肉はあまり食べないという事だけど、俺たちに配慮してくれたみたいで厚いステーキを出してくれた。
かなり気にかけてもらっているようで、逆に申し訳なく思ってしまう。
ミコさんも昨日の着物のような姿ではなく、他のエルフが来ているような動きやすい服装に着替えている。
エルフの戦い方は、木の上を移動したり物陰を動いたりするために、あのような服装を好むのだろうが彼女の立場を考えると防御力が低くて心配だ。
ガリアさんの昨日の様子から見ると、もっと頑丈な装備をさせた方が良いと思うけど本当にああいう装備しかなかったんだろうな。
「ダークナイト・グランドはユグドラシルを狙っていると考えられる。ユグドラシルはこの世界の命運を握っている重要な神樹だ。魔王の幹部などという者に、倒されるわけにはいかない!我々の手で守り抜くのだ!」
正面で熱烈に演説するガリアさん。
隣に立っているアリスは、眠そうにあくびを繰り返している。
やる気があるのかないのか。
「ダークナイト・グランドの外見は全員覚えたな。黒い鎧姿をしている。そしておそらくどこかに隠れ潜んでいるはずだ。洞窟や地面の穴などを詳しく調べろ。もし見つけても刺激はせずに、俺に連絡をしろ!」
「はい」
集まっているエルフがそろって返事をする。
そしてエルフたちは4人ずつくらいの組となって、軽やかに駆けて行った。
流石エルフたちだ。
一瞬で四方にばらけて消えてしまった。
「では、私たちも行きましょう。馬車に乗ってください。連絡が来れば、すぐに移動できるようにしましょう」
ガリアさんに勧められるままに、馬車に乗りこむ。
エルフの隠れ里まで乗ってきた馬車である。
ガリアさんが御者台に乗り込んで、俺とアリス、ミコで向かい合って座った。
馬に手綱を振るうと、すぐに馬車は動き始める。
ガタガタとゆっくり進む。
「久しぶりです。里の外に出るのは」とミコが話し始めた。
「確か王城へ挨拶に行った時以来です。アリスもいましたよね」
「いたわね。4年くらい前だったかしらね」
「ええ。それ以来、里の外に出てはいません。毎日建物の中で、書類や報告を確認する日々でした」
「うわぁ、私はそんなの嫌だわ」
「お前はそんな感じだよな」と軽口を言うと、「うるさいわね。私は良いのよ」と言い返してくる。
「3年間、そんな日々だと暇だろうなぁ」
「大きな声では言えませんけど、その通りですわ。だから今回の話を持ってきてくださったアリスと新川さんには感謝しているんですよ」
にこっとミコが笑う。
「いや、俺は何もしていないし、むしろ巻き込まれている感じだから」
「そうよ。感謝する必要はないわよ。私たちはもう一蓮托生なんだから」
「そうですか?でもアリスと一緒に出掛けられるのは嬉しいです。今までは、お互いに立場もありましたから」
アリスも仮には王女だから、ミコさんはそういった立場としてでしか会えなかったのだろう。
「そうね。堅苦しい礼儀作法でめんどくさかったわね。のんびりとできなかったし、周りにどうしても人がいて落ち着けないし」
アリスがミコに同意する。
「アリスとミコはどんな風に出会ったんだ」
「私とアリスの出会いですか?それは12年位前に遡りますね」
ミコが懐かしむように目を閉じて、語り始めようとした。
しかし「ちょっと待って」と自分で尋ねたのに、話をさっそく自分で止めてしまう。
「ミコさんって、まだ15とかですよね。計算間違えてませんか」
しっかりしているとはいえ、まだあどけない顔立ちをしているミコがそんな過去に会っているのを覚えているとは思えなかった。
ミコはきょとんとして、クスクスと笑い始めた。
そしてそれにつられるようにして、アリスも同じように笑い始める。
「あはははは……、ミコの事そんな風に思っていたんだ!あはははは……」
「ごめんなさい。笑ってしまって、説明していませんでしたね。こう見えて、私は30歳なんですよ」
「30歳?」
「はい。エルフは長命で、その分成長が遅いのよ。だから人間の子供のような見かけでも、成人しているのよ」
「こちらこそ、すみません。てっきり年下だと思ってしまっていて、もしかしたら失礼なことをしてしまったかも……」
ミコに頭を下げて、謝る。
「いえいえ、どうぞ、かしこまらずに話していただけませんか。私だってまだ若いんですよ」
外見子供にそんな事を言われても。
「わ、分かりました。すいません。話の腰を折ってしまって」
「良いのよ。説明しなかった私が悪いから。それでアリスとの出会いは、私の里の長に任命された時よ。それが12年前」
今が30歳だとすると、18の頃に里の長に任命されたってことか。
「また話の腰を追っちゃいますけど、何故ミコさんが里の長なんですか。長命種というなら、もっと年上のエルフっていますよね。18歳が里の長になるっておかしくないですか?」
ミコは何か少し困ったような顔をした。
「色々と判断基準があるのよ。本人に言わせないであげなさいよ。言いにくいでしょう、そういうことは」
確かにアリスのいう通りだ。
「すみません。またしてしまった。話を続けてください」
「里の長に任命されたので、人間の王、つまりアリスのお父様にご挨拶に伺ったの。その時に私の通された客室に忍び込んできたのが、アリスだったの」
「忍び込む?」
普通に会いに来たではなくて?
「アリスは当時から、好奇心旺盛で活発だったの。だからお忍びで来た私に興味を持って、隠れて私に会いに来たのよ」
「それで遊んだのが、最初ね」
「それから何度か、私が会いに行ったりアリスがエルフの隠れ里に来たりしたりして交友を深めていったのよ」
「ここ最近は、いろいろとあったからあまり会えていなかったわね」
「アリスが戦場に参加していましたからね。エルフは盟約上、戦場に出ることはできませんから、こちらからは会いに行けませんでした」
盟約というのも気になるけど、話の腰を折るのはやめておこう。
「そのおかげで、私はこうして一人でこれたから逆に良かったわね」
「私もこうして一緒に出掛けられますし。夢だったんです。こうやって、楽しく出かけられるの」
そう言って、ごうごそと荷物の中に手を突っ込んで、中を探り始めた。
何をやっているんだろうとみていると、何かの袋と筒状の道具を取り出した。
「お菓子を用意したのよ。一緒に食べましょう」
袋を広げると中から、美味しそうな香りがする焼き菓子が出てきた。
「良いわね。捜索はかなりかかりそうだし、腹ごしらえをしておきましょう」
筒状の道具は、水筒のようだ。
コップに中から水を注いで、ミコはそれぞれに渡し始めた。
「はい。新川さん」とニコニコとしながら渡されて、「いただきます」と受け取った。
そしてアリスとミコが焼き菓子を取って、呑気に食べ始める。
「ピクニック気分かよ!」
これからヤバい奴と戦いに行くのに、気楽すぎる。
「今から気を張っていたって、しょうがないじゃない。今は報告があるまで、英気を養うのが賢いやり方よ」
流石戦場に出ていただけあって、アリスは貫禄がある。
「そういう事ですよ。新川さん、今はゆっくりと馬車の旅を楽しみましょう」
「大丈夫なのか……?。まぁ、そこまで言うなら……」
「ダークナイト・グランドだって、きっと巣穴の奥に行ってなかなか見つからないわよ。だって今回はたまたま私が近くにいたけど、本来はたった一人で無双できるような場所よ。わざわざ傷を押してまで戦おうなんて思わないわよ」
「それもそうか」
焼き菓子を取って、口の中に放り込む。
甘さとカリっと砕ける触感が、心地よい。
「美味しい」
「本当?ありがとう。いっぱい作ったのよ、昨日から頑張って」
ミコが嬉しそうに言うが、頑張るところが違くないか?
そして呑気なピクニックが始まろうとした雰囲気の中、御者台のガリアさんがこちらに言った。
「ダークナイト・グランドが発見されました。森の中を一人で歩いているそうです」
俺たちの空気は固まった。
焼き菓子を片手に呑気にティーパーティを始めようとしている姿で。
「少し揺れますので、気を付けて」
バシッと音がして、馬車がダークナイト・グランドの元に向けて走り出した。
まったく準備のできていない俺たちを乗せて。
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