隠れ里(エルフ)
馬車は森の中のそれと見なければ分からないほどの隠された道を進んでいく。
ぱっと見は普通の森の中だけど、その箇所だけわずかに開けていて、馬車が進める程度の空間があり、車輪がひっかからないように地面が固められている。
そしてエルフたちは枝の上をまるでサーカスの空中ブランコのように、ぴょんぴょんと飛びながら馬車と並走している。
そして周囲に魔物が現れれば、弓や槍で脳天へ一撃を食らわせて排除していた。
なんという安心感。
アリスとの二人旅はなんとも不安だったが、事務的に処理されていく魔物を見て、自分の命の危機がなくなるのが分かる。
「よくこんな森ばかりの変わらない景色をずっと楽しそうに見ていられるわね」
隣で座って、手持無沙汰な様子のアリスが話しかけてきた。
「エルフさんたちの動きが凄いからずっと見ていられるよ」
「そう?まあ、そうかもね。エルフはずっと森の中で過ごしていて、森の中での戦いはなれているから。あんなふうな、戦いはお手のものね」
逆側からエルフの姿を覗きながら、そう呟いた。
「っていうか、俺は全然話を聞いてなかったけど、これからこのエルフたちの住んでいる所に行くんだよな」
「そうよ。エルフの隠れ里って、呼ばれているけどね。一般的には、知られていないのよ、ここは」
「一般的にはって、隠されているのか?」
「そう、隠されているのよ。知っているのは、本当にごく一部の人たちだけよ。王族でも、知っているのは直系のみよ」
王族のアリスが言うからにはその通りなのだろう。
「そんなところに俺が入っていいのかよ」
「仕方ないでしょう。それともあの森に、何日か野営してもらった方がよかった?」
「良いわけないだろ。しかしそんなに厳重に隠されているのに、俺をそんなにすんなり信じてくれたな」
「私の友達が、この里のトップだからね。私の事は、信頼してくれているのよ」
さすが、王族、隠れ里のトップと面識がある上に、友達と言い切れるのは凄いな。
「その友達っていうのは、どういう人なんだ?」
「真面目で優しい子よ。少し硬すぎる所はあるけど、それはしょうがないかしらね」
「いや、お前に比べれば、どんな人間だって固く見えるだろ」
「はぁ?殴られたいの?」
アリスは俺をにらみつけた。
「返り血で、馬車が汚れるぞ」
「それもそうね。これがなくなったら、走るしかなくなるわ。速いけど疲れるから面倒ね」
そう言って、窓の外へと視線を戻す。
「隠れ里に行こうとしていたみたいだけど、何かあるのか?」
「何もないわ。ただ武器とか旅をする食料とかを補充するつもりだったのよ」
「本当に、それだけなのか」
「そうよ。そのあとは、最前線に戻って魔王の所に殴りこむ予定だったけど」
「それって、俺も一緒にってことか?」
「え?当たり前でしょう」
きょとんとした顔をこちらに向けてきた。
「いや、無理なんだけど」
「仕方ないでしょう。決まっちゃったんだから」
「一方的にだけどな。俺の意見も聞いてくれよ」
「だって、帰りたい戻りたいしか言ってないじゃない」
「そうだけど、なら、せめて教会の総本山によらせてくれ」
「教会?何をするのかしら、そんなに信心深かったかしら」
「そうじゃない。この剣にかかっている女神の祝福をそこで解除できるかもしれないから、そうすれば俺がいなくても剣だけ持っていけるだろ」
「へえ、そうなの。じゃあ、寄ることにしましょう」
良かった。教会に行ければ、俺はこんな怖い思いをする必要はないし、さらに言えば経験値も横取りされずに強くなることができる。
そうすれば、俺はやっと冒険を始められるのだ。
「そうなるとかなり遠くなるわね」
「そんなに遠いのか?」
「ええ、国を横断するわね。背に腹は代えられないわね、魔王と戦いながら守るのは大変だから」
「そうだろう。そうなったら剣は持って行っていいから」
「分かったわ。そうなったらね」
剣は外して壁に立てかけてある。
「そういえば、お前だって戦っていたんだろう。もともと持っていた剣は、どうしたんだ?」
「あぁ、レッド・ローズね。あれは、取り上げられて王都の宝物庫に入れられているわ。取りに行くのはまずもって無理だわ。流石に自分の国と戦うなんて嫌だもの」
「そこら辺の分別はあるんだな」
「分別って何よ。私は強くなりたいだけよ」
「どうして?」
「どうしてって、あなたには関係ないでしょう」
アリスは何か少し怒ったような声で言った。
「怒るなよ。ちょっと気になっただけじゃないか」
「そうね」
そして窓に肘をついて、馬車の景色を見始めた。
それからは俺の問いかけに、生返事でしか返さなくなり、俺も暇をつぶすために反対側から外の景色をみるしかなかった。
アリスの戦う理由。
それをただの戦闘狂だと思っていたが、もしかしたら本当は何か別の理由があるのかもしれない。
だけどそれを問いかけるには、まだアリスとの関係は浅すぎた。
*
出発してから半日後、お腹がすいてきた頃にその隠れ里についた。
「なんだあのデカい木?ロックジャイアントよりも大きくないか?」
「あれはユグドラシルよ。あの木を代々守り続けているのが、エルフたちよ」
「凄いな。でもあんなにデカいものが、どうしてさっきまで見えていなかったんだ」
「それが隠れ里と呼ばれる理由よ。ユグドラシルを守るために、この辺一帯には感知や視覚を阻害する魔法が山ほどかけられているの。魔力の多い、エルフじゃないと維持できないほどたくさんね」
「はぁ、凄いな。それでどうして、ユグドラシルをそこまでして守る必要が?」
「ユグドラシルは、この世界を守り見守る木だそうよ」
何か曖昧な返事をされて、さらに詳しい事を聞こうとしたとき、「ミコ様がお待ちです」と停車した馬車の扉を開けられた。
「さ、行くわよ」とアリスは扉からぴょんと飛び降りた。
「分かったよ」
下りると、エルフの隠れ里の様子が良く見える。
日本家屋風の木で組まれた家ばかりだ。
懐かしい気分になる。
最初に泊まった所も、日本ぽい感じがあったけど、ここと同じ人が作ったんだだろうか。
「いつ来ても不思議な感じね。石造りじゃなくて、木で作った家って」
「そうか。単に木で作ればいいだけだろう」
「だって燃えやすいじゃない。火を使わないと料理もできないし、中を温められないわ。火事になったら燃え広がりそうじゃない?」
「確かに火事は点滴だけど、なんか木の温かみみたいなものはあるだろう」
「そうかもね」
適当に流されて、アリスと一緒にエルフたちと共に村の中を進んでいく。
ユグドラシルの幹へ向かうような道を歩いていくと、時期に神社のような建物が見えてきた。
高足の木造建築で、一際大きく異彩を放っている。
「お足もとにご注意ください」
建物前の階段を登る。
ユグドラシルに接するように建てられた神社の前から見上げると、ユグドラシルの枝と葉によって空はほとんど覆い隠されていた。
「私はミコ様と会話してきますので、カエデ、後は任せました。残りの者は巡回に移りなさい」
「はい」と息のそろった返事をして、ほとんどが俺たちの元から去り、残ったのは一人のエルフだけだった。
「では、アリス様、新川さん、こちらです」
女性のエルフ、カエデによって俺たちは神社の中へと案内される。
畳まで完備されていて感動する。
そして御簾がかけられた大きな部屋に通された。
そしてカエデが持ってきたお茶を飲みながらそこで待っていると、御簾の向こう側に誰か小柄な人が現れたのが見えた。
「ようこそいらっしゃいました。アリス、新川さん」
「お招きいただきありがとうございます。ミコ、元気そうね」
「ええ、アリスも。それでそちらが新川さんですね。私はミコ・テンプル。どうぞ、かしこまらずにミコとお呼びください」
「はい。ミコさん、初めまして。新川修平と言います」
御簾の向こう側であまり見えないが、ミコ・テンプルは若い女性のようだ。
しゃべり方が落ち着いていて、口調も大人びているので年上だろうか。
「やはり、邪魔ですね。よいしょ」
そう言って立ち上がり、あっさりと御簾の向こう側からこちらへ来た。
大人びていると思っていたが、まだ幼い顔立ちをしていた。
人種の違いで詳しくは分からないが、中学生くらいに見える。
他のエルフと同じように、耳はとがっていた。
「ミコ、そんな風にしているとまた困らせてしまうわよ。ほら、あのエルフも何とも言えない顔をしているわ」
アリスが指さす方向を見えると、ミコを呼びに行くと言っていた大柄なエルフがいて、眉をひそめていた。
そして俺たちが見ているのに気付くと、ふいと外を向いてしまう。
アリスと話していたり、エルフたちを統率していたりしていて、頼れる人っぽかったので困った顔をしているのが意外だ。
「良いのよ。今は緊急事態なんだから、早く報告を聞ききたいわ」
ミコが俺たちの目の前に座布団を引き直して、座りなおす。
「まずはこちらの状況を話さないといけないわね」
そしてミコは語り始めた。
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