女神の祝福(呪い)
さっそく朝から出かけ、商人の所へ向かった。
そして「これを買い取ってくれ」と商人が何かを言う前に、換金を要求する。
「ステノ実が目的ではありませんでしたか?」
商人は目を細めて、訝し気に言う。
「冒険者になろうかと思っていたんですけど、昨日戦ってみて無理だったからやめました」
戦いどころか、びびっていただけの上、猫型の魔物から逃げ回っていただけだったからな。
「その剣ならば、ここら辺の魔物なら一撃だと思いますが、どういう戦い方をしているんですか?」
明らかに不思議そうな顔をしている。
確かにこの剣を理解しているのであれば、そう考えるのは当然なんだろう。
あの魔獣型の岩をあっさりと切り捨てる凄い剣なんだから。
「ただ逃げていただけというか……。いや、岩みたいな魔物は倒しましたけど」
「逃げる必要なんてありませんし、何故そんなに逃げ腰なんですか?」
普通ならそんなに怯える必要はないけど、俺は別だ。
「えっと、俺ってレベル1なんですよ」
「は?」
初めて商人の顔がぽかんと間の抜けた顔をする。
「レベル1なので、この近くの魔物でも強くて……」
説明をするも、「ちょっと待ってください」と商人が額を押さえながら言った。
「レベル1?本当に?」
「はい。まじの本当です」
「なぜ、どうして?」
「俺が聞きたいです」
「ステータスカードを見せてもらっても良いですか」
「はい。どうぞ」
ステータスカードをカウンターの上に置く。
商人が覗き込み、「名前、新川修平。レベルは……確かに1ですね。何歳ですか。19歳?どうやって生きてきたんですか?」と聞いてきた。
「普通に生きてきたつもりですが……」
「そんなはずありません。レベル1から上がっていないなんて、普通なんてありえない。生まれてからずっと寝ていたんですか」
「違いますよ。ただ色々とあって……」
「色々?何があったらこんな変なことになるの?レベルが上がらないなんておかしいでしょう」
商人は昨日と打って変わって、うろたえている。
威圧感と大物感があったのに、今は混乱していて愛嬌がある。
「えっと、それでこの剣をお金にできますか?」
「もちろんできます……。あなたの事が気になりますが、説明してくれそうにないので進めましょう」
話は脱線したが、やっと換金の話になったので剣をカウンターに乗せる。
「確かに。では正規の鑑定を行います」
カウンターに置かれた剣の上に両手をかざし、「カンテイ」と唱えた。
パッと両手から白い魔法陣が浮かび出る。
それは時計回りに回転しながら、ゆっくりと剣に向かって降りていく。
魔法陣が剣と交わって、そのまま変化せず通過して消えた。
初めて魔法らしい魔法を見た気がする。
『レベルック』とかいう変な魔法しか教わっていないし、これまで正当な魔法を見てなかったことに今気づいた。
5日間くらいいるのに、レベル1の呪いみたいなものに翻弄されて、全然魔法とかの異世界特有のものは見ていなかったな。
「女神の加護のかかった片刃の剣ですね。名前は、『一太刀』ですね」
「剣に名前なんてあったんだ。『ひとたち』か、ぱっとしない名前だ」
「ただ効果に『不壊』と『切断』がついています。『不壊』は絶対に壊れないというスキルで、『切断』は切るときの威力が上がるスキルですね。国宝級のモノでも一個しかついていないのに……」
「そんなに凄かったのか……」
そんな貴重なものを俺は持って歩いていたのか。
強盗とかに会わなかったのは、幸運だった。
そういえば、昨日も変なローブの女性に不用意に渡してしまった。
運よく返してもらえたけれど、もし持ち去られていたらどうなっていたか。
今考えても、ローブの女性が何をしたかったのか分からない。
結局ちょっと歩いて、剣を見せただけだった。
返してもらえたし、何だったのだろう。
「ええ、この世に一本しかないと言っても過言ではありません。では鑑定の結果ですが、国宝級の業物とさせていただきます」
そして紙にさらさらと何かを書き始めた。
「金額としては、7000万でいかがでしょうか」
俺の方に向けて、日本語で書かれた契約書が差し出される。
そこにはしっかりと7000万という数字が書かれていた。
予想よりも高いし、もっとこう買いたたかれると思っていたから、あっさりと大金を提示されて逆にびびる。
「昨日は最初10万とか言っていたのに、こんなに高くていいんですか?」
「お気に召しませんか。それとも10万がお好きです?」
いたずらっぽく笑いながら、「昨日話をしたところいくら払っても買いたいという方がいまして、だから高く設定できるんですよ」と言った。
「買いたい方?」
「ええ、ただお教えすることはできませんよ。機密情報ですので」
「別に知りたくはないです。多分今後関わることはないと思います」
これからはただの商売をしていくつもりだし、もともと一般人の俺がこんな大金をポンと出せるような人と関わっていける気がしない。
「お金については、どうしますか?一括で受け取りますか?こちらで金融行もしていますので、預けてみませんか」
金融までやっているんだ。
自分が受け取っても、そのお金をどこに置いておくんだっていう話だし、このまま甘えてしまった方がいいと考えた。
「ぜひ、預けたいです。いつでも引き出せるんですよね」
「もちろんです。ただ大きなお金を扱いますので、特定の提携店でしか引き出せないので注意してください」
「分かりました。じゃあ、お願いします」
「承知いたしました。では登録しますね」
背後の棚から紙を取り出して、さらさらと書き上げる。
そして何か魔法的なものを使った。
「どうぞ。これが証明書となります。ステータスカードにも加筆できますが、どうしますか?」
「加筆?」
「ステータスカードに、追加で預けている金額を記入できます」
「じゃ、それも」
「承知いたしました」
ステータスカードの上でひょいひょいと指を走らせて、魔法陣が浮かび上がる。
そして魔法陣が消える。
「加筆完了です。ご確認してください」
ステータスカードを見ると、一番下に7000万という数字が入っている。
「大丈夫です。では取引成立という事で、この『一太刀』はいただきますね」
最後の確認なのか、さやから抜いて剣の刃の部分をまじまじと見つめていた。
さやの装飾や柄の部分も撫でる。
カシャンと剣を元のように収めた。
そして剣を持って、立ち上がり店の奥に行こうとする。
ほんの数日しか持っていないのに、剣が手を離れてしまうのは何か寂しく感じてしまう。
あの大爆笑女神には腹は立つけれど、こんな大金を初手で手に入れてしまえるのはあれのおかげだ。
「ありがとうございます。これで当面の生活費は稼げました」
お礼を言う。
「ふふ、こちらこそ、こんな素晴らしい剣をありがとうございます」
ぺこりと頭を下げたので、つられてこちらも頭を下げる。
その一瞬の出来事だった。
「あら?」と変な声を商人さんが出した。
何かと思って顔を上げると、手を空にした商人がぽかんと口を開けている。
口の中を見て歯並びがいいなとぼんやりと思った。
そして腰に重さがあるのに気付いた。
「はっ!何で?」
それを見ると、確かにさっき商人が持っていたはずの剣が腰にあった。
2mは離れているし、動いていないとはいえ一瞬で他人の腰に剣をさすのはむずかいいだろう。
「あの……どういうことですか?」
おそらく自分と同じように何も分かっていないであろう商人に、思わず尋ねた。
商人は血相を変えて、バンとカウンターを叩いた。
「ひっ!」
その変わりように女の子のように声を上げてしまう。
「もう一度見せてください!もっと高位の魔法で鑑定をさせて下さい!」
詰め寄られて、その必死さに素直に頷くしかなかった。
そして十分後、色々と準備をして鑑定を行った結果、深刻な顔をした商人の対面に座り、話を聞くことになった。
「鑑定の結果、二つのスキルの他、別のモノがかかっていました」
「呪いとかですか?」
商人は顔を暗くして、「いえ、その逆です」と答えた。
「逆なら、良いのでは?」
「そうですね。それは女神の祝福でした。こちらもまさかの二つです」
「えっ。女神の祝福!何か凄そうだな!」
また買取費用が上がるかもしれないと、舞い上がる。
「はい。内容は、『Exp吸収』と『自動返品』です」
「『Exp吸収』と『自動返品』?」
なんとも嫌な予感がする。
生まれて20年もないけど、一番にやばい事実が目の前に転がっている。
「『自動返品』が先ほどの私から新川さんの手に戻った現象の祝福かと……。おそらく売買ができない。もしかしたら、誰かが奪ったり使っていたりした場合新川さんの元に返品、戻ってくるという事ではないかと……」
「じゃあ、さっきの7000万は……」
答えなど分かり切っているけど、聞かないと気が済まなかった。
「申し訳ありませんが、売買ができない以上……、お金も返していただきます。一応、口座は残しておきますが……」
「ですよねぇ!」
顔を両手で覆って、叫ぶ。
理解が追いつかない。
したくない。
意味不明な状況に置かれて、やっとこさ希望が見えてきたのに、まさかその希望が立たれるなんて。
せっかくの7000万が。
これで何とか生きて行こうと思ったのに!
せめてレベルアップできたらいいのに、レベル1のままだし!
レベル1。
『Exp吸収』?
「えっ?もしかして俺がレベル1のままなのって……」
「おそらく女神の祝福によるものですね」
「それは祝福じゃねえ!」
思わず叫ぶ。
「それはもう呪いだろ!」
「神がもたらすものは、全て祝福です。呪いは人間や魔王が行う物です」
「これはもう魔王だろ」
「魔王ではありません。神ですから」
「神の所業じゃねえ」
脳裏によぎるのは、女神との別れ際のあの笑い声だ。
あの大笑いは、この剣の内容を知っての事だったのだ。
こんないたいけな人間になんてことをしてくれるんだ。
「それでも『不壊』と『切断』は良いスキルですし、国宝級なことは間違いありません」
俺の落ち込み用を見て、商人が慰めてくれる。
「俺がレベル1でなければですけどね……」
「それは……まぁ……」
商人はそれ以上フォローが思いつかなかったのか、目を逸らす。
「女神の祝福を外すことができますか?」
「分かりません。でも神の事ならば、教会です。教会は西の方にあったはずです。そこで聞いてみるのはいかかがですか」
「教会……。わかりました。ありがとうございます。もうそこに行くしかないですね」
教会に行って、女神の祝福を取り除く。
ステータスカードにあった7000万の数字は消え、そこにはむごたらしいまで0という数字が書かれている。
これをなんとしても取り戻さないと。
俺の安定した異世界生活のために、なんとしてもあのふざけた女神の祝福、もとい呪いを解かないと。
*
商人から別れたその足で、教会に向かう。
教会は西の方角を見ると、大きなとんがった屋根があり分かりやすかった。
他の家よりも大きく、白い石壁と青く塗られた屋根が印象的だ。
大きな両開きのドアを開けて、中に入ると一人の女性が祈りを捧げているのが見えた。
白と青の修道服に身を包んだ修道女は俺が扉の音を開けた音を聞いて、振り向いた。
「ようこそ。ソフィア女神教会へ。今日はどうされましたか」
恰幅の良いおばさんだった。
親切そうなニコニコとした笑顔をしている。
「あの女神の祝福について、知っていますか?」
「もちろんです。ソフィア女神に祝福されて、私たちは生きているのですから」
その言葉を聞いて、下手なことを言ったら、反女神みたいに思われて大変なことになりそうだと思った。
「教えてほしいんですが、武器に祝福を掛けることはできるんですか」
「もちろんです。敬虔な冒険者さんは、毎回私たちの所へいらっしゃっいますよ」
「なるほど。武器にかけられた祝福がとけてしまう事ってあるのでしょうか」
「はい。時間が経過するほど、祝福が弱まっていきます。掛けなおせば、継続できますよ」
慎重に言葉を選ぼう。
「その祝福を別の祝福に掛けなおすことってできますか?」
消してほしいなんて言えば、反感を買うかもしれない。
だから穏便に事を進めそうな方法で行ってみよう。
「できますよ」と快い返事がもらえた。
「だったら、この剣にかけられている祝福を別のモノに掛けなおしてもらえますか?」
「はい。はい……?」
女性は剣を見て、目を丸くした。
そして「なんて、強い祝福なの……」と言って、俺の目の前に跪いて祈りを始めてしまう。
「あの……、かけなおすのは……」
「なんて持ってないことをぉ!」と女性が叫んだ。
驚いて、変な汗が出る。
「こんな輝きは、他に総本山で修業した時に一度だけ目にした神器だけですよ!こんなものをかけなおすなんてもったいない!」
人が変わったように、目を見開いて服を掴む女性に恐怖が湧く。
「これを下さい。これは世界の宝ですわ!」
「怖い怖い怖い!顔が近いです!それにこれは俺から離れないんです」
キスをするように顔を迫らせる女性を制止しながら、正直に説明した。
「離れない?あら、どうされたの?」
もうそこまで言ってしまったら、どうにでもなれとすべて洗いざらい説明した。
「大変ね。でもそれは無理よ」
「無理……」
「祝福を変更できるのは、その祝福よりも同じかそれ以上の祝福を掛けられないといけないのよ。だからこの祝福を掛けられる人間はいない。もしかけられるとしたら、総本山のトップでしかないです」
つまりすぐに祝福を解除できない。
解除するためには、その総本山とやらに行かなきゃいけない。
行くためには、ここよりも強い魔物がいる場所に行かなきゃいけない。
移動手段を確保する金策がない。
「詰んだぁ……」
冒険者になるのも無理。
剣を売りさばいて、お金にするのも無理。
剣の祝福を解除するのも、無理。
腰の剣がずしりと重くなる。
崩れ落ちそうな膝に耐えながら、「ありがとうございました」と修道女にお礼を言う。
その時、ズシンと地面が揺れた。
そして外から男女の悲鳴が聞こえてくる。
「何かしら」と修道女は扉を開けて外に出て、通行人が見上げている方を見た。
すぐにどしっと腰を抜かした。
なんだろうと続いて外に出て、その方を見上げる。
「なんじゃこりゃあああああああああああああ!」
俺は自分史上最大の大声を上げた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます