初めての戦い

 門番の所に行くと、やる気のなさそうな系武装の槍を持つおじさんが門の両側に立って欠伸をしていた。


 やる気ないのかよと少し呆れたし、更に門を通ろうとしたのに呼び止められこともなく通過できることにも驚いた。




 嘘だろ。


 こういう時って、身体検査とか色々受けたりはしないのかよ。


 わざわざ指摘して、時間を使う理由もないのでとっとと外に出る。




 この街は巨大な塀でぐるりと囲まれている。


 四方に一つずつ門があり、俺はその内東側にある門の前にいる。巨大な分厚い木で出来た門は解放されていて、夜には閉じているらしい。空いている間は、国の役員が見張っている。


 つまり先ほどのやる気のないおじさんだ。




 この門を選んだのは、この向こうは平原が広がっていて、比較的レベルの低い魔獣がいると聞いたからだ。


 受付のお姉さんの話では、フロッグと呼ばれる蛙のでかい奴がほとんどらしい。鈍重且つかなり弱い。


 蛙なんて掌サイズのものしか知らないから、人よりも大きい蛙なんて想像できない。




 注意したいのは、もう一匹の魔獣でフロッグを食料とする猫型の魔獣である。こちらは少ないが、フロッグというのを年中食料にしているだけ合って、レベルが高いと聞いた。


 だから猫っぽいのを見たら、全力で逃げよう。


 頼りないけど、門番のおじさんに任せよう。




 そして外に出てすぐに、遠くにぴょんぴょんと跳ねる影が見えた。


 まさにカエルの姿だ、見渡す限り平原の先に見えなければ。


 100mくらい先に呑気に右に左に跳ねている姿が、ぱっと見3匹くらいいる。


 あれがフロッグ。


 この世界で弱い魔獣、子供でも楽に倒せるレベルである。その子供もレベルは最低でも10はあるらしいが。




 腰の剣に手をかける。カチャと金属の鳴る音が聞こえた。


 思い切って、戦ってみようか?


 いや、俺は戦闘経験もないただの一般人だったんだぞ。そもそも剣の振り方なんか、中学の時の県道の授業でしかやったことない。


 やめておこう。下手に挑んでカエルに殺されたなんて、知られた日には恥ずかし過ぎる。




 そういえば、と思って、「レベルック」と唱えてみる。


 どこまでの範囲で効果があるのだろうという興味本位で使ってみたのだ。


 するとフロッグのすぐ近くにレベル10と出た。


 やっぱりレベル10はあるんだと思っていたら、レベル1という表示が視界の端で見えた。


 なんだと思って視線を向けると、そこに平原に頭を出している岩がある。


 レベル1という表示はそれから出ているらしい。




 恐る恐る近づいてみるが、岩はなんの動きもない。


 岩なんだから当然だけど、レベルが出ている不自然さが気になって慎重になる。


 手が届く位置になっても動きはない。


 触ってみようと思ったが、さすがに素手だと怖い。女神からもらった剣を抜いて、こつんとそれを叩いてみたつもりだった。


 だけどまるでバターのように簡単に岩に剣が沈んでいった。




「へっ?」と自分の間抜けな声が聞こえ、岩はまるで幻だったかのように消えて行った。


 そしてレベル1の表示も消えた。


 岩があった場所には、小さな穴が空く。


 何が起こったのか全く分からずに呆然としていると、ゴロゴロと小さな音が聞こえた。


 それはそう、猫が機嫌のいいときに出す音のようだ。




 どうして見えなかったのか。レベル1という表示に意識が行き過ぎて、そこにレベル15という表示があることに気づいていなかった。


 フロッグを餌にしているという猫型の魔物が、気持ちよさそうにすぐ近くで日向ぼっこをしていた。


 三毛猫のような斑な色をしていて、一瞬可愛いと思ったが、大きさもフロッグを食事にしているだけに大きい。


 1mくらいはあるのではなかろうか。




 やばいと思い後ろに飛びのいたのが、間違いだった。


 剣の重さに振られて、よろめき転んでしまう。


「いたっ」


 幸いにもけがはしなかったが、猫がこちらを見ていた。


 のそっとゆっくりと同時に立ち上がる。


 ネズミの気分というのを、初めて知ることができた。




 恐怖でなりふり構わず、100mもない距離の街の門番に向かって走る。


「助けてぇ!」という全力の声を出しながら、平原の柔らかく微妙に走りにくい場所を駆けた。


 にゃおぉぉぉおお!という猫の声がまるで背中にぴったりとついてくるように感じる。


 門番のおじさんが俺の声を聴いたのか、姿が見える位置まで出てきてくれた。


「助けて!」と手を振るが、何だあいつみたいな顔をする。


 子供でも倒せると言っても俺にはやばいやつなんだと説明したいが、走っているし追われているしでそんな時間もない。




 だるそうに槍を構え、ひょいとそれを投げた。


 俺の知覚能力を超えたその槍が、背後の猫に刺さったと分かったのは背後で悲鳴が上がったからだ。


 振り向くと、猫は既に槍の刺さった体を半分くらいさっきの岩のように塵にさせていた。


 そして俺の見ている前で、何もなかったかのように消えて、槍がコロンと地面に転がっている。


「大丈夫か?」


 義務的にそう言いながら、おじさんは槍を拾う。




「ありがとうございます」


「なんで、あんなのから逃げてた?猫が嫌いか?」


「いえ、猫は好きです。嫌いになりそうだけど……」


「ふぅん。よくわかんねえけど、剣を持っているならもう少し堂々としてな。あんな間抜けな声を出してたら、その剣が泣くぜ」


「すみません」


 おじさんはすぐに定位置に戻って、再びだるそうに門番を開始した。




 俺はもう疲れて、街の中に戻った。


 猫型だってあれなんだ。


 フロッグを倒そうとするときも同じようになってしまうに違いない。


 まずはレベル1という部分をどうにかしなければ、冒険者を続けることはできない。




 あるいは……、そう考えて足を止めた。


 そうだ。そういう考え方もある。




 *




「冒険者をやめる?たった二日でですか?」


「あはは……」


 街に戻ってきた足で、すぐにギルドの受付に向かった。


 そしてやめると言い切ったのだ。




「さっき猫の魔獣に襲われて思ったんですよ。流石にレベル1のままじゃ、どうにもならないって。だからやめようって」


「なるほど。確かに無理もない考えですね。この付近の敵は魔獣のレベルとしても最底辺ですから。倒せないのなら、次の町に進むこともままなりませんね」


「それに、お金の当てはありますし……」


 チラリと腰にある剣を見る。


 女神にもらったこの剣。ステノ実を買う事もできるこの剣なら、凄まじい大金を手に入れることができるだろう。




 お金があれば、生活もできるし、いっそのこと商人とかもやってもいいかもしれない。


 まずはこの世界の事を知ることからだけど、お金さえあればまず何かに手を付ける準備はできるだろう。




「確かに。それは話を聞く限りかなり希少なものらしいですね」


「はい。これで何とか生きてみようと思います。それでこれを変換しようかと……」


 もらったステータスカードを机の上に置く。


「持っていて構いませんよ。身分証代わりにも使えるので、持っていた方がいいと思います」


「そうだったのか。じゃあ、ありがたくもらっておく」


 受付の女性は、ステータスカードを覗き込む。




「ところで、魔物とは戦いましたか?変わらずにレベル1ですが」


「いや。戦ってない。そういえば、レベル1で思い出したけど、平原にレベル1って表示が出た岩があったんだけど、知っているか?」


「岩……。それも一応魔物の一種ですよ。普段は土の中にいますけど、雨が降ると膨らんで地面を割ったり縮んで陥没させたりするんです。ただ普通の剣じゃ歯が立たないので、掘り出して他の土地に運んだりしていますね」


「そんなに固かったかな。普通に剣で切れたけど」


「それは……。おそらくその剣の力では?この辺で活動している冒険者は、倒すことはできませんし」


 あれって意外に強かったのか。


 良く分からずに消えたから、全然岩について考えていなかった。




「でも、これでこの剣が凄い剣だっていうのが分かった。あの商人の目に狂いはなかったんだな」


「そうみたいですね」


 そしてスッと俺の隣に視線を動かした。


「何かお困りですか?」とそちらに向けて言う。




 受付の人の視線の先を見ると、そこに大きなローブを着ている見るからに怪しい人が立っていた。


 灰色のローブで、身体をすっぽりと包んでいるせいで男か女かも分からない。顔も深くローブを被っているせいで、全く見えない。


「道案内を頼みたいの」


 声は若い女性のモノだった。




「道案内ですか。クエストという形でですか」


「ええ、報酬は、これ」


 ローブの下から小さな皮の袋を出した。


 どさっと重い音がする。


 その袋にははち切れそうなほどコインが入っているようだ。




「はい。では、こちらに記入を」


 机の上に紙を出すが、「急いでいるの」とローブの女性が言った。


「クエストを発注できませんよ」


「ここにいるじゃない。この人に案内してもらう事にするわ」


「はい?」


 唐突に話を掛けられて、変な声を出してしまう。


 このままフェードアウトしようとしたのに。




「個人への依頼は、依頼を受ける冒険者の意思を優先します。どうしますか?」


「えっと……こっちには来たばかりなので案内できるとは限りませんけど?」


「構いません」


「俺、弱いですよ」


「構いません」


「これから暗くなりますし、危ないですよ」


「構いません」


「女性の冒険者に任せた方が……」


「構いません」


 案内ができるほど詳しくないし、ギルドもやめる方針なので断ろうとしたけど何故か僕に食らいついてくる。




「えっと、俺、冒険者をやめようとしているので、そういったことは……」


「構いません」


 構いませんとしか言えないのか。


「では案内していただけます?」


 ローブの女性は強引だった。


 まるで俺を連れ出したいみたいだ。




 だけどその理由が全く分からない。


 俺は来たばかりだし、出会った人間も両手で数えられるくらいしかいないからだ。


「案内だけですよね」と念入りに確認する。


「はい。もちろんです」


 受付の人が聞いていることを確認して、「分かりました。案内します。でも本当に面白い案内なんてできませんよ」と重ねて確認する。


「はい。では行きましょうか」


 ローブの女性は答えるとすぐに出口へと向かっていく。




「ちょっと早……。じゃあ、いってきます」


「はい。いってらっしゃい。これはあなたのものです」


 受付に置かれた皮の袋を受け取って、ポケットに突っ込む。


 そしてもう出口の扉まで行ってしまったローブの背中を追う。




 外に出て、「どこに行きたいんですか」と聞くと、「こっちよ」と具体的な場所も示さないまま歩き出す。


「えっ!ちょっとぉ」


 慌てて追いかける。


 ステータス差で素の歩く速度が速く、俺は速足でないと横に並べない。




「少し緩めてくれませんか。速い」


 すると同じ速度まで落としてくれた。


 ちょうど剣が間に挟まるような形で、横に並んで歩く。


 そして「あなたはここの生まれですか?」と唐突に聞かれた。


 目的地も何も言わずに、何で俺の事を聞いてくるんだろうか。




「いえ、違います。ここよりももっと遠い場所です」


 素直に答えておこう。


 異世界から来たなんて言っても信じてもらえないから、この程度の仄めかしで良いだろう。


「遠くというと最前線から来たという事でしょうか?」


「最前線?」


「魔王との戦いの最前線の場所ですよ。ここから最も遠い場所はそこでしょう」


 始まりの町みたいだから、魔王の居場所から距離が単純に遠いのか。


 そうなると魔王と戦っている場所が、俺の生まれ故郷と推測しているのだろう。




「違います。もっと遠い場所です」


「もっと?魔王の領域から来たというのでしょうか?」


「それも違います」


「私を馬鹿にしていらっしゃるのですね。仕方ないですわね」


 怒らせてしまったか?


 強引だったから、少しイライラしてしまっていて少し雑であてこすりな対応になってしまった。




「その剣は、どこで手に入れたのでしょうか?」


「剣?」


「はい。その剣」


 前を見て、チラリともこちらを見ずに聞いてくる。


「この剣は貰い物です」


「貰い物?お父上は冒険者か騎士だったのでしょうか?」


「いいえ。俺の父親は一般人です。ただ貰っただけです」


「そう」


 短く返答し、次に俺を見上げてきた。




 ローブの奥の顔が僅かに見える。


 一番に引き付けられるのは、まるで青空のような透き通った青い瞳。


 灰色のローブと対照的に色鮮やかで、宝石のように見えた。


 身長は俺よりも10センチほど小さいため、上目遣いで俺を見てくる形だ。


「少し見せていただけませんか」


「何を」


「その剣を」


 小さな口が妖しく動く。




「は、はい」


 何故かどぎまぎとしてしまい、あまり考えずに頷いてしまった。


「では」


 俺が何かを考える前に、シャンと軽い音がして剣がさやから抜かれる。




 そしてローブの女性は剣を、まじまじと見つめた。


 何もしゃべらず、静かに剣を様々な方向から見て、最後に剣道のように両手で持って上から下へ振る。


「ありがとうございます。満足しましたわ」


 何が何だか分からないまま、品定めのようなものが終わった。


 そして慣れたように俺の腰のさやに剣を治めた。




「では、案内ありがとうございました」


 ぺこりと頭を下げて、ローブの女性は近くの暗い路地に入っていく。


「へっ、はい?ちょ、ちょっと!」


 唐突に去っていこうとするローブの女性の背後を追って、同じ路地に入る。


 しかしもうそこにローブはいなかった。




 路地に入った一瞬しか目を離していないのに、影も形もなかった。


 暗いとは言っても夜中でもないし、入り組んでいるわけでもない。


 家の壁と壁の間に伸びる道だ。少し薄汚れてはいるが、誰かが掃除をしているのか綺麗だ。


 家の中に入ったような音もなかった。


 どこに行ったのかまるで分からない。




「なんなんだ……」


 まるで狐に化かされたようだ。


 ただ確かなことは、俺の懐にある重い金の詰まった皮の袋があることだけだった。

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